第27話
※
悲しみ嘆いてはいられない。
俺がコクピットに戻った直後、無線通信が入った。
《ブルー・ムーンの諸君! 地対地ミサイルの格納庫が展開した! 君らを狙ってる!》
《どういうことだ?》
別動隊の返答を待つモーテンの声に、鋭いものが混じる。
《我々反政府組織に発見できないように、アスファルトの下を格納庫に改造していたんだ! 一度上空まで舞い上がってから降り注ぐタイプだから、歩兵隊は敵味方問わず危険に晒されることになる!》
「はあっ!?」
思わず叫んでしまった。
《そのミサイルの詳細を知りたい》
《了解だ、モーテン中尉。こいつは一発限りだが、多弾頭ミサイルの形状をしている。最大効果域は、おおよそ上空百メートル。発射直後に撃墜したいが、盾を装備した四機の敵ががっちり固めている。接近は困難――》
「俺が行きます」
気がつけば、俺は無線通信に割り込んでいた。
《き、君は?》
「リック・アダムス准尉です。つい先日まで、政府陸軍の兵士でした」
《彼が反政府軍組織にきっちり寝返ってくれたことは、私、モーテン中尉が保証する。それでリック准尉、作戦は?》
「それより、ミサイルの発射予定場所と残り時間を教えてください」
これには、無線機の向こう側の男性が答えた。
《場所は中央公園の噴水の真下、発射まであと百八十秒を切っている。任せていいのか、リック准尉?》
「やれるかどうかより、やるかどうかが問題です。やります。ルナ!」
《あいよ!》
俺は途中から外部スピーカーをオンにして、ルナに呼びかけた。
「今腕を下ろすから、この機体の肩にしがみついてくれ」
《それで?》
「汚い花火を食い止めるぞ」
《なるほどね》
しゃがみ込み、手の甲を地面についた俺の機体を、ルナがよじ登ってくる。
「時間がないので我々は作戦に移ります。援護射撃、願います」
《了解した。重火器班、前進! リック准尉のAMMを援護しろ! それを我々軽武装の部隊が掩護する!》
了解、という復唱が聞こえてくる頃には、俺はルナを肩に乗せたままホバー移動を再開していた。
※
残り時間、あと六十秒。
モーテンたちに露払いを頼みつつ、俺は目視で公園を捉えた。確かに、中央部の石像のそばのタイルがずれこみ、長方形の穴が開いている。
頑強な盾を持ったAMMが四方を固めているが、俺は無視した。両腕で盾を構えている連中が使えるのは、せいぜいが頭部バルカン砲。こちらは肘と膝に装備した装甲板を突き出せば、大方の弾丸は防ぐことができる。
「あれがミサイルか。ルナ、やれるか?」
《お安い御用で――って、え?》
「何!?」
俺とルナは目を疑った。地下の穴から、白煙が上がり始めたのだ。
「まさか、俺たちの狙いに気づいて発射時刻を早めたのか!」
畜生、と悪態をつきながら、俺は急接近しかないものと判断。背部スラスターの出力を最大に。
ルナが吹っ飛ばされやしないかと不安だったが、杞憂だった。
俺は機体を屈伸させ、スラスター全開でミサイルに跳びかかった。敵機の盾を踏みつけにし、さらに大きく跳躍する。よし、ちょうどいい高度だ。
そのままミサイルに抱き着く。機体の重心を操作して、最大効果域に到達するのを防ぐ。
「ふっ! ……と。ルナ、ミサイルの弾頭と燃料ユニットの接続部だけを斬り分けられるか?」
《任せな!》
減速しているとはいえ、AMMとミサイルの間を駆けあがっていくのは途方もない技術とセンス、それに鍛錬が必要だ。それを淡々とやってのけるとは。つくづく恐ろしい女である。
数秒後、がくん、とミサイルが揺れた。急速に高度を上げていく。きっと弾頭を失って、ミサイル全体が軽くなったのだ。
下方、地上の敵機が盾を捨て去り、小型のAMM機関砲を構えて俺を銃撃し始めた。ミサイルを守るという任務が失敗に終わったので、せめて一矢報いるつもりなのか。
敵機のデータリンクが使えたお陰で、ディスプレイに各AMMの状態がリアルタイムで送られてくる。
緑が戦闘可能、黄色が中破、赤がパイロット死亡という扱いになる。
「ルナ、無事か?」
《ええ。まだミサイルにしがみついてる!》
「了解。コクピットを空けるから、飛び込んでこい!」
《は、はあっ!?》
「弾頭を失ったミサイルは落下するだけだ。このままじゃミサイルの残骸と心中することになるぞ!」
《ああもう、分かったよ!》
正直、自分がどれほど無茶を言っているのかは想像もつかなかった。落下中の細長い円筒の柱を、端から端まで走破してこいと、俺は言っている。
そんな無茶を言えたのは、相手がルナだからだ。
俺はコクピットハッチを展開し、ルナに向かって手を伸ばした。
あと三メートル、二メートル、一メートル――。
「ぐあっ!」
「ルナっ!!」
ルナが被弾した。一瞬のことだったが、右肩を弾丸が掠めたように見えた。早く診てやらなければ。いや、その前に、安全に地表に到達しなければ。
すると間のいいことに、敵機群の背後から味方のAMMが迫ってきた。
「キリクさんか!」
《あたしらの家族に手ぇ出すんじゃねえ! うおらあっ!》
そう叫びながら、両腕を掲げて何かを放り投げるキリク。それは結構な長さがあり、途中で落下した。勢いはそのままに、するするとアスファルト上を滑ってくる。
「タンクローリー?」
それを狙って、キリクが一発を発砲。すると、たちまち大きな火の手が上がり、敵機の足元に燃え移った。
それだけなら、AMMにとっては大したダメージにはなるまい。
だが、敵機のうち二機は足元の動力パイプを切断されている。
俺は腕の位置を調整し、両腕でミサイルを持ち上げた。短く連続でスラスターを噴かし、後方へ回避運動。炎から逃れるようにして、ルナの安全を図る。
すると、狙い通りルナがコクピット内に滑り込んできた。
「ちょっとリック! あんた私に恨みでもあるわけ? あんな曲芸師みたいなことを!」
「いや、お前の方がよっぽど凄いだろう、ルナ。そのへんの曲芸師は、あんな無茶な命の取り合いはしない」
「そ、そりゃ、まあ……」
この時、ルナがどんな顔をしていたのかは分からない。だが、俺は彼女と接している二の腕や太腿のあたりがどうにもざわざわして落ち着かなかった。
って、何を考えているんだ、作戦中に。
「な、なあ、ルナ? 座席の後ろに非常用の簡易席があるから、そこに座っててくれ。シートベルトを忘れるなよ」
「了解」
かちり、とベルトが固定される音を確かに聞き取り、俺はハッチを封鎖。
機関砲を構え、敵機の足元に数回掃射した。
その爆発は唐突だった。ようやく敵機の膝の裏の弱点を突くことができたのだ。
電力ケーブルをぶった切られたAMMは脚部損傷で動けなくなる。最初にルナと会った時、俺たちが喰らった戦術だ。
では、そこで炎が上がっていたら? 火花が勢いよく飛び散るケーブルが損傷したのだから、爆発するに決まっている。
それが、自機とキリク機の間で起こっている。
流石にAMMとて万能ではない。消防車のように鎮火させることはできないのだ。
俺は黙って目を瞑り、敵機のパイロットたちが苦しまずに死ねるよう、願うしかなかった。
俺が顔を上げた、その時。
後方で奇妙な声がした。コクピット内、俺のシートのすぐ後ろだ。
「ルナ、大丈夫か?」
「……それ、今訊くの?」
「あ、いや……」
ルナの右腕の傷は、思いの外深手だったようだ。医療キットを拝借したルナは、口を使って包帯を噛み千切りながら、右上腕部に巻いていく。
俺だったら、消毒する段階で激痛のあまり叫び出していたかもしれない。
コクピット内に点々と滴った赤い点を見て、そう思った。
「後は俺たちが片づける。ルナ、お前はそこで座ってろ。地上部隊に合流するには手遅れみたいだからな」
「え? それってどういう――」
「見てくれ」
俺は小型ディスプレイを外し、ルナに差し出した。すると、そこには七、八機の敵機の機影が映し出されていた。全機の表示がグリーン。そしてこの公園に向かってきている。
「こ、これって……」
「ああ。今、地上部隊に連絡する。モーテン隊長!」
《リック准尉! ルナくんは無事か?》
「ええ。命に別状はありませんが、戦えるかどうかは……」
《了解した。我々は二手に分かれ、陸軍省を急襲する部隊を送り込む。あとは君たちの援護だ。大丈夫か?》
「了解。早急に部隊の展開を願います」
《了解》
俺は首を曲げてルナを見遣った。
「だそうだ。ルナ、やっぱり友軍に拾ってもらった方が――って、何やってる?」
「見て分かるだろ、刀を選んでるんだ」
まさか、愛刀を何本も持ってくるヤツがいるとは。
筋金入りの武人ということなんだろうな、ルナは。
「友軍機が来るまで、俺とキリクさんでなんとか持ちこたえる! ルナ、お前も勝手に飛び出すようなことはするなよ」
俺の心配を知ってか知らずか、ルナは刀を吟味し続けた。
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