第26話
「まるで空を飛んでるみたいだ」
俺は思わず呟いた。旧型に比べ、今俺が操縦している新型AMMの機敏性は圧倒的と言える。やや装甲は薄いかもしれないが、増強されたスラスターの移動速度でそれをカバーして余りある。
俺は倒した敵機の首を踏み台に、次の敵機へと跳躍した。ちょうどルナが、脚部に致命傷を与えたところだ。
倒れ込む敵機の軌道を計算し、傾いていく側に鉄拳をめり込ませる。
敵機は道路わきの高層ビルに倒れ込み、瓦礫やガラス片が雨あられと降り注ぐ。
「ルナ、無事か!?」
《そんなことより自分の心配しなさい、よっと!》
ルナの位置を特定し、拡大表示する。するルナは、倒れ込んだ敵機と地面の間にちゃっかり滑り込んでいた。
ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、電波妨害を仕掛けた友軍から通信が入った。
《もうじき電波妨害のパターンが読まれる! 敵機の再起動まであと十五秒!》
ふむ。残り十五秒で次の敵機に迫っておくべきか。
俺はいつかのルナのように、高層ビルを壁面に見立て、そこをホバー走行した。
同時に、モーテンがロケット・ランチャーを掲げるのが分かる。
《リック准尉、そろそろ機関砲を取り換えるんだ。弾切れで敵機の前に立つなよ》
「わっ、分かってますよ、そのくらい!」
残り五秒といったところで、モーテンは落ち着いた様子でロケット弾を射出。見事に敵機の膝関節を粉砕した。
俺は機関砲の銃口を敵機の頭部に押し当て、フルオート射撃。木端微塵にした。
「寝てろ!」
周囲の安全確認をしつつ、敵機を蹴倒す。
まさに電波妨害が解除された、その時。複数の敵機がビルの陰から銃撃を開始した。
肘の装甲板で、これを弾く友軍機。
「跳弾する恐れがある! 歩兵部隊は屋内に退避せよ!」
俺は奪った機関砲で、ビル陰の敵機を牽制。その間に状況を読み込む。
《敵機、数は三、バックパックを使用します!》
「了解! ルナ、まだ出るなよ!」
《そのつもりだってば!》
俺はさっと屈み込んだ。関節部の動きも実にスムーズだ。
それから背部スラスターの隙間にマウントされていた、大口径ロケット砲を肩までせり上げた。砲口は真上を向いている。
俺は構わず、このバックパックのロケット砲を発射。二門の砲塔から三発ずつ、合計六発のロケット弾が撃ち出される。
白煙に塗れて銃撃が鈍った敵機。俺は頭部を守るようにしゃがみ込んだ。
直後、ひゅるるるる、と鈍く空気を裂く音がして、俺が発したロケット弾が敵機に降り注いだ。
ビルの屋上を越えたロケット弾が、次々に敵機の頭部センサーを爆砕する。市街地戦ならではの兵装だな。
なんとか頭部のバルカン砲で抵抗を試みる敵機がいたものの、ルナに脚部を切り裂かれ、呆気なく倒れ伏した。
俺はさっさと行動不能になった敵機に近づき、マウントされていた武器を頂戴した。
その中に、見覚えのある近接兵装を確認。
「こいつは、プラズマカッターか?」
《そのようだな、リック准尉》
返答を寄越したモーテンに、俺は尋ねた。
「確か、かなりのエネルギーを消費するんですよね?」
《その通り。だが今作戦は、短期決着ができるかどうかが勝負だ。気にせず存分に腕を振るってくれ》
「了解!」
AMMを通して俺の右腕に熱を帯びた力が充填されていく。
「かかって来い、政府軍! お前らの親玉には、聞きたいことがたんまりあるからな!」
左腕で機関砲をマウントした俺は、次なる敵機に向かって駆け出していた。――はずだったのだが。
「うおっ!?」
唐突な浮遊感に、俺は思わず声を上げた。
周囲を見回すと、自機が腰のあたりまで埋まっているのが分かる。
「まさか、落とし穴か!」
こんな単純なトラップに引っ掛かるとは。すると前方、及び左方から、敵の歩兵部隊が近づいてきた。対物ロケット砲を担いでいる。
一発では、喰らったところでどうということはないだろう。だが、ロケット砲を担いでいるのは一機や二機ではない。
これだけのダメージが頭部に集中したら、さすがに新型機でもひとたまりもあるまい。
今からスラスター全開で浮上しようとも、人間の動体視力では簡単に捕捉されてしまう。
「くそっ! こんな単純な罠に!」
俺は必死に頭部バルカン砲で弾丸をばら撒こうとしたが、射角を上手く取ることができない。
《リック准尉! 今援護に向かう!》
「モーテン隊長!」
と、ここで通信に割り込む者がいた。
《あらあら、思ったより苦戦してるわね、リックくん?》
「キリクさん!」
俺に倣ってか、皆が上を見上げる。そこには、パラシュート降下してくる旧型AMMが一機。
そうか。キリクが乗ってきてくれたのか。
《輸送機代はあとで新生・ステリア共和国陸軍に請求するから、そのつもりで》
《了解。歩兵は武器を点検しろ! 予備弾倉には気をつけろよ!》
モーテンが叫ぶと同時、キリクは突然パラシュートを切り離した。本来なら、下方からの集中砲火を浴びせられても仕方のないところ。
だが、キリクは登場時のインパクトでこれを克服していた。
《あらよっと!》
俺の周囲にいた四機のうち、一機の頭部がキリク機によって蹴り飛ばされる。
《次! リックくん、援護し合うわよ! モーテン隊長、そちらに歩兵部隊が接近中! 八時方向、人数は――約三十!》
《了解。皆、味方機との連係プレーだ! 敵を二機の下に到達させるな!》
《では自分が先陣を》
威勢よく答えたのが誰なのか、最早説明は要るまい。ルナだ。
《了解。皆、ルナに続け! 味方のAMMとももうじき合流できる、気を抜かずにここを死守するぞ!》
コクピットのスピーカーからも聞こえるほどの、おう、という返答。士気は十分高いようだ。
こちらはといえば、キリクが縦横無尽に駆け回り、残る三機を相手に接戦を繰り広げていた。が、しかし。
「マズいな……」
俺はそう口にしていた。新型ならいざしらず、旧型のAMMであれほど無茶な操縦をしたら、すぐさま関節部が悲鳴を上げることになる。
だが、俺とてぼさっとしていたわけではない。
「新型機の機動力を舐めるなよ!」
俺は一番近くにいた敵機に後ろから抱き着き、バックドロップの要領で落とし穴に頭部からぶち込んだ。
自身はその勢いでバク転。プラズマカッターを展開し、出力を調整。タイミングを計る。
「そこだっ!」
俺はキリク機と取っ組み合いになっている敵機に向け、プラズマカッターを投擲。
出力調整のお陰で、その刃は敵機の頭部のみを破砕した。
《ナイスアシスト!》
「まだ一機、敵が残ってます!」
足元の歩兵をバルカン砲で掃射しながら、俺は叫んだ。
敵機は、あっという間に自分たちの小隊が壊滅したことに恐れをなしたらしい。じりじりと後ずさりし、ビルの側面に背中を押しつける格好で止まった。
《リックくん、それ貸して!》
「はい!」
すぐさまプラズマカッターを手渡す。
キリクは敵機の胸部を足の裏で踏みにじりながら、流れるような挙動でその首を刎ねた。
《一丁あがりね。歩兵部隊の皆は?》
「今確認します。モーテン隊長、聞こえますか?」
《……》
「隊長? じゃあ、ルナ! 聞こえてるよな?」
《……》
何があったんだ? こちらの死傷者が軽微であることは、バイタルサインを見れば分かるのだが。
「誰でもいい、ブルー・ムーンの人員は、誰か応答してくれ!」
《ギール代表が死んだよ、リック》
「は?」
俺は耳を疑った。だって彼は、地下の秘密基地で作戦の総指揮にあたっていたはずだ。
そんな彼が、戦死? 馬鹿な。あり得ない。
《キリクさん、この周辺の警戒をお願いします!》
「了解」
俺はキリクが復唱した後、やっぱりね、という言葉が聞こえたような気がした。気のせいにしては生々しすぎる声音だった。
いや、深くは考えまい。俺はひとっとびで、歩兵部隊の皆が隠れているビルの前で降り立った。
「どういうことなんだ、ギールが死んだって!」
呆然と何かを見下ろす皆。俺はゆっくりと降下しながら、彼らの視線の先を見遣った。
そこには、血塗れで横たわるギールと、そのそばに膝をついたモーテンの姿があった。
「た、隊長、これは……」
《ふむ、ギールくんらしいな。まさか装甲車に紛れ込んで自分も実戦に飛び込むとはね》
そう語るモーテンの言葉には、いつもの穏やかさがある。ただし、表情には苦渋が見て取れた。
そっとギールの遺体の瞼を閉じるモーテン。俺は何が何だか分からず、ギールの腹部に空いた大穴を見つめた。内臓がはみ出しているところからして、超大型の弾丸を喰らったのだろう。それこそ、AMMの頭部バルカン砲のような。
こんなこと、どうやってリフィアに伝えたらいいのだろう?
いや、そんなことは戦闘後に考えればいいのだ。今の俺には、ぎゅっと自分の拳を握り締めることしかできない。
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