第25話
※
モーテンとキリクによる現在の状況報告、及び変更された作戦計画は、次のようなものだった。
まず、ブルー・ムーンからは重装備の歩兵三十名と二機のAMMが出撃。
別な反政府分子が電波妨害を仕掛けたところで、一気に首都に雪崩れ込む。
首都全体に配備されているAMMは、旧式が三十機。そのうち十機が俺たちに協力してくれる手筈だ。俺とキリクのAMMも、やや遅れて彼らに加わる。
俺の任務は、最新鋭機で敵機を陸軍省から引き離すこと。クーデターから陸軍省を守ろうという連中のAMMの相手をするのだ。
その隙に、歩兵部隊が陸軍省を制圧し、軍首脳部の身柄を拘束する。そこでこの作戦は終わり。
ちなみにルナは、歩兵部隊とは別に行動することになっている。俺の援護のためだ。
並の兵士のAMMだったら、ルナの戦術で簡単に撃破できるだろう。
しかし、俺にしろルナにしろ、単独行動はかなり危険だ。こちらのAMMの方が少ないのだから、各個撃破をされるとマズい。敵の攻撃で引き離されることがないように、背中合わせで戦わなければ。
「作戦決行は本日二十時ちょうど、出撃は十五時、すなわち今から二時間後だ。政府軍が空爆を行う可能性は低いが、念のため対空監視は厳と為してもらう。何か質問は?」
挙手する兵士はなし。また、俺の作戦参加について異議を申し立てる者もなし。
だったら。
俺はごくりと唾を飲んで、すっと手を上げた。
「リック・アダムス准尉、何か?」
「一つ提案、というか、作戦参加者の皆さんにお願いがあります」
手を差し伸べるモーテン。言ってみろ、ということだろう。
俺は深呼吸を一つして、キッと目を上げた。
「敵の中の負傷者、とりわけ重傷者には、慈悲をかけてやってほしいのです」
わっと、会議室中がざわめいた。
やっぱり裏切り者、政府軍の手先、信用ならない。そんな言葉が、否応なしに俺の鼓膜を震わせる。
俺は敢えて、それに応えるように言い放った。
「戦争が殺し合いであることは、新兵である自分よりも、皆さんの方がよくご存じのはず。だからこそ、無益な殺生を控えていただきたい。敵が戦意を失っているのに殺害したら、平和裏に政府の悪政を正したいと願っていたブルー・ムーンの矜持は地に落ちます」
「それじゃあお前、敵を見逃せってのか?」
ある兵士が立ち上がり、怒声をあげる。そうだそうだと賛同の波が広がっていく。
しかし、俺はここで折れるわけにはいかなかった。
「ルナ、悪い」
「えっ?」
俺は隣に座っていたルナの腰から拳銃を抜き、セーフティを解除。そしてその銃口を、自分のこめかみに押し当てた。
慌てて周囲の兵士たちも拳銃を抜くが、俺の狙いは俺自身。皆が納得してくれれば銃を置くし、でなければここで死んでやる。
新型AMMを最も上手く使いこなせるのは俺なのだ。俺が死んでしまえば、戦力の大幅な減衰に繋がりかねない。
卑怯だとは思う。だが、そうでなければ俺はブルー・ムーンという組織のやり方に納得できない。
「皆、銃を置いてくれ。リック、君もだ」
静かにそう呟いたのは、思いがけない人物だった。
「ギール代表!」
誰かが彼の名前を呼ぶ。
「リック、君は僕が君の上官を射殺したことに抵抗感を持っている。だから、僕のことが許せずに、そんなことを言い出した。当たっているか?」
「それだけじゃない。人は、一人で生きているわけじゃないんだ。誰かが死ねば、その周囲の人たちも悲しむ。生憎俺は親なしで、そんな簡単なことにさえ気づかずに生きてきた。だからこそ言いたいんだ。俺よりも人の死に触れてきた皆なんだから、その重さを知らないわけがないだろうと」
ギールは片手を顎に当てながら腕を組んだ。
「今、俺たちの目標は、国民を欺き続けた陸軍省に対して蜂起をすることであって、殺人を犯すことじゃない。自衛以外の目的で、つまり、脅威にならない人間に対して武器を向けるべきじゃない。俺はそう思う」
「……なるほど」
モーテンが声を上げた。穏やかに聞こえるが、明らかに重要な何かを込めた声音で。
「リック准尉。私の手は血に塗れている。君の意見、いや、信念が正しいのかどうか、最早判別できない。だが、今回の作戦は、君の思いが通用するのかどうかを確かめる絶好の機会だ」
こくん、と俺は頷いた。
「リック准尉の考えに賛同できない者は、それで構わん。罰則はない。一蹴することも許可する。ただし、我々の悲願は、平和で不正のない国家として、ステリア共和国を再編することだ。そのことだけは忘れないでほしい。他に意見のあるものは?」
今度こそ、挙手はなかった。俺はそっと拳銃をルナに返し、額の汗を拭う。
「諸君らの意志は理解した。皆の健闘を祈る」
敬礼したモーテンに対し、皆が立ち上がって一糸乱れぬ返礼をした。
※
再び悪路を走行し、ブルー・ムーンの面々は無事に密林と荒野を抜けた。
首都のある西方からは、観測機すら飛んでこない。偶然なのだろうか?
俺が腕時計に装備されたレーダーサイトに見入っていると、キリクが声をかけてきた。
「何見てるの、リックくん?」
「ここから首都までの航空戦力の動きです。戦闘機や爆撃機ならまだしも、観測機一機も飛んでこないのは疑問――」
「ああ、それね。あたしがジャミングかけといたから」
俺は椅子からズッコケそうになるのを、辛うじて耐えた。
「キリクさん、あなた何者なんですか?」
すると、僅かにキリクの笑顔が歪んだ。この表情は、以前俺も見たことがある。
「ま、綺麗事ばっかり並べて士気を上げるより、正直に言ってしまおうかしらね」
「何をです?」
「あたしのバディ、死んだの。私だけが上手く逃げ切って、荒野の野営基地まで戻ったんだけどね」
「あっ、そ、それは……」
「バディの名前はグリック・フェン。あたしの婚約者」
「えっ……」
俺は言葉を失った。
「だから、あたしにはもう未練がないのよ、現世にはね。だったら、他人の役に立って死にたい。誰かの怒りや憎しみ、痛みを受け止めてあげたい。そう決意が固まったのは、ほんのここ二、三日の話。人身売買の現場から、あたしを救ってくれたのが彼、グリックだった」
随分な歳の差婚になっちゃうけどね。
そう言って、キリクはぺろりと舌を出した。
「そう、だったんですか」
「あら? 逆効果だったかしらね。あなたにも守りたい人、いるんでしょう?」
「はい」
自分の即答ぶりに、俺自身が驚いた。
「やっぱりお姫様のエスコートには、王子様が似合うわね」
ふっとキリクの顔に影が見えたような気がして、俺はさっと顔を背けた。
ちょうどその時。
《こちら先頭車、もうじき敵AMM及びレーダー設備の探知可能範囲に突入する。総員戦闘準備。AMMパイロットは直ちに搭乗。皆、銃器に動作不良がないか確かめろ》
俺の自動小銃は、既にAMMに搭載されている。万が一、俺のAMMが撃破され、敵陣の真っ只中で孤立した際の緊急事態用だ。
俺とキリクが、トラックで搬送されてきたAMMに搭乗すると、こんな音声が入ってきた。
《こちら別動隊、これより電波妨害を開始する。本作戦に参加するレジスタンス諸君は身を屈め、通信妨害電波を浴びないよう警戒せよ》
あちらこちらから復唱が聞こえてくる。思ったよりも大所帯であるようだ。
俺とサイスはAMMを起動せず、輸送車の上に寝そべったまま待機。
《電波妨害開始まで、十、九、八……三、二、一、零!》
《ブルー・ムーン、総員突撃!!》
モーテンの指示の下、皆が一斉に動き出した。
敵のAMMは電子部品を潰され、互いに交信できなくなっている。寝返ってくれたというAMMは、特殊な盾を用いることでそれを防いだようだ。
俺は素早く荷台から降りて、混乱している敵機に組みついた。
「やれ、ルナ!」
《分かってる!》
後方から羽交い絞めにされ、無防備な膝裏が露見している。ルナはバッサリと脚部を斬り払い、戦闘不能に陥らせた。
「ほう、いい銃じゃねえか」
俺は敵機が落とした機関砲を取り上げ、敵機の後頭部に押し当てる。そのまま発砲。
まずは一機。AMMのコクピットはいずれも胸部にあるから、これでパイロットを殺してしまったことにはならないだろう。
これは重要なことだが、作戦会議でキリクが言っていた。
民間人は既に地下壕に避難させられている、と。なるほど、それなら俺たちも敵性勢力も、民間人を殺めることはあるまい。
《次行くよ、リック!》
「おう!」
敵の歩兵がルナに気を取られているうちに、俺は後方で銃口を向けようとしている敵機に銃撃を見舞った。機関砲で装甲板を破り、頭部バルカン砲で各所のケーブルを破壊。
がっくりと膝をついた敵機に、再度機関砲をセミオートで撃ち込み、完全に行動不能にする。
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