第24話【第五章】

【第五章】


 俺はキリクの指示の下、第二シャフトへと辿り着いた。規模は小さいが、フロント・シャフトと比べて設備は遜色ないし、火器も揃っているように見える。初めに俺が使っていたAMMも無事運搬されてきていた。


 皆が俺の顔を見て、ぎょっとしている。そんなにボコボコにされたのだろうか?

 まあ、俺は顔の良さで食っていける人種じゃない。周囲の目は気にしないことにした。


 ふと時間を確認すると、俺が拉致されてから丸一日ほどが経過していた。

 俺たちの到着を聞きつけたのか、奥のトンネルからモーテンが飛び出してくる。


「リック准尉! だいぶ酷い目に遭わされたようだな……。痛むかね?」

「いえ、自分は問題ありません。それより、今は負傷者の生命を繋ぎとめることが最優先と考えます」


 我ながら思いの外、するすると言葉が流れ出てきた。

 それを見聞きしたモーテンは、安堵した様子で大きく頷いた。


「モーテン隊長、あたしからも報告が」

「了解だ、キリク。教えてくれ。後で皆と作戦会議を開かなくてはな」


 二人の注意が逸らされたことで、俺は好きに行動してもいいものと判断。シャフト底面の横穴に一歩踏み込んだ。ちょうどその時、奥から怒号のような声が響いてきた。


「だから、僕も戦うんだ! AMMの操縦はできないにしても、援護射撃はできる。出撃させてもらうからな!」


 ギールか。まあ、彼も軍事組織の代表なのだから、実戦は経験しておいた方がいいかもしれない。

 が、今回の実戦はあまりにも危険だ。政府軍はそれなりの規模で俺たちを迎撃するだろう。その弾丸やら爆弾やらが飛び交う中で、ギールが生き残れる可能性は低そうだ。


「ちょっと待ってくれ、ギール」

「ああ君か、リック。僕だって銃器は扱える。出撃すべきだと思うだろう?」

「いや、悪いが俺はそうとは思えない」

「おいおい、君までそんなことを言うのか? 呼び捨ては許可したが、ブルー・ムーンの中での階級は僕が上であることは変わらない。君に反論する権利はないぞ」

「ふむ。俺じゃ駄目なんだな? じゃあ、リフィアに同じことを言われたらお前はどうする?」


 すると、ギールは両眉を吊り上げ、半歩後ずさった。


「そ、それは、僕がこの組織の代表だということで納得をさせて――」

「なるほど」


 俺は腰に手を当て、目を細めてギールを見遣った。


「だそうだよ、リフィア。家族としてどう思う?」


 わざと大袈裟に、横にどける俺。その背後で、俺のシャツを掴んでいた人物が一歩前に出た。

 言うまでもなくリフィアだ。背後に彼女の気配を感じていた俺は、驚きはしなかったが。


「ぐっ……」


 こちらに聞こえるほど、思いっきり奥歯を噛み締めるギール。


「お兄ちゃ――じゃなくて代表さん、あなたがその……戦死、してしまったら、あたしはどうなるの?」

「そ、それは!」


 と威勢よく言いかけたギール。だが、言葉が続かない。


「お父さんもお母さんもいないんだよ? お兄ちゃんまで、その、死んじゃったら……」


 リフィアはシャツの袖でぐいぐいと涙を拭う。それでも落涙を止められず、やがてしゃがみ込んでしまった。


「おっ、おい、泣かないでくれよ、リフィア! ああもう、僕は一体どうすればいいんだ!?」

「決まってるだろう、ギール! お前はずっとここでリフィアと待機だ! 情報統括と、陸軍省とのパイプ役を任せたい」

「ぼっ、僕に命令するな! 君は飽くまでも捕虜――」

「と言ってるわけにはいかないようだぞ、ギール代表」


 そう言って割り込んでいたのはモーテンだった。


「仮に今回のクーデターが失敗した場合、活動を続行するには指揮を執れる人物の存在は欠かせない。私も、君は安全区域で待機すべきだと思うが」

「君までそう言うのか、モーテン……」

「それに」


 モーテンは俺の肩を掴み、くるりと俺を回転させた。


「リック・アダムス准尉は、もう敵ではない。仲間だと言われたら君は蔑視するだろうが、彼が多くのブルー・ムーンの兵士たちの生命を救ってくれたのも事実だ。リック准尉を敵視するのは止めるんだ」

「敵視? い、いや、そんなことはしていないが……」


 それは俺も感じていた。ギールの俺への当たり方が弱くなった、というか。

 だが、ギールのプライドの高さゆえか、ギスギスした何かは胸につかえている。

 きっと俺には親兄弟がいない、つまり守りたい人がいない、ということが理由なんだろうが。


 俺の方が無知だというなら、仕方がない。


「リフィア、俺は君の兄さんを――ギール代表をちゃんと守り切ってみせるよ。君の下に、無事に帰す」

「ほ、本当?」

「嘘をつく理由がないだろ」


 俺はゆっくりとしゃがみ込み、軽くリフィアの頭に手を載せた。

 その時だった。俺の脳裏に、ある女性の姿がぱっと浮かび上がったのは。


「どうした、リック准尉?」

「モーテン隊長、ルナの部屋は?」

「それならこの先を真っ直ぐ行って、左側の三番目の部屋だったと思うが」

「ありがとうございます」


 俺はさっと頭を下げて、振り返ってルナの部屋へと駆け出した。


         ※


 ちょうどルナの部屋の前に至った時、ドアが勢いよく向こうから押し開けられた。しかし、現れたのはルナではない。


「わっ!」

「あ、ああ、リック准尉……」

「どうしたんです、フリアさん? ルナの身に何か――」

「ごめんなさいね、リックさん。もう私の手には負えないみたい。あなたからあの子に話してあげてくれないから」

「は、話すって何を?」


 その問いかけには応じず、フリア医師は廊下に出て歩み去ってしまった。

 ルナの部屋のドアは、半分くらい開けられている。俺は念のためノックをして、失礼します、と言いながら足を踏み入れた。


 ルナは、簡易ベッドの上で膝を抱き、顔を伏せていた。肩は小刻みに震え、微かに嗚咽が聞こえてくる。

 鈍感な俺にでも、何故ルナがこんな姿になっているのかという見当はついた。


 独断専行することで、父親の死の原因を作ったからだ。

 俺はルナにかけるべき言葉を考える。大丈夫か、とか、気にするな、とか。


 しかし、そのどれもが陳腐なものに感じられた。言葉で説得するのは無理だ。


「……」


 俺は溜息をついて、ルナと同じベッドの端に腰かけた。微かにスプリングの軋む音がして、その反動が俺の臀部に返ってくる。


「ん」


 俺はベッドの枕元でうずくまるルナに、さっき入手したミネラルウォーターを差し出した。


「喉、渇いてないか?」

「……」

「少しでも水分摂っとけ。今は夏だし、戦闘中に熱中症になられても困るしな」


 すると、ルナは微かに目を上げた。俺の差し出したペットボトルを見て、恐る恐る手を伸ばす。

 ぱしっ、と勢いよく受け取ると、勢いよく水を喉に流し込んだ。


「これは先輩から聞いた話なんだが……。軍人は、忙しい時でも休める時でも、気分の緩急が激しい人種なんだってさ。忙しい時ってのはもちろん戦闘中。命が懸かってるから、何がなんでも生き残らなければならない。ただし――」


 俺はすっと息を吸い、続ける。


「休暇が出たって、そう簡単に休めるもんじゃない。戦死した仲間の記憶が蘇って、居ても立ってもいられなくなるそうだ。ルナ、ボイド少佐が亡くなったのは確かにお前のせいかもしれない。でも、今は眼前に大規模作戦を控えてる。どちらかと言えば戦闘中だ。泣いてる暇はないぞ」

「……おんなじ……」


 ん? ルナが何か言いかけたな。


「何がだ?」


 するとルナはがばりと顔を上げ、こちらを睨みつけた。


「お母さんと同じようなこと言わないでよ!!」


 叫んだ勢いで涙滴が宙を舞う。


「最初にAMMが攻めてきた時、私はあんたを生かした。捕虜としてもきちんと扱った。何故だか分かる? あんたのような自己犠牲の精神があれば、戦争を止められるかもしれない。私もあんたから学ばなきゃ。そう思ったからだよ!」

「お、俺から、学ぶ……?」

「でなけりゃ、あんたも処刑されてる。上官の大尉みたいにね!」

「ッ!」


 一瞬俺は我を忘れた。気づけば、ルナの胸倉を引っ掴んで殴ろうとしているところだった。

 流石に鉄拳を覚悟したのか、ルナは目を閉じて顔を背けている。

 だが、俺がすべきなのはルナを無事元の精神状態に戻すことだ。それに、女性の顔に傷をつけるような真似はしたくない。


「……すまない」

「どうして謝るの? あんたは私に何もしてないじゃない」

「そ、それは……」


 いや、全く以てその通りなのだけれど。

 この微妙な沈黙は、アナウンスによって強制的に解除された。


《こちらモーテン。ブルー・ムーンの諸君、まだ戦えるという者は第一会議室に集まってくれ。十分後に、再編された作戦行動の次第を説明する》

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