第23話

 このままでは俺も撃たれてしまうのか? 下手に動けばそうかもしれない。

 俺はコンテナの奥に入り、ハッチを見つめた。

 俺が拉致される際に、一緒に奪われたと思しき自動小銃がある。素早く手に取って残弾を確認。ないよりはマシ、といったところか。

 動作不良がないことから、俺は引き続きこいつを使うことにした。


 それから数秒間、銃撃音が響く。加えて十秒ほどの時間が経過し、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


《リック! リック・アダムス准尉! ご無事かしら?》

「ッ!」


 俺は素早く、コンテナのハッチから転がり出た。


「キリクさん! キリク・リトファーさんですよね?」

《ああ、やっぱりいたわね、リックくん!》

「あの、何がどうなってるんです?」

《かっぱらってきたのよ、警備が甘かったからね》


 なるほど。AMMで俺を助けに来てくれたというわけか。


《モーテン中尉から聞いてるわ、ボイド・カーティン少佐が戦死なされたとか》

「は、はい……」

《あなたのせいじゃないわ》


 すると、AMMのハッチが展開した。胸部のコクピットだ。ロープがするりと落とされて、政府軍の制服に身を包んだキリクが降りてくる。

 

 今更ながら、俺はその姿に見惚れた。キリクの緩急のついた体躯に……ではなく、このAMMに。

 

 俺が乗っていた機体と、ところどころ形状が違う。全体的に白っぽく、灰褐色の迷彩が施されている。肩はやや出っ張っていて、そこにもスラスターが装備されていた。

 背部のメインスラスターは小型・軽量化された様子で、腕部と脚部はより細く、人間で言えば贅肉をごっそり削り落とした感じだ。

 頭部のバイザーは赤々と輝き、得物を狙う猛禽類を連想させる。


 俺の検分が終わるのを見越してか、キリクは事の次第を話し始めた。


「モーテンから聞いたのよ、あなたが拉致されたことを。だからあたしが直々に、この新型AMMを盗んであなたを回収しにきた、ってわけ。ギール代表からも暗号通信を貰ってるわ。全勢力は一旦簡易基地まで後退して、態勢を立て直すって」

「りょ、了解です」

「それにしてもあなた、自分の顔がどうなってるか分かってる?」

「え?」


 膨らんだ胸ポケットから手鏡を取り出すキリク。受け取って自分の顔を映し、確かに酷いな、と俺は呟いた。


「まあ、基地に戻れば処置してもらえるわ。でも、今はこの機体しか移動手段がないから、コクピットに二人乗りになるわね。リックくん、パイロットを任せてもいいかしら? ピーキーすぎてあたしの手に余るのよねぇ、この機体」

「了解です」


 俺は節々に鈍痛を覚えながらも、歯を食いしばってロープを上り切った。どうやらさっきまで加えられていた暴行は、致命傷は避けられていたらしい。


 あのまま政府軍に連れ戻されていたら、俺はパイロットとAMMのインターフェースを創るためのモルモットにされていただろう。だから、あの連中も加減してくれていたのかもしれない。


 それはさておき。

 俺はキリクがコクピットに上がり込んだのを確認し、ロープを回収。


「あたしはシート裏で控えてるわね」

「分かりました」


 と応答しつつ、俺はこのAMMに搭載されている戦闘用コンピュータの性能チェックを試みる。

 すると、前方の視界が一気に広がった。


「どう? 前方百八十度展開の広域ディスプレイは」

「凄い……。俺たちが乗ってた機体とは全然違う……」

「操縦方法は旧式と変わらないはずよ。この荒野と森林の境目に到達したら、十時方向に向かって。身体の方は大丈夫ね?」

「は、はい!」

「追手がかかる前に皆と合流しましょう。急いで!」


 俺はレバーを握り締め、緩やかにスラスターを噴かす。

 行くぞ、と口内で呟き、低空飛行の体勢で荒野を突っ切った。


         ※


 サイスの指定した座標に出ると、皆が自動小銃を構えて俺たちを出迎えた。


「キリク・リトファー及びリック・アダムス准尉、帰還しました」


 じりじりと距離を詰めてくるブルー・ムーンの面々。その中で、勢いよく飛び出してくる人影があった。ルナだ。


《リック! リック、あなた、大丈夫なの?》

「え? あ、ああ……」

「ほら、呼ばれてるわよ。あなたは先に降りなさいな」

「は、はい」


 俺はコクピット・ハッチを開放、ロープを固定してするすると降下し、地面に足をついた。

 予想外だったのは、ここでルナのタックルをまともに喰らってしまったことだ。


「どわっ! な、何するんだよ?」

「……せい」

「は?」

「私の、せいなんだよね、お父さんが、いや、ボイド少佐が亡くなったのは……」


 俺は言葉を失った。俺の背中に腕を回し、抱き着いてきたルナが、年相応の少女に見えてしまったからだ。

 今までずっと、戦闘のプロ、殺人の鑑のような存在だったルナ。そんな彼女が、俺に縋って泣いている。強がるのをやめてしまったのだ。


 このままでクーデターなど起こせるのだろうか?

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