第21話


         ※


 そんな痴話喧嘩を終えて、約二十時間後。

 俺とボイド少佐は、薄暗い廊下を歩いていた。先に見えるのは、巨大なシャフトとエレベーター。皆が周囲を駆け回り、緊張感に満ち満ちている。


 俺はあまりにも意外な、しかし分かりやすい立場に置かれたことに戸惑っていた。

 周囲から、ブルー・ムーンを主体とした反政府軍に本格参戦することになったと見做されていた。


「大丈夫かね、リックくん?」

「は、はい、ボイド少佐」

「君にはこのAMMを使って、陽動作戦に参加してもらう。この三日間で可能な限りの修繕はしたし、そもそも君にはパイロットとしての才能がある。無理に構える必要はないが、期待はさせてもらうよ」

「はッ」

「ああ、それと。これを持っていくといい」


 エレベーターホールに立ち入った少佐は、隅に置かれた銃火器のラックから自動小銃を取り上げた。それを無造作に俺に差し出す。


「丸腰では不安だろう? ほら」

「いや、でも俺は、いえ、自分は……」

「何も、我々のためだけに使えとは言ってないぞ? 君が選択するんだ。政府軍の正規軍人として任務に戻るか、我々に寝返ってクーデターの一端を担うか」


 そう言われ、急に自動小銃が重くなったような錯覚に囚われた。

 そして、続けざまに自分が情けなくなってきた。


 これだけ人の生死にかかわる現場にいるというのに、俺は未だに迷っている。

 いいのか、これで。俺はこの国の未来に対して、あまりにも大きな責任を負っている。 


 そんなことを俺に決めさせるつもりなのか、そもそもそこまで考えていないのか。


 少佐は皆に敬礼されながら、ゆっくりとエレベーターの上に足を載せた。

 そこには既にギールたちの姿があり、皆が銃器を首から提げていた。

 ルナだけが刀を腰に差している。昨日までの両親に対するデレっぷりはどこへやら、だ。


 俺のAMMは、今は起動状態にない。横たわったままだ。

 頼むぜ、兄弟。そう思えるのは俺だけだろう。AMMは、起動しなければただの金属塊にすぎないからな。

 俺がそっとAMMの装甲板に触れていると、エレベーターがシャフト内部を上がり始めた。


 俯いていても仕方がない。臨機応変に対応し、起こったことの是非は後から考える。そのスタンスで行くしかないな。


 そう思って顔を上げた、まさにその時だった。


「ッ! 全員伏せろぉっ!!」


 叫んだのが自分だと気づくのに、しばしの時間が必要だった。だが、躊躇いはない。俺はシャフト上部から落下してきた物体に、集中砲火を浴びせた。

 

 直後、バアン、と何かが弾け飛ぶような短い爆音が響き、悲鳴と怒声が入り乱れた。

 シャフトの壁面が崩れ、ぱらぱらと砂塵が舞う。


「爆撃だ! 上から来るぞ!」


 俺はするりと自動小銃を上方へ。じっと頭上に視線と神経を尖らせる。銃口と視線を合わせて、ふっと呼吸を整える。


 ――そこだ!


 パタタッ、パタタッ、と短く自動小銃を唸らせる。極めて反射的な行動だ。

 今のところ、投下されているのは政府軍の手榴弾。訓練で随分と見慣れてきたもの。だからこそ、信管が作動する高度に入る前に迎撃ができる。


「皆、AMMの陰に入れ! 機材の陰でもいい! 身を隠すんだ!」

「私も戦う!」

「なっ!?」


 驚く俺を振り返りもせず、ルナが壁に向かって駆け出した。

 そのままシャフトの壁面を、螺旋を描くように駆け上っていく。そして素早く抜刀した。


 キンッ、という音が響く度、手榴弾は爆発せずに落下してくる。信管を起動させるタイミングを逸したのだ。

 確かにこの手榴弾は、携行するにはだいぶ大きい。だが、それを跳躍しながら斬り捌くとは。やはりこのルナ・カーティンという女、只者ではないな。


 同士討ちを避けるため、俺は銃撃をやめた。そしてつい、ルナの挙動に見入ってしまった。

 ルナは今回の出撃にあたり、万全を期して臨んでいたらしい。拳銃をしっかり携帯していた。刀のリーチが及ばない爆薬は、撃ち抜いて信管を停止させている。


 しかし、それでは迎撃しきれない脅威が俺たちの頭上に迫っていた。

 何かがシャフトの淵からじりじりと身を乗り出している。あれは……軍用輸送トラックか? って、まさか。


「ルナ、退け! あいつら、爆薬を積んだトラックをそのまま落っことす気だ!」


 俺の叫びが聞こえたのか、ルナは壁を蹴ってエレベーターに着地した。


「どうすればいい、リック?」


 と、ルナが尋ねてきたのは分かる。だが、流石にあれは防ぎようがない。

 狙いはエレベーターそのものだ。昇降機材を破損させ、地下の床面に俺たちごと叩き落とす。

 現在の高度からすると、エレベーターが自由落下を始めた場合、皆が致命傷を負う可能性が高い。いや、かなりの死者がでる恐れだってある。


 全員伏せろ。再度呼びかけようとした、その時。

 バシュン、という風切り音と共に、一発のロケット弾が発せられた。

 ロケット弾はまさに落下を始めようとしていたトラックの前輪部分に直撃し、勢いよく弾き飛ばした。


 直後に頭上から、聞き慣れた爆発音が響いてきた。いつもと違うのは、爆薬が多いが故に、それだけ凄まじい音量で俺たちの耳が圧せられたこと。

 赤々と燃え盛るトラックの残骸は、原型も残さない状態になっていることだろう。


「総員、上方を警戒しろ! 全火器の使用を許可する!」


 ボイド少佐のその言葉は、鋭く俺たちの鼓膜を刺激した。

 敵がエレベーターの上部にいる、というのは、俺たちにとっては大きなハンディキャップだ。それでも、少佐の言葉は士気の高揚に大いに役立った。


 皆が自動小銃を構え、斜め上方に弾幕を張り始める。

 ブルー・ムーンの兵士たちの練度は極めて高かった。次々に金属質な音がして、手榴弾は不発のまま落ちてくる。

 それもまた、AMMの装甲を破るほどの威力もないようだ。


 怒号、銃声、再び怒号。そんな中、唐突に無線の音声がシャフト内に反響した。


《こちらモーテン、第一班、聞こえるか》

「こちら第一班、ボイド・カーティン少佐。第二班、状況送れ」

《少佐、一足先に我々は地上に到達しました。敵性勢力を挟撃できるよう展開中》

「了解、作戦続行。我々ももうじき――」


 と、少佐が言いかけたその時だった。

 ズドドドドドドドッ、という重低音が周囲を震わせた。


 なんだ、これは? 

 俺が目を凝らすと、ばらばらと薬莢が降ってきた。落下中でも見分けがつくほど大きい。これは……。


「対戦車機関砲か!」


 AMMの頭部バルカン砲に匹敵する威力を有する、陸軍歩兵部隊の切り札だ。あんなものを喰らったら、掠めただけで四肢を吹っ飛ばされかねない。上方から掃射されたらなおさらだ。


 だが、あんな重火器が自動小銃に早撃ちで勝てるわけがない。エレベーター自体は順調に上がってきている。敵と目線が合うまで、ざっと二十秒といったところか。この間さえ持ちこたえれば。


 俺は様々な機材の陰に隠れて、数回目の弾倉交換を行った。その最中のことだ。

 さっと宙を舞う人影があった。


「ル、ルナ? 馬鹿、無茶するな!」

「皆、援護して!」

「独断専行は止めるんだ!」


 俺の声はあまりに無力だった。戦闘態勢に移行したルナに対しては。

 壁面上の僅かな突起物や窪みを使い、ルナはシャフト内をよじ登り始めた。確かに集団で登るよりは速い。だが、それは反対側の敵に背中を晒すことになる。


「こうなったら……!」


 俺は発煙手榴弾を胸元から外し、機関砲の方へ放り投げた。

 すると、途端に射線が狂った。これで機関砲は脅威ではなくなる。と、思ったのは、俺の実戦経験の乏しさゆえだった。


 機関砲は狙いを滅茶苦茶にしながらも、掃射をやめようとはしなかった。白煙を切り抜け、弾丸がてんでバラバラな方向へと飛翔する。


 これでは逆効果だったか。

 俺は唇を噛みしめながら寝転がり、なんとか射線から逃れる。しかし、どうしても回避行動のとれない人物がいた。


「ルナ、跳び下りろ! 狙われるぞ!」


 ボイド少佐の声がする。しかし、ルナは従わない。これは親子だからといって看過できる問題ではない。命令違反だ。


 俺はルナの足を掴んで引っ張り下ろそうとした。

 が、一足先に少佐に追い抜かれる。こうなったら、ルナは少佐に任せるしかない。


 俺がそう割り切って、再度横転しようとした、その時だった。

 ズシャリ、という生々しい音と共に、いろんなものが俺の頭上から降り注いだ。


 それは肉片だったり、血飛沫だったり、骨の一部だったりした。状況からして、明らかに少佐のものだ。


 それに気づいたのかどうかは分からないが、ルナはバランスを崩して背中から落ちてきた。


「おおっと!」


 思いがけずお姫様抱っこの体勢になる。

 見下ろすと、ルナもまたはっと目を見開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る