第15話
《リック、一時方向からまだ敵が来る。片づけておいて。あんたにたかる虫けらは、私がまとめて斬り捨てる》
「な、何? おい、ルナ!」
外部通信用のマイクとスピーカーをオンにする。真っ先に耳を打ったのは、ざしゅっ、と骨肉が斬り払われる音。短い悲鳴や銃声も聞こえるが、何が起こっているのかは定かでない。
《ボサッとするな、リック! 聞こえたでしょう、私の声! 機関砲でも手榴弾でも何でもいいから、それで待ち伏せしている敵を蹴散らして! 機関砲の射程に入るまで、あと二分を切った!》
「りょ、了解!」
俺はオートバランサーを調整。無事である右足を軸に、ゆっくりと移動した。この距離なら、落下した薬莢がルナや皆に当たりはしないだろう。
ディスプレイには、光学でも熱源でもセンサーに反応するものはない、との表示。
今はルナの、女の勘を信じるしかないんだろうな。
と言っても、火器弾薬を無駄にするわけにはいかない。俺はいざという時にルナを援護できるよう、背部のスラスターの間に搭載された後方確認用のカメラを起動した。本当に大丈夫なんだろうな、ルナのヤツ……。
そこで俺が目にしたのは、恐ろしいまでのルナの強さだった。
あまり俺たちから距離を取れていない敵。俺のAMMの脚部に攻撃を仕掛けた連中は、既に斬り捨てられたらしい。バラバラになった四肢や頭部、胴体の一部が転がっている。
ルナはさらに後方の敵を狙い、凄まじい速度で駆け出した。
敵の銃火は、しかしルナを掠りもしなかった。上体を鋭く折ったルナは、敵のフルオート射撃を気にも留めずに中央の敵に向かう。
すると、一瞬だけルナの姿が消えた。
再度現れた、というより俺の目が追いついた頃には、中央を固めていた三人の敵は事切れていた。的確に喉を斬られ、あるいは首を弾き飛ばされた死体。
それらは地面を真っ赤に染めながら、ばったりと倒れ込んだ。
《次!》
まるで流れ作業だ。
動きの鈍ったルナを撃とうとして、逆に一人が下から胴体を貫通された。
残る二人はすぐさま銃撃を開始しようとしたが、ルナは冷静そのもの。
そしてあろうことか、刀を右側の敵に向かってぶん投げた。
ほぼ水平に飛んだ刀は、敵の自動小銃を竹割のように真っ二つにし、片腕を斬り飛ばした。
左側の敵が引き金に手をかける寸前、ルナは瞬発力を活かして片腕をもがれた敵に接近。
そのベルトから拳銃を取り出し、敵の背後から僅かに顔を覗かせて、容赦なく連射。敵はだらん、と脱力してからうつ伏せに倒れ込んだ。
驚異的だったのは、発射された弾丸五発が全て敵の頭部に着弾したことだ。こんな不自然な格好であるにもかかわらず、である。
少なくとも、実戦経験のない俺に比べれば遥かに精確な銃撃だった。
こうして敵を一掃したルナは、飛散した血液を腕でぐいっと拭い、振り返った。
そこには人質にされた敵がいる。片腕を落とされたヤツだ。
あまりにも出血がひどい。これは助からないな。
俺がそう思った瞬間、ルナは奪った拳銃を三発、敵の眉間に撃ち込んだ。
「何なんだ、これ……」
俺が口を閉じられずにいると、ルナは黙々と敵の周囲を周り、自動小銃から弾倉を抜き取っていた。これからの戦闘に備え、回収しているのだろう。と、思いきや。
《リック、私が集めた弾倉、あとで確認しておいて》
「か、確認?」
《どこの組織で作られた火器なのか、はっきりさせなければならない。でしょう?》
「分かった……じゃなくて了解」
さて、次は俺の番だ。敵がレーダーに映らないので、本当にルナの言葉が合っているのかどうか、判定は困難だ。
だが、射線上に味方の車両がいないのもまた事実。試してみる外あるまい。
俺は一直線に、ルナに指示された方向に機関砲を発射した。ドンドンドンドン、と唸る大口径機関砲。すると、小規模な爆発による爆光と、ズズン、と地を揺するような振動が響いてきた。
ルナの指示は当たっていたということか。
この頃になって、先頭車両から敵の観測が可能になった。通信相手はギールだ。ここからでは把握できなかった情報が、次々に舞い込んでくる。
《敵の戦車が爆散した! そのまま二時方向の装甲車も狙ってくれ! そちらの残弾はどのくらいだ?》
「もうじき機関砲もバルカン砲も尽きます!」
《了解。であれば、車列前方に出てくれ。動けるか?》
確かに左足の損傷は痛い。だが、動けないほどではない。あとは機体のスタビライザーと、それと直結したスラスターに任せるしかない。
「もってくれよ……!」
俺はゆっくりとスラスターを吹かし、機体を浮かせる。姿勢に問題はない。
「行けえっ!」
勢いよくフッドペダルを踏み込む。落着地点はスラスターに任せ、俺は一気に味方の車両を飛び越えた。再び右足を軸にして、左足を慎重に地面につける。
がくん、と軽い揺れが生じたが、俺は構わず、今度は機体の重心を左へ。空いた右足で、敵の戦車を思いっきり蹴り飛ばした。
《リック准尉、我々も君を援護する。敵の歩兵隊は任せてくれ》
「了解です、モーテン隊長!」
《それと、渡したいものがある。三台目の車両に積んでいたんだが――》
皆まで言わせることなく、俺は黒煙を上げる三台目のトラックに腕を突っ込んだ。
何か硬質なものが左手に触れる。するとディスプレイに、装備するか否かを問う文字列が表示された。
俺は躊躇いなく、装備する、を選択。右半身に、メキメキと力が宿っていくような感じがする。
《近接格闘戦用武器、『プラズマカッター』だ》
「プラズマ……?」
《名前通り、刀身を超高温のプラズマ状態に変化させて、敵を切り裂く格闘武器だ。試しに使って――》
と、モーテンが言い切る前に、俺は再度跳躍した。その先にあったのは。敵の人員輸送車。まとめて片づけてやる。
俺がカッターの柄を両手で握り込むと、先端から刀身が白く輝いた。
そんなに熱いのか。そう思いながら、俺はディスプレイの中で真っ白に輝く刀身に見惚れていた。
これには敵も仰天したようだ。こんな大型機動兵器に、白兵戦用装備が必要なものか。
軍事関係者に訊けば、誰しもが一蹴する装備だ。利点は何だろう。
敵の装甲車を斬りつけ、ロケット砲を回避し、頭部バルカン砲で掃射する。
それを繰り返している間に、一つ恐ろしい考えが思い浮かんだ。
「まさか……」
プラズマカッターは、AMMに託された白兵戦用装備。
AMMが白兵戦を行うとすれば。
「相手は同じAMMってわけか」
俺は牽制も兼ねて、思いっきりプラズマカッターを振りかぶり、木々を薙ぎ払った。
やっぱりだ。このカッターは、機関砲やバルカン砲よりも威力がある。
よし、このまま敵をカッターで殲滅してやる。
そう思って唇を湿らせた、まさにその時。
《リック准尉! 聞こえるか!》
「はッ、モーテン隊長!」
《むやみやたらにカッターを使いすぎるなよ!》
「えっ、そ、それはどういう……?」
《コクピットの上部を見てくれ》
目線だけ上げて、俺はメインディスプレイのさらに上にあるエネルギー残量表示を見遣った。そして、あ、と間抜けな声を上げた。
エネルギー残量、約三十パーセント。そう表示されている。
《気づいたか?》
「はい、でも、出撃時には九割近く充填されていたのに……」
《それだけプラズマカッターの燃費が悪い、ということだ。使用時はいざという時を狙ってくれ》
「了解」
とは言ったものの、まずいのはカッターに限らない。頭部バルカン砲も機関砲も、残弾は乏しいのだ。
まったく、こんなことで油断するとは……。
こうなったら、敵を踏みつぶしてでも。いや、それでも右足は使えない。バランスを崩して転倒する危険がある。どうしたらいい?
俺は立ち竦んでしまったが、それも数十秒の間にすぎなかった。
俺のAMMが立っていることで、敵の連携を絶つことができたのだ。合流から撤退、という流れを奪われた敵は、酷く混乱した模様。
この機を逃すブルー・ムーンではない。
敵性勢力が散り散りになっていく様は、否応なしに耳に飛び込んでくる。
《こちら一号車、正面の敵の撤退を確認!》
《三号車、負傷者の回収終了、交戦に入る!》
《八号車、九時方向に殺到していた敵性勢力を追撃! 敵の損害拡大中!》
「ふう……」
俺は長い息をついて、自分の任務はここまでだと理解した。
《総員、撃ち方止め! 撃ち方止め! よくやった! 各車、死傷者を報告せよ!》
モーテンの声もどこか晴れ晴れとしている。
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