第14話

 なんと言い返されるか。逆鱗に触れやしないか。それらが不安ではあったが、ルナの反応は実にあっさりしたものだった。


「ああ、構わないよ」


 俺はその場でズッコケそうになった。そんなリアクションを見て、ルナは怒り出すどころか穏やかな笑みを浮かべる。


「なんだよリック、情けないぞ」

「い、いや、まさかこんなあっさり教えてもらえるとは思わなくてな……」

「人聞きの悪いことを! 私は秘密主義者じゃない」


 それは論点がズレているような気がする。取り敢えず俺は警戒を解き、ゆっくりと座り直した。じっとルナと目を合わせる。


「私の両親が消息不明であることは聞いてるな?」

「ああ」

「ざっと五年前になるかな……。とある政府軍施設の変電設備を破壊する任務の時の話だ。当時はAMMなんてものはなかったし、片方の戦闘部隊がもう片方に致命的な打撃を与えるのは困難な状況だった。政府軍からしたら、我々の動きは捕捉しづらかったのだろう。かといって、我々に決定的な火力があるわけでもなかった」

「そ、それで?」

「なんだよ、随分がっついてくるじゃないか」

「続きが気になるんだ。お前のことをもっと知りたい」


 何ということなしに、俺は思うところを述べた。それだけだったのだが、何故かルナは俯き、薄っすらと頬を染めた。――ように見えたのは気のせいだろうか?


「ルナ、どうした? 話しにくいことならこれ以上は訊かないけど」

「へっ? ああ、いやいやいやいや! そんなことはない! むしろ訊いてくれて嬉しい、っていうか、なんていうか……」


 ん? 何をもごもご言ってるんだろうか。まあいい。


「で、変電施設を破壊するんだろ?」

「そっ、そうだ! 話の骨を折るな!」


 俺のせいかよ。ま、いいけど。


「皆は拳銃と自動小銃、それに手榴弾で武装していた。私は刀一本だったけれど。それでも前線には立たせてもらえなかったけどね。工兵部隊が爆薬をセットして、我々の本隊に戻ろうとした、その時だった。敵が一斉に銃撃を開始したんだ。もしかしたら、工兵部隊が我々と合流するのを確認して、皆殺しにするつもりだったのかもしれない」


 なるほど。あり得る話だ。


「夜間の密林で真っ暗な中、サーチライトがその闇をぶった斬っていった。そして、敵は施設の屋上で待ち構えていて、機関砲掃射を浴びせてきやがった。いいか、機関銃や小銃じゃなくて、機関砲だぞ? 人間相手に使ったら、手足が飛び散るくらいでは済まない。一瞬で全身が肉片だ」

「でも、お前は上手く逃げ帰った。そうだろ?」

「そう、なんだが……。しかしな……」


 俺は察した。なるほど、ここでルナは両親と生き別れたのか。


「それが、私が見た両親の最後の姿だ。サーチライトで目は眩むし、モーテン隊長には背負われるし、どうにか命からがら逃げきった。正直なところ、自信はないんだ」

「自信?」

「ああ。私が見た人影が、本当に両親のそれだったのか……。一つ確かなのは、変電設備の破壊には成功した、ということだ。突然サーチライトが消えて、銃撃も止んだからな。私は戻って両親の様子を確かめたかったが、モーテン隊長に引き留められた。作戦目的が達せられた以上、迅速に現状から離脱すべきだと」


 ううむ、確かにそれはそうだろうが……。


「だからご両親のことが気になったんだな?」

「もちろんだとも! だがさっきも言ったが、隊長が私を引き留めた。その時なんだ。彼が片目を失ったのは」

「あっ……」


 そういうことだったのか。


「それ以来、できる限り私は両親のことを忘れようとしてきたんだ。隊長に対して申し訳ない、という気持ちもあった。でも……」

「ふむ……」


 両親への想いに関わる後悔というのは、安易な善行で相殺できるものではないのだろう。

 両親のいない俺にはよく分からない感情だが。


「だから私は、両親の死を認めていない。いつかどこかで会える。そう信じてここにいる」


 俺は、ふーーーっ、と長い溜息をついた。呆れたのではなく、納得がいったのだ。

 なるほど。いや、何がなるほどなのかよく分からないのだが。

 俺とルナが言葉を継げずにいると、唐突に短い電子音がした。ルナの方からだ。


「こちらルナ。はい、リック准尉と一緒です。はい、はい――。了解しました」

「どうしたんだ?」


 無線機をベルトの後方に突っ込みながら、ルナは立ち上がった。


「移動開始まであと二十分だ。荷物をまとめろ、リック」

「ああ、了解だ」


 こうして、俺はルナとの会話を終えた。


         ※


 それから約三時間ほどが経過した。

 俺たちは荒野をしばらくトラックで移動し、ジャングルに入ったところだった。


 この間、政府軍の人工衛星に捕捉されるのではないかという危惧があったが、サイス曰く、それは杞憂だとのこと。時間帯の関係で、ちょうどこの荒野の周辺の動きは掴みづらいのだそうだ。


 出発する前の十五分ほど、俺はAMMへのエネルギー供給の監督を行った。

 キリクが入手してくれた情報は極めて正確かつ有用。大したトラブルもなく、九割近くまでエネルギーの供給を行うことができた。

 AMMは大型搬送車に搭載され、茶褐色のシートを被せられている。


 どうしてブルー・ムーンはAMMとの戦闘をここで行うことにしたのか。俺はようやくその答えに思い当たった。


 油田があるからだ。大規模設備は俺と他三機のAMMが破壊してしまったが、緊急用のパイプは活きている。そこからAMMに、石油からの生成物を供給することが可能だった。


 そして現在、俺たちはジャングルへと到達していた。

 ブルー・ムーンの最重要拠点はジャングルにある。それが政府軍の見解だったが、まだ尻尾を掴めずにいる。


 なにぶん、ジャングルは広大なのだ。逆に言えば、荒野はステリア共和国の東部とジャングルの西部の隙間に存在しているとも言える。


 今、AMMはトラックから降ろされ、俺がAMMを操縦することになった。

 密生する木々のお陰で、十八メートルの巨体を誇るAMMでも簡単に身を隠すことができる。


 問題は、やはり視界が利かないことだった。


「赤外線の方がいいか……」


 荷台上部に機関砲を搭載した車列を見守るように、俺は進んでいく。

 敵影はなし。また、付近に航空機の類もなし。これならブルー・ムーンの本拠地まで順調に進めるだろう。


 などという楽観は、すぐさま振り払われた。唐突に響いた爆発音によって。

 人員輸送に用いられたトラックは十両。その内、どうやら三両目と四両目が何らかの攻撃を受けたらしい。


 俺は赤外線モードで、前方の状況に見入った。しかし、何故か反応がない。


「敵はいるはずなのに……!」


 待てよ。赤外線センサーに反応しないということは、その物体の温度が低いということだ。ジャングルを通る川の支流も近いし、全身に泥でも塗って攻撃してきたのか。

 

「全員列を崩さずに! 外に出ないで!」

《何を言ってるんだ、リック! このままでは我々はいい的だぞ!》


 真っ先に反論したのはギールだ。しかし、俺にだって皆に指示する根拠はある。


「頭部のバルカン砲を使います! 流れ弾で被弾するかもしれません! トラックの中で、頭を守って! その方がずっと安全です!」

《いや、しかし!》

《こちらモーテン、割り込み失礼する。今はリック准尉の指示に従った方がいい、ギール代表。このままでは死傷者が増えるぞ》

《……》


 すると、ギールはすぐさま黙り込んだ。俺はこれを、ギールが作戦を受理してくれたものと解釈して、頭部のバルカン砲による攻撃を開始した。


 パタタタッ、パタタタッ、という小刻みな音と共に、七・五ミリ弾が木々を撃ち抜く。

 ばさばさと葉が擦れる音が騒がしい。ブルー・ムーンの皆が、ちゃんとトラック内で耐ショック姿勢を取ってくれていればいいのだが。


 ちょうどバルカン砲を半分ほど消費した、その時だった。

 サブ・ディスプレイから警戒警報が発せられた。


「警戒? 後方だと!?」


 俺は慌てて振り返った。しかし、AMMの頭部の可動範囲は狭い。

 後方を確認するためには、足を上げて全身を振り向ける必要がある。


「って、え? 敵はどこ――うおっ!?」


 がくん、と傾く機体。喧しく鳴り響く脚部損傷のアラート。俺は初日、ルナにどんどん行動不能にされていく仲間たちの様子を思い出していた。

 もしかしたら、敵もAMMの弱点は膝の裏なのだと把握したのか?


「ぐっ!」


 歯を食いしばって振動に耐える。こうなったら、無事な方の足を駆使して敵を踏みつけてやるしかないか。


 俺のこめかみから頬にかけて、嫌な汗がひたひたと流れ落ちる。

 そんな状況を打破したのは、無線に入ったルナの言葉だった。

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