第13話
いや、今考えるべきことじゃない。
皆がドック内に避難するまで、敵機の空爆を防がなければ。
後方支援要員や、砲兵たちが退避していく。残ったのは俺のみ。それと、ただ皆を守るという義務感。
意外なほどの寒々しい感覚に、俺は心臓を鷲掴みにされた。
こんなんじゃ駄目だ。俺は今はブルー・ムーンの一員であり、避難する仲間たちを援護する義務がある。
AMMが捕捉したデータから見ると、空爆に使われるのは空対地ヘリのようだ。機数は五。
装備しているのは、一機につき対物ロケット砲が四発、対人機関砲が一門。機関砲は、おそらく三千発は装填されているだろう。
かつては戦闘機から爆弾を降らせるのが空爆、と呼ばれていた。しかし今は戦闘ヘリがその役割を担いつつある。ホバリングや繊細な挙動が可能だという点で、政府軍も戦闘機ではなく戦闘ヘリを用意したのだろう。
「その方が人道的だとでも思ってんのか、馬鹿が!」
俺は機体の腰元から、手榴弾を一発取り出した。
バックステップして位置を調整し、ふっ、と息を吐きながら投擲する。
手榴弾は見事に炸裂した。爆風をもろに喰らった先頭の一機は爆発四散。だが、この手榴弾の真価はここからだ。
回避軌道に移った、残る三機のヘリ。だが、その視覚センサーは一斉に潰されることになった。手榴弾が空中で再び爆発したのだ。ただし、今回の爆発は閃光弾。
俺は閃光弾を使用することを見越して、遮光バイザーをAMMに装着させていた。だが、ヘリはそうもいくまい。
この目潰しで二機のヘリがバランスを崩し、よろよろと旋回して落着、爆散した。
残り一機。
「逃がすか!」
俺はさっきの敵AMMから奪った機関砲をセミオートに設定し、三発ほど発砲。
最後の一発がヘリを真横から串刺しにするように貫通し、そのまま黒煙とともに落下。
やがて墜落し、ぼすん、と軽い爆光を上げた。
「起動中の敵機はなし、か。モーテン隊長!」
《どうやら避難するまでもなかったようだな。こちらの死傷者は零だ。よく戦ってくれた、リック准尉!》
「い、いえ、自分は――」
《言葉にする人間は少ないだろうが、皆君に感謝しているよ。この後、冷凍牛肉を加熱処理してバーベキューの真似事をするんだが、君はどうする?》
「そ、そうですか」
中途半端な答えしか出てこない。きっと、まだブルー・ムーンの皆をテロリストだと思っている節があるのだ。安心してものを食べる気にはなれない。
また、俺は負い目というか、罪悪感も覚えていた。AMMの前に命を散らした、ブルー・ムーンの兵士たち。俺は機体を通して、彼らにかなりの精神的負荷を与えたことだろう。
その恐怖を与えてしまった俺に、皆と戦勝祝いをする権利があるだろうか? あまりにも人の生き死にが軽々しく扱われすぎているのではないか?
だが、政府軍にいてもそのあたりは変わらないだろうし……。実際、よく分からないというのが本音だった。
そういえば。
ダグラム大尉は、処刑される直前に俺を見て安堵していた。自分がもう死んでしまうと分かっていただろうに。
「誰かを想う気持ちがあれば、俺もまだ戦えるのか……?」
《おい、リック! 早く降りてこい! 肉がなくなってしまうぞ!》
「お、おう!」
ルナに急かされた俺は、AMMをしゃがみ込ませて飛び降りた。
※
一応肉にはありつけたものの、残念ながらその味は曖昧だった。俺が自分の立場というものについて悩みこみ、味わうどころではなかったのだ。
ふらふらとその場を離れようとすると、向こうからモーテンとギールが地図か何かを見ながら歩いてくるところだった。
「おお、リック准尉! ちゃんと腹ごしらえはできたかね?」
「え、ええ。まあ」
モーテンが笑顔で尋ねてくる。上官の笑顔と言うのは不思議なもので、部下の精神安定に役立つのだそうだ。事実、俺も少しばかり胸のざわつきが収まるのを感じた。
自分がブルー・ムーンの一員になったという自覚はないのだが。
そんなモーテンと対照的に、ギールは不満そうに顔を顰めて俺を睨みつけた。罵倒してやりたいがその材料がない、といったところか。
確かにさっきのバーベキューの場では、皆の態度はがらりと変わっていた。俺が味方として動いたことが評価されたらしい。
これでは、ギールも皆の前で俺を叱責することは難しいだろう。
「モーテン、数名の部下を率いて政府軍兵士の回収に向かってくれ。遺体はそのままで構わない。息のあるやつを連れてくるんだ。僕は撮影班をスタンバイさせておく」
「了解した、代表殿」
モーテンが踵を返す前に、俺は慌てて問いかけた。
「な、何をする気なんです?」
びくっ、と肩を震わせるギール。対するモーテンは落ち着いたもので、その場で足を止めたまま、やれやれとかぶりを振っている。
「代表殿、リック准尉に説明を。あなたにはその義務がある」
すると、ギールは視線を俺とモーテンの間で往復させた。
どう見ても動揺しているが、そこは代表。空咳を何度か繰り返すことで、いつもの傲岸さを取り戻した。
「僕がモーテンたちに命じたのは、敵の生存者の身柄の確保だ。拘束してここまで連行し、処刑する」
「なっ!」
俺は喉仏で空気が渦巻くような感覚に囚われた。
「また殺すのか? 抵抗できない人間を、敵だからといって殺すのか!?」
「だったらどうだというんだ!!」
今度はギールの方がキレた。
「僕とリフィアの両親だって、何の抵抗もしなかったのに殺されたんだ! 十年前の春先、軍部の汚職を非難するデモ行進中のことだ!」
確かに、この国にはデモやストライキを起こす権利が市民に与えられている。
だが、本当に何の抵抗もしなかったのか? まあ、デモ行進といったら相当な混乱状態だっただろうから、いくらギールに質問しても無駄だろう。
だが、もし自分がギールの立場だったらどう思うだろうか? 政府に両親を奪われた自分が、絶対的な権力を相手に何ができるというのか?
「……ふん」
俺が俯き、黙りこくっているのを見て、ギールは自分が勝ったと思ったらしい。
やや満足げに鼻を鳴らし、俺の横を通り抜けてテントに入っていった。
しかし、俺の脳みそを占めている問題は、いつの間にか違う事柄に切り替わっていた。
俺の両親は飽くまで病死であり、二人共丁重に葬られたと聞かされている。
となれば、自分は十分に肉親からの愛情というか、温もりというか、そういったものの恩恵にあずかる機会を失ったまま成長してきたといえる。
だがギールは違う。両親の仇を討たんとする、確固たる意志を秘めている。
少なからず攻撃的になったり、残忍なことをしようとしたりするのは、仕方のないことなのかもしれない。
「結局俺は、自分が何をしたいのか、分からずじまいってことか」
俺は右手を腰に当て、左手で額を拭った。既に汗ばむ気温だったが、それを相殺するかのように、俺の溜息は冷えきっていた。
「ちょっとリック! ぼさっと突っ立ってる暇があったら、荷物運びでも手伝ってよ!」
勢いのある声にドンッ、と押され、俺は前のめりに転倒しかけた。
「なんだ、ルナか」
「ちょっ、なんだとは何? 人がせっかく手伝いに誘ってあげてるのに!」
「手伝い?」
今度はルナが溜息をつく番だった。
「あんた、聞いてないの? 今日中にこの前線基地を放棄して、活動拠点に戻るんだってば!」
「活動拠点? そんなこと、捕虜にばらしていいのか?」
俺の理に適った反論に、ルナは息を詰まらせた。だんだん顔が紅潮してきて、俯き加減になる。
「まあいい、俺のテントに来てくれ。ちょっとお前に話がある」
「私に話? って、まさかそうやって自分のテントに連れ込んで、私に何かするつもり?」
「だからそんなことしないって言ってんだろうに。俺って信用ないんだな」
正直がっかりだ。と思ったのも束の間、ルナが俺の胸倉を掴み、にやりと口角を上げながら歩み出した。
「ちょっ、ル、ルナ?」
「大丈夫だよ、あんたに白兵戦で負ける気はしないから」
「そ、そうか」
褒められた状況ではないが、話を聞いてくれるなら有難い。
※
「で、ご用件は?」
「ああ、えっと、そのだな……」
言い淀む俺を前に、ルナは飲料水を飲み干した。
俺の飲料水のペットボトルは、既に汗だくだ。早く飲めとでも言いたいらしい。
俺は勢いよく蓋を開け、ぐびぐびと思いっきり音を立てて飲料水を飲んだ。
「ぷはあっ!」
「ちょっと、私はあんたの一気飲みに付き合わされたわけ?」
「馬鹿言え。真面目な話だよ」
「と言うと?」
俺はすぅっ、と息を吸い込んだ。
「ルナ、お前の家族がどんな境遇にあるのか、可能な範囲でいいから教えてほしい」
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