第12話【第三章】
【第三章】
その日の夕暮れ時。俺は仰向けに寝かされたAMMのコクピットに滑り込み、機体の各部に問題がないかを確認していた。
自己診断プログラムによれば、火器弾薬にも各関節部にも異常はない。燃料は満タンの七割程度だが、どうにかなるだろう。
俺が気にかけていたのは、膝の裏の部分だ。ルナによって破壊されたことや、AMMの構造を組み合わせて考えると、ここが一番脆い。
今俺が搭乗しているAMMも、膝の裏を斬られたから行動に支障が出たのだ。
もし政府軍が何らかの手段で、このAMMの弱点を把握していたとしたら、すぐさま修繕されてしまうだろう。少なくとも、今晩襲撃してくるという政府軍のAMMはこの弱点の対抗措置を練ってくるはず。
こちらのAMMの作業の指揮は、キリクが担当してくれた。
ブルー・ムーンの構成員の中には、未だに俺のことをよく思っていない者もたくさんいる。だから、補修作業のリーダーにはキリクの方が適任だ。
これはモーテンから聞いた話だが、ブルー・ムーンの上層部になればなるほど俺に理解を示すようになってきている。どういうわけだろうか。
まあ、ギールは相変わらず敵愾心をむき出しにしていたが。
俺は一旦コクピットを降りて、点検作業に加わることにした。
「あっ! おーい、リックくん!」
遠くから聞こえた俺を呼ぶ声。そちらに振り向くと、キリクが俺に向かって腕を振っていた。
「キリクさん、何か恥ずかしいんですが……。呼び捨てで構いません」
「あら、そう?」
俺は気を取り直し、遠距離攻撃用の火器についての相談をすることにした。
「敵のAMMは、間違いなく機関砲を備えています。いくら機体の装甲が厚くても、何も飛び道具がないのは不利ですね」
「仕方ないじゃない、あなたがルナちゃんと出会った時に捨てちゃったんだもの」
あの機関砲は仲間を助けるために、やむを得ず投棄したのだ。仕方ないじゃないか。
という俺の不満を察したのか、キリクは俺に軽く手招きをした。
テントの設営されている隙間を抜けて前線に出ると、いつの間にやら塹壕が掘られていた。そこには二十名ほどの兵士がいて、二人一組で榴弾砲を発射する訓練をしている。
「あなたのAMMに遠距離火器はないけど、彼らが援護してくれるわ。あたしもここでちゃんと見守っててあげるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「さあ皆!」
掌を打ち合わせながら、キリクは塹壕にいる兵士たちに注目を促した。
「会敵予想時刻まであと二時間! 気合い入れていくわよ、お腹は空かせてるでしょうね?」
すると、おうっ! という声の塊が空気を震わせた。
何故空腹か否かの確認を取ったのか。理由は単純で、被弾した場合の生存率に関係しているからだ。
もし胃に被弾した場合、消化中の食物に付着した細菌類が他の臓器に接触してしまう。腸や肝臓が汚染されてしまうのだ。
「そういえば、キリクさん」
「ん?」
「密偵の方から追加情報はありませんか? 会敵予想時刻の変更とか」
そう言いかけた時、キリクの顔からするり、と感情が抜け落ちた。
「どうしてそんなことを訊くの、リック?」
「ああ、いや……。あなたも密偵だったんでしょう? もしかしたら、何か変更点があれば、密偵はまずあなたに連絡するだろうな、と思いまして」
「変更点はないわ。気にしないで」
そう告げると、キリクはくるりと踵を返し、さっさと歩き去ってしまった。
何か気に障るようなことを言っただろうか?
※
そうこうするうちに、夕日はあっという間に沈み込み、群青色が満天を覆った。
《実戦部隊各員、会敵予想時刻まであと五分だ。今回もまたAMM一個小隊による攻撃だが、敵も前回の手痛い結果を受けて、我々を殲滅すべく本気でかかってくるはず。気を抜くな》
モーテンの言葉が、皆の緊張感を否応なしに引き上げる。だが、その言葉の中にはどこかしら余裕、というかゆとりが感じられた。お陰で俺たちは、過度な使命感を持たされずに済むというものだ。
これもまた、モーテンの古参の猛者としての人心掌握術なのかもしれない。
《砲兵部隊、敵機のうち二機が前に出た! 砲撃開始! 繰り返す、砲撃開始!》
この時、俺はAMMに搭乗し、砲兵部隊のすぐ後方に立っていた。囮だ。
敵がこのAMMに狙いを定める間に、砲兵たちが頭部のセンサー類を破壊する。それだけで、だいぶ事態は好転するはずだ。
俺がディスプレイで敵の動きを捕捉した直後、ドンドンドンドン、と砲撃音が連続した。
前回に引き続き、光学センサーがあてにならない夜間での戦闘。俺は高熱を発する閃光手榴弾を投擲した。光学よりも赤外線センサーに頼っていた敵のAMMは、何が起こったのか分からないだろう。
一度上空に舞い上がった砲兵部隊の榴弾砲は、放物線を描きながら次々に着弾。
流石に全弾が着弾することはなかった。それでも、四機中二機の頭部センサーユニットの破壊には成功したようだ。
すると、頭部を破壊されたAMM二機が、滅茶苦茶に機関砲を乱射し始めた。
さっと身を屈める砲兵たち。彼らを救うべく、俺は塹壕を跨いで前線に立った。
遠距離火器も近距離武器も搭載していない。が、俺は人一倍AMMに詳しいと自負している。弱点が分かるのだ。
加えて前回と違い、今の俺には相棒がいる。刀を振りかぶった、鋭い女が。
俺は勢いよくジェット噴射。自機と共に高熱を帯びた白煙が立ち昇り、敵の赤外線センサーを潰す。
「ルナ、無事か?」
《ええ、塹壕で白煙を回避してる!》
「了解。頭の潰れた二機を始末してくれ。俺は奥の隊長機と副隊長機を仕留める」
《了解!》
俺は舞い上がった状態で、俯くように頭部を操作。
「やっぱりいやがったな……」
密偵が送ってくれた情報は確かなものだった。AMMは全部で四機。
俺はスラスターを調整し、着地した。隊長機の頭部を蹴りつけるようにして。
「喰らえっ!」
がぁん、と金属質な音がして、敵機は俺に蹴り飛ばされた。仰向けにぶっ倒れる隊長機。
馬乗りになって、俺は思いっきり隊長機の頭部をぶん殴った。コクピットは胸部にあるから、頭部を潰すだけなら死人は出ないはずだ。
しかし、そんなことを考えていられたのは僅かな間。
副隊長機がこちらに機関砲を向けた。が、発砲されるのは免れた。
素早く立ち上がり、隊長機を盾にしたのだ。
ずん、と一歩踏み出すと、副隊長機は怯んだ様子で動きを止めた。
「甘いな」
俺は起動不能になった隊長機から機関砲を奪い取り、ダンダンダンダン、と連射した。弾倉が空になるまでだ。
流石にこれほど大口径の機関砲を喰らっては、敵も動けなくなってしまう。
とどめとばかりに、ハイキックで敵の頭部を蹴り飛ばす。
バイザーが発光現象を終えたところで、俺は安全確保の完了を確認した。
「ルナ、そっちはどうだ?」
《白煙が晴れてきた! 迫撃砲で敵も弱ってる! 私が出る!》
「頼む!」
そう答えた直後のこと。
自機のレーダーに、奇妙な光点が現れた。それなりの高度を維持している。機関砲では届くまい。
「これは、何だ……?」
そう言い終えると同時、俺ははっとした。まさか政府軍の連中は――。
「空爆をしようってのか!?」
《どうした、リック准尉?》
「モーテン隊長! 早く皆を連れて避難してください! 敵はこのあたり一帯を空爆する気です!」
《確かか?》
「はい! AMMで捕捉した大きさ、速度、エンジン音などは、政府軍のそれと合致します! 爆撃機も、護衛の戦闘機も!」
空爆。それは、現在では禁忌といってもいい戦術だった。
あまりに誤爆が多く、民間人の死者が増えすぎたのが原因だという。
同じ理由で弾道ミサイルや長距離誘導弾などの使用も、国際条約で禁止されてるのだが。
政府軍の連中、ブルー・ムーンをテロリストと見做し、この戦争を国家間での軋轢として認めないつもりなのかもしれない。
犯罪者集団が相手なら、何をしてもいいというとんでもない理屈だ。
そうは言っても、構成員たちの避難さえ上手く進んでくれれば、俺たちが失うものはかなり少ない。テントと一部の生活資材がなくなるだけだ。
それに避難には、このAMMを隠しておいた古びた陸上ドックが使える。荒野にぽつんとあった大きな岩を掘削してできたものらしい。
「モーテン隊長! 皆の避難は続いていますか? 応答願います!」
《ああ、こちらでも状況は把握している。今から警報を鳴らすところだ。リック准尉、敵の航空戦力の分断を図れるか?》
「了解です!」
試したこともないのに、何故か俺は嬉々として了解の意を伝えていた。
何故だろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます