第11話

「何してんの、あんたたち?」

「ああ、俺の部屋にリフィ――」

「えーーーーーーーーっ!?」


 何を思ったのか、ルナは素っ頓狂な叫び声を上げた。


「ちょっ、ちょっとリック! あんた、何しようっての!? リフィアを自分のテントに連れ込んで!」

「は、はあっ? 誤解を招くような言い方をするな!」

「じゃあ誤解を招くようなことをしないでよ!」

「俺じゃない、リフィアが勝手にこのテントに上がってたんだ!」

「だから紛らわしいことを……! はあ、アホらし」


 何だよ、最後の台詞は。


「ルナ、お前の差し金なんだろ? アホはどっちだよ? 何が狙いだ?」


 すると、ルナは両腕を腰に当てながらくいっと顎をしゃくった。そこに座れと言いたいらしい。

 さも渋々といった演出で、俺はあぐらをかいた。俺の正面に正座するルナ。


「あんたに話がある」


 そう切り出した時の口調は、彼女の愛刀並みに切れ味があった。


「あんた、このままブルー・ムーンで戦ってくれない?」

「ん、ちょうど今それを考えてたところだよ」

「えっ! リック、あなたも戦ってくれるの? あたしたちのために!」


 相変わらず曇りのない瞳を向けられ、俺は思わずリフィアから顔を背けた。

 

「む……。おいルナ、これがお前の狙いなのか?」

「まさか。リフィアはそんな短絡的にものを考える子じゃないよ」

「兄貴とは大違いだな」


 そう言うと、ルナの顔が僅かに引き攣った。笑い出すのを押し殺したらしい。

 てっきり、『代表を馬鹿にするな!』と言われて斬り捨てられるかとも思ったのだが。


「話を戻すぞ。俺は正直、政府とブルー・ムーンのどっちが正しいのか、よく分かっていないんだ。そりゃ、軍で育てられてきた俺からすれば、何て言うか……恩義はある。でも、政府が俺によくしてくれたのは、俺を前線に立たせることが前提だったわけだし、それを決定する中枢が性根の腐った連中の集まりなんだとしたら、俺はとても政府軍には戻れない」


 微かに期待の眼差しを向けるルナ。

 だが、話はこれで終わりではない。


「ブルー・ムーンにだって、問題はある。捕虜を殺しただろう? 妙に皆慣れた雰囲気だったけど……。あれはやりすぎ、というか国際法違反だ」

「それは仕方のないことだろう、リック」


 仕方のないこと? その言葉に、俺は床の一点に固定していた視線をルナに向けた。


「あの時、お前らが処刑したのは、ダグラム・ドーリ大尉。孤児だった俺の面倒を見てくれた人だ。あの時の俺はただ見ていることしかできなかったが……。今なら言える。俺は大尉のためなら、ブルー・ムーンの誰かと刺し違えても構わない」

「本気で言ってるのか、リック?」

「本気でなけりゃ、こんなこと言えないだろうが」


 相当な驚きがあったのだろう、ルナは切れ長の瞳をぱっと見開いて、まん丸にしていた。

 正直、どきりとした。

 ルナがずいっと身を乗り出してきたからかもしれないし、その時僅かな胸の谷間がシャツの間から覗いてしまったからかもしれない。


 だが実際のところ、ルナにはまったく不似合いな、驚きという感情が露呈したところに、俺の心臓が反応したのだと思う。


 って、何を考えているんだ、俺は。自らを冷静に戻すべく、俺は言葉を続けることにした。


「だが、今晩の防衛作戦には、ブルー・ムーンの一員として参加させてもらう。政府軍の連中は、この基地を捕捉したら俺の生死を無視して一斉攻撃を加えてくるだろう。元戦友の弾丸でくたばるのは、勘弁願いたい」

「そ、そうか」


 そう言ったきり、ルナは黙り込んでしまった。ここまで俺が考えているとは思わなかったのだろう。


 荒野を渡ってきた風で、テントがパタパタと音を立てる。

 今回の沈黙は何秒くらいだろう。そんなことを思いつつ、改めて身体を捻って姿勢を正した。


 リフィアが唐突に声を上げたのは、まさにその時だった。ぱさっと出口から顔を出して、こんな声を上げた。


「わあっ、大きなロボット!」

「何?」


 敵襲か? 俺は咄嗟に自分の腰から拳銃を抜こうとしたが、もちろん取り上げられている。

 ルナは愛刀を右手に握り、左手でリフィアの頭を押し下げた。


「うわっ! どうしたの、お姉ちゃ――」

「静かに!」


 そう言ってルナは外を見渡そうとして、そこに窓がないことに気づく。


「あ、あれ……?」


 敵襲だったとしたら妙に静かだ。では、一体何が起こったのか?

 考えられる可能性。それは――。


「リフィア、年上の人間に悪戯をするもんじゃないぞ」


 俺はできるだけ淡々と言葉を発した。最初から敵襲などあったわけではなく、リフィアが嘘をついていたのだ。出口から外を覗いていたルナが顔を引っ込める。


「悪戯? 本当なの、リフィア?」

「いやいやルナ、状況からして明らかにそうだろ」


 再び腰を下ろし、俺はリフィアに視線を戻す。ルナも同様だ。

 俺は自制するよう自らに言い聞かせつつ、ルナの頭をこつん、と叩いた。


「おいリック! 暴力は……」

「お前は黙ってろ、ルナ!」


 リフィアは短い悲鳴を上げて後ずさった。俺に叩かれたことより、俺がルナを怒鳴りつけたことの方が衝撃的だったらしい。

 すると、リフィアの目にみるみる涙が溜まってきた。だっと俺の横を駆け抜け、ルナに抱き着いて嗚咽を漏らし始める。


 まだ話は終わっていない、と俺は怒鳴りつけようとした。が、ルナはリフィアを抱き留めて困惑している様子。

 これ以上、俺が声をかけるべきではあるまい。


 そう思っている間に、意外な言葉がリフィアから発せられた。


「こんなに怒られたの、初めてだよ!」

「リフィア、それって……」


 ルナと俺は顔を見合わせる。


「あたしが小さい頃に、もうお父さんとお母さんは死んじゃってて、あんまり覚えてることもなくて、お兄ちゃんは戦うことばっかり考えてて……。だから、誰かに怒られたのって経験がないから……」


 そうか、それでリフィアは必要以上に驚いたのか。


「代表、いや、ギールさんには私が言っておくから。だから泣かないで。ね? リフィア」


 俺はしゃくりあげるリフィアと、それを宥めるルナにテントを明け渡し、無言のまま外に出た。


「そう言えば……」


 ルナの両親はどうしたのだろう? 確か戦死認定をされているわけではなかったはず。

 行方不明、とか言ってたな……。後でルナに訊いてみた方がいいかもしれない。

 今すぐテントに戻るのは、藪蛇になってしまうだろうから。

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