第10話

「あっ、モーテン隊長……」


 俺が情けない声を上げると、脇腹を肘で突かれた。


「隊長はああ言ったけど。あんた、突然暴れ出すってことはないよね?」

「なっ、何だよ、人を怪物みたいに。まるでギール代表が俺を見るのと同じような顔してるぞ、ルナ」

「あ、ああ……。ごめんなさい」


 ん? なんだ、妙に素直じゃないか。


「まあね、ギール代表が政府軍をそういう目で見るのも無理はないよ。彼、妹のリフィアと一緒に、ご両親を目の前で亡くしてるから」


 その一言に、俺はむせかえった。口に含んだ水が肺に流れ込みそうになる。陸地にいながら溺れかけたかのようだ。


「げほっ! けほっ……あー……」

「その場に救助に来たのがモーテン隊長だったんだって。だから、ギール代表が政府軍所属のあんたや、あんたの恩人である敵の大尉に向かって、冷淡な態度を取るのは大目に見てあげて」

「大目に見るも何も……。あいつには代表っていう立場があるんだから、個人的な都合で動かれちゃマズいだろう? どうにか感情的にならないように宥められないのか?」


 するとルナは眉をしかめながら、無理ね、と一蹴。


「思うに、彼にとって両親の話をする、っていうのはとても勇気の要ることなの。繰り返すようだけど、彼とリフィアの眼前でご両親は殺された、って話だから。これからは安易に口にしないで」

「す、すまない」

「分かってくれればそれでいい」


 そう言って、ルナは踵を返し、テントの方へと向かっていった。

 俺は相変わらず棒立ちで、ルナの背中とその先に広がる風景を見ていた。

 そこで目に入ったのは、地平線上に蜃気楼のように広がるテント群。


 結局、自分はどう立ち回るべきか。俺はそれすら分からずに俯く。

 

 悲しいとか悔しいとか、そんな言葉が湧いてくる。一抹の虚しさもだ。

 そうか。俺はこの閉塞感を、なんとか打破すべきなのだ。


「なあ、ルナ。お前のご両親は?」

「だから安易に尋ねるなと言ったでしょうが!」

「あ……、ごめん」

「とにかく、早く戻る!」

「おう」


         ※


 勢いよく走り出したルナを追って、俺もテントへと戻ってきた。


「遅い到着だな、二人共。自分のポジションを分かっていないのか?」


 広大なデスクのある大きなテントの下で、ルナは敬礼をしていた。長いテーブルの反対側にはギールが両手をついて立っている。


「はッ、申し訳ありません」


 ぼんやりしていると、俺は後頭部をルナに引っ掴まれた。ぐいっとお辞儀をさせられる。


「ふん……。ケダモノに礼を尽くされたところで、嬉しくも何ともないがな」


 何言ってるんだ、コイツ? さっきはしつけておけとルナに命令したくせに。


「まあいい、早速だが作戦会議だ。モーテン、状況説明を」

「はッ。先ほど、ステリア共和国陸軍の西方基地の密偵から、AMM輸送機と観測ヘリからなる混合部隊が出撃準備を整えている、と報告がありました。出撃予定時刻は十九時二十分。我々がこの臨時基地に留まるとすれば、会敵予想時刻は二十時五分前後と思われます」


 それに続き、副隊長や通信兵が発言を続けていく。

 空対地戦闘ヘリの攻撃はあり得るか。迫撃砲による遠距離攻撃を受ける可能性はどうか。歩兵の携行兵器は使用され得るか。


 それらに対するモーテンや諜報部の人間の答えは、揃って否定的なものだった。

 ただし、こちらが上手くAMMを活用できなければ、という条件付き。こっちにだってAMMはあるのだ。

 そして、この場でAMMを操縦可能な人物と言えば――。


「あたしが出るわ」


 キリクがすっと手を上げた。昨夜の敵襲を追い散らしたのは彼女の功績だ。

 かといって、正規の訓練を受けたのは俺だけ。そう思って俺も挙手しようとしたが、それをキリクは目ざとく見つけた。軽く左右に首を振る。

 今は黙っていろ、とでも言いたげだ。が、その頃にはこの場の全員が、俺の気配を察してしまっていた。


「なるほど、キリク・リトファーとケダモノのどちらにAMMを任せるか、というのが焦点なのだな」


 ギールは着席し、背もたれに身体を預けてふんぞり返った。

 いちいち癪に障る野郎だ。が、ここで彼のペースにのせられるわけにはいかない。

 ギールに対して暴力沙汰を起こしてしまったら、それこそ次に処刑されるのは俺かもしれないのだ。


「でしたら、自分から提案があります」


 そう言ってすっと前に出たのは、意外なことにルナだった。


「ほう。ご意見拝聴といこうか、ルナ・カーティン」


 余計なことは言うなと思ったものの、彼女の肩を押さえる前に発言は始まってしまっていた。


「自分は、今回のこの臨時基地防衛のためのAMMを、陸軍准尉、リック・アダムスに一任すべきと考えます」

「な……!?」


 一気に周囲がざわついた。一番驚いているのは、やはりギール。慌てて立ち上がり、ルナの方に身を乗り出した。


「ま、待ってくれルナ! いいか、このリックとかいうケダモノは、僕だけでなく君のご両親を殺害したのと同じ組織にいたんだぞ!」

「それは過去形です。加えて、自分の両親はまだ死亡したと判定されたわけではありません」

「し、しかし……」

「もちろん、根拠はあります。純粋に、彼の方がキリクよりもAMMの操縦技術の面で長けているからです。我々が初めてAMMと交戦した際、彼は我々のトラップに引っ掛かりながらも、友軍機三機、及びパイロット三名の脱出を成功させています。彼をAMMに乗せる方が、適材適所と言えるかと」


 再び、会議用のテント内は静まり返っていた。聞こえてくるのは荒野を吹き抜ける乾いた風音くらいのものだ。


 随分長い沈黙に思われたが、きっと実際は十数秒といったところではないだろうか。

 コホン、と空咳をしてから語り出したのは、モーテンだった。


「ここは採決を取りましょう。キリク・リトファーをAMMパイロットと認める者は挙手を」


 ぽつぽつと手が上がる。だが、それは半数までは至らないように見える。


「あ……あ……」


 ぺたん、と力なく椅子に座り込んだのはギールだった。


「そ、そんな馬鹿な! いいか皆、君たちの戦友を奪ったのはコイツらなんだ! 政府軍の連中なんだぞ! ぼ、僕は認めない、絶対に認めないからな!」

「代表」


 喚き散らしていたギールは、モーテンの声にびくり、と肩を震わせた。

 俺でも分かった。今の『代表』という一言に、不穏な空気が込められていたのを。


「多数決は民主主義の根幹を成します。それをあなたが否定してどうするのです?」

「そ、それは……」

「我々ブルー・ムーンは、その民主主義の道を踏み外したこの国の陸軍省に、警鐘を鳴らすべく結成された軍事組織です。だというのに、その代表でいらっしゃるあなたがそんな独断的な横暴極まる発言をなされては士気にも影響します。今の発言を撤回願いたい」

「う、あ」

「さあ、どうぞ。あなたがご自身の矜持を示すのを、皆は待っています」


 モーテンは、片方だけになった瞳でじっとギールを見下ろしている。

 俺は標的でないにもかかわらず、思わずぐびり、と唾を飲んでいた。


「……皆、すまない……。僕が、いや、私が感情的になって、混乱を引き起こしてしまったようだ……。もう、大丈夫だ」

「左様ですか。それでは、今夜の迎撃作戦において、AMMのパイロットはリック・アダムス准尉、ということでよろしいですな?」

「そ、それでよろしく頼む」

「畏まりました。リック准尉!」

「はっ、はははいいい!?」

「君はそれで構わないかね?」

「はッ、もも、問題ありません!」

「了解した。これにて、今回の作戦会議を終了します。詳細は追って連絡しますが、首脳部の会合を引き続き聞きたい者は、ここに残ってもらって構いません。では、解散」


 俺がほっと胸をなでおろすと同時に、隣で誰かが立ち上がる気配がした。

 ルナが両腕を頭上で組んで、ぐっと伸びをするところだった。


「な、なあ、ルナ」

「何だ、リック?」

「少し話に付き合ってくれ。構わないか?」

「ん」

「じゃあ、一旦俺のテントに来てくれ。あと――」

「喉が渇いたんだろう? ちゃんとお前の分も持っていってやるから」

「悪いな、頼むよ」


 こうして、俺は暑さと乾燥から逃れるようにしてテントに引っ込んだ。


         ※


「……で、どうしてお前がここにいるんだ、リフィア?」

「人質さ……じゃなくて、リックと遊ぼうと思って!」


 テントに戻ると、何故かその中央にリフィアが座り込んでいた。何故彼女がここに?

 いや、確かに施錠なんてできないが……。


「勝手に人の部屋に上がり込むのは失礼だぞ、リフィア」

「えーっ? 勝手にじゃないよ、ちゃんと許可もらったもん!」

「誰の?」

「ルナお姉ちゃん!」


 俺はがっくりと項垂れた。


「何を考えてるんだ、アイツは……」


 俺がそう言い切るのとルナが入室してくるのは同時だった。

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