第7話【第二章】
【第二章】
俺がルナに連れられて向かったのは、陣地の中でも小さなテントだった。
エアコンやその類はなかったものの、俺がポンチョを脱ぎだす程度には温かい。
対するルナは、無造作に羽織っていたのであろうシャツを脱ぎ捨てた。その下に着用していた防弾ベストが、いかにも物騒な空気を演出している。
って、違う違う。
本来の目的は、モーテンの要請を受けたルナが、ステリア共和国軍の犯してきた自作自演のテロ行為について俺に説明してくれる、ということになっていたはずだ。
ルナは棚に並べられたビデオテープの背を見ながらこう言った。
「流石に全部記録されていたわけではないし、たまたまその場に居合わせた人々から失敬したものもある。今では通信端末で、動画でも静止画でも記録できるから」
「じゃあ、その中から決定的瞬間を捉えたものがこのテープなんだな? この中に、共和国軍の自国民に対する殺傷行為が記録されて――」
「少し黙ってて」
まったく、愛想の欠片もない。が、当の本人は何食わぬ顔で大型ディスプレイを展開、その右側の差込口にテープを押し込んだ。
やがて映像が現れた。音声は砂嵐状態だが、そこにやって来た人物が何者なのかは分かる。
いかにも軍人、というような鋭い目つきで、大きなボストンバッグを肩にかけていた。
「ここがどこなのか、分かるだろう?」
ルナの言葉に、俺は座り直して画面全体を見渡す。そこは、国内でも屈指の遊園地だった。
まさか、こんなところで爆発物を使用すると言いたいのか?
画素が荒く、爆発まであと何秒なのかは分からない。そもそもこの男の正体すら明らかでない。だが、彼がここに爆発物を運び込んだのは間違いないようだ。
男はバッグをベンチの上に置き、そのまま立ち去ろうとした。その姿に、俺は一種の既視感を覚える。
「ん? この歩き方は……」
「どうだ、リック?」
「悪い、もう一度見せてくれ」
するとルナは、テキパキとテープを巻き戻してくれた。
てっきり、自分でやれと一蹴されてしまうのではと思っていたが。それだけ俺に対し、理解と納得を求めているということか。
俺は無言で件の男に注目し続け、一つの結論に至った。
「ルナ、落ち着いて聞いてくれ」
「私はとっくに落ち着いてる」
「この後、爆発が起こったんだな?」
「ああ、そうだ。だから監視カメラも、爆発の瞬間までしか録画していない」
「俺の見立てだが……。この男、陸軍の特殊部隊だ。歩き方が一般人とも一般兵とも違う」
「やはり分かるものなのか?」
「ああ。俺も一時期、レクチャーを受けたことがある」
そうは言っても、歩き方の微妙な差異に気づける人間は相当限られるだろうが。
俺はルナからリモコンを引ったくり、一時停止と巻き戻し、それに再生を繰り返した。
「うん、間違いないな」
画面の中の男が左足を踏み出す度に、右腕が不自然に固まったまま振られている。
ホルスターからすぐに拳銃を抜けるように、という事情があるのだ。
一旦この歩き方を習得してしまうと、癖になってなかなか元に戻すのは難しい。
当然だ。この歩き方をしていれば、単独行動時に奇襲されてもまだ戦いようはあるのだから。護身術の一つとして、身体に染みついてしまう。
もしかしたら、俺もそうなっているかもしれない。
「そうか、お前も同意見なのか、リック」
「同意見?」
「ああ。お前以外にも、正規軍崩れの、しかし優秀な兵士は数名いるんだ。その誰もが、この男の歩き方に言及していた」
なるほどな。
「つまり、お前は俺を確かめた、ってことか、ルナ?」
「ああ、そうだ。もし何も勘づかないようだったら、お前が正規軍の、それもAMMのパイロットである、なんてことを信用しやしない」
ふむ。まったく奇妙な人選もあったものだ。俺は顎に手を当て、次のルナの言葉を促した。
「でも、それが本題じゃないんだろう?」
「そうだ。問題はな、リック。お前がこれらの所業を自国の軍隊が行っていたという事実を、受け入れられるかどうかということだ」
その瞬間、俺の心に雷が落ちた。ビリビリと心臓が真っ二つに引き裂かれる。
そうだ。俺は何を呑気に分析作業にあたっていたんだ。
この映像こそ決定的な証拠ではないか。ステリア共和国内部で暗躍しているテロリストは政府の人間であり、自作自演だという説を裏づける証拠だ。
「似たような映像、まだあるんだろう? 見せてくれ」
「ああ。一応この部屋にあるのは……これくらいか」
「おお、サンキュ」
俺はルナが差し出した段ボール箱を受け取った。その中には、様々な記憶媒体が放り込まれていて、個々のケースに日付と場所が記されている。
「こ、これ、全部正規軍が起こした事件なのか?」
「さっきからそう言っているだろう」
「つまり、ブルー・ムーンはテロ行為に関与してはおらず、政府は国民の批判をかわすためにブルー・ムーンを利用した……?」
「その通り。我々は死傷者が出るような作戦は立案していない。軍人相手の場合は情け容赦なくやるが」
そう言い放ったルナ。その瞳には、初対面時の虚無が漂っている。それを見て取った俺は、反論事項をごくりと飲み込んだ。
しばしの間、プレハブ小屋にはビデオテープを再生させるキュルキュルという音だけが響いた。
※
気がついた時には、窓の外から見える空は群青色に染まっていた。夜明けが近い。
随分見入ってしまったな……。
上半身を捻って背後を見遣ると、ルナと目が合った。殺気は感じられないが、今だに無感情だ。
「どうした、リック?」
「ふむ……。いや、俺って何のために戦ってるのかと思ってさ。どうして生きているのか、って言い換えてもいい」
「む? 突然何を言い出すんだ?」
ルナは背中を預けていた壁から離れ、腕を組んで俺を見下ろした。
今までだったらその態度にカチンとくることがあったかもしれない。だが今は、目線の高さなど些末な問題だった。
「俺の両親、死んだんだ。親父は俺が六歳、お袋は八歳の時。単純に病弱だったんだな」
ルナがそっと身を引く気配がする。何故自分からこんな話をしているのかは判然としない。それでも、俺は視線を無機質な床面にさまよわせながら、言葉を続けた。
「生憎、うちの親戚筋では俺を引き取ってくれるところがなくてね。珍しいだろうけど、全寮制の小中学校に通ったんだ。そこで軍事教練の授業があった時、軍のお偉いさんが視察に来て、そのまま俺は軍にスカウトされた」
「戦いに対するセンスがあった、ってことだな」
「恐らくは」
ルナの方がよほどセンスがあるが。
そう言ってやってもよかったが、やめた。あまり人の笑顔を見たいと思える状況ではなかったのだ。
「義務教育が終わってから、俺はすぐに軍の士官学校に入った。辛くはなかったけれど、寂しくはあったかもしれないな。友人に恵まれる方じゃなかったし、そもそもどうして家族のいない俺が、国を守ろうとしているのかも分からなかった」
「あんた、根無し草なのか」
「おお」
俺は顔を上げた。少しばかり驚いたのだ。
「言い得て妙、ってのはこういう時に使う言葉なんだな、ルナ」
「ん? そうか?」
「ああ」
「……すまない、根無し草だなんて酷いことを言った」
俺は軽く噴き出した。
「なんだ、そんなことか。俺が今まで生きてきて、一体何回言われてきたと思ってるんだ?」
「それは、まあ……。でもその歳でAMMのパイロットとは……」
俯くルナ。そんな彼女を見つめているうちに、俺は何故か頬が緩んでしまった。
「何だよリック、気持ち悪いな」
「え?」
「え? じゃない! 私の顔に何かついてるのか?」
「そんなことはないぞ」
ルナは切れ長の瞳をやや見開いて、ふうっ、と息をついた。
そんなことはない、という俺の言葉に続きを求めてこなかったのは幸いだ。
少し可愛らしく見えてしまった、とは口が裂けても言えないからな。
「まあ、昨日の戦闘で、政府軍は俺を見限ったとみていいだろうな」
俺はぱっと両手を広げて見せた。
「それに、陸軍省が腐ってる、ってことは嫌と言うほど目にしちまったし……。政府軍に戻ろうって気にはなれない」
「じゃあ、どうするんだ?」
「お前たちと共闘しようと思う」
今度はルナが噴き出した。
「なっ、ななっ、何を突然……!?」
「だから今言っただろう、俺は自分を育ててくれた政府に切り捨てられた。かといって、中途半端な立ち位置にいるようでは、お前たちからも捨てられかねない。だったら俺はブルー・ムーンの一員として、政府の腐敗を止めたいと思う」
「リック……」
その時、テントのファスナーがざらり、と開けられた。
何の許可もなく踏み入ってきたのは、ギールだ。
「ネズミが一匹捕まった。リフィアが寝ている間に片づけたい。二人共来てくれ」
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