第6話
するとモーテンは、ふっと軽く息をついた。随分と気楽な調子である。
「君の考えていることは分かるよ、リック准尉。私が君をルナくんから引き離して、その間に殺そうと画策している、とでも思ったかな?」
「……ええ、正直」
「さっきも言ったが、私は、いや、ブルー・ムーンという組織のほぼ全員が、ルナくんの戦い方や考え方、言語化できない感覚に全幅の信頼を置いている。勘、とでも言うものかな」
「だからあなたも俺を殺す気はない。そう仰りたいんですか、モーテン中尉?」
ああ、私のことは隊長、で構わない。
そう言ってから、モーテンは言葉を続けた。
「君の読み通りだよ、リック准尉」
モーテンは一度、深く頷いた。それからポケットに手を突っ込み、無造作に夜空を見上げる。
「やはり郊外はいいな、星々がよく見える」
「そう、ですね」
そう呟く頃には、俺も夜空を仰いでいた。
俺が夏の大三角形を見つけ、それに見入ろうとした時だった。
「伏せろ、リックくん」
落ち着いた口調のまま、モーテンが俺の足を蹴って突っ転ばした。ホルスターから拳銃を抜き、どことも分からない方向へ向ける。
「なっ、何事ですか、隊長?」
「黙って」
俺はモーテンの銃口の差す方向に目を遣った。
ん? 暗闇で何かが蠢いている。僅かな月光に照らされ、一瞬だけその姿が浮かび上がった。
あれは、ステリア共和国軍が正式採用している夜間戦闘用のコンバットスーツだ。
俺を助けに来たのか? いや、それにしては人数が多い。ここにあるブルー・ムーンのテント群を捕捉して、攻め入ろうとしているのか。
「隊長、あれは――」
「分かっている。君の友人たちだろうな。だが、あの重装備は人質の奪還作戦を行うには重すぎる」
「ってことは……?」
「我々を殲滅する気なのだろう。AMMの姿がないが、それだけ隠密性を優先した、ということか」
人質の奪還。この人質と言うのは、十中八九俺のことだろう。
だが、本当に彼らに俺を救う気があるのか? だったらどうして、火炎放射器など担いでいるんだ?
さっと冷風が、俺の心臓を吹き抜けた。
まさか、俺諸共ブルー・ムーンの皆を殺害する気なのか?
「こっちだ、リック准尉。急げ」
先に顔の向きを変え、匍匐前進を開始するモーテン。
俺もまたそれに続き、モーテンが盾にするつもりであろう巨岩を目指した。
「こちらモーテン、誰か応答してくれ」
《こちらキリク、どうしたの?》
「テント群の北方、約二キロメートル地点で、正規軍兵士の姿を捕捉。重武装。対戦車ロケット砲や火炎放射器を確認。例のモノで追い払ってくれ」
《了解》
例のモノ? 何のことだ?
俺の脳みそが疑問に囚われていると、独特な駆動音がテント群の方から響いてきた。
「まさか……!」
俺は立ち上がって駆け出しそうになるのを、モーテンに引っ張り倒された。
地面を転がりながら目にしたもの。それは、俺が乗ってきたAMMだった。
周囲の正規軍兵士たちが驚き、狼狽えるのが分かる。
「こっちの陰に隠れるんだ、准尉!」
モーテンに後ろ襟を掴まれ、勢いよく岩陰に放り投げられた直後だった。
ぱっと、周囲が明るくなった。まるで太陽光を直接浴びているかのようだ。これでは流石に黒ずくめの兵士たちも丸見えである。
続いて、AMMの頭部バルカン砲が火を噴いた。
こんなところにAMMが? ああ、俺が乗ってきた機体を修繕し、弾丸を補充したのか。
流石にロケット砲や自動小銃は装備されていなかったが。
バタタタタタタタッ、という発砲音が、俺の耳に捻じ込まれた。
地面のところどころに銃痕ができてはじけ飛び、咄嗟に隠れようとした兵士たちを粉砕する。
最初の掃射が終わってから、一歩、二歩と前進するAMM。その間に、対戦車ロケット砲や大口径機関砲が発射され、機体に着弾する。
黒煙に包まれたAMMだが、しかし、それらの弾薬はAMMの肘部のプレートに弾き返されていた。実質的なダメージは皆無だろう。
俺はほっと安心しつつ、再度岩陰に入り込んだ。
二度目のバルカン掃射。この期に及んで、この荒野で無傷の政府軍兵士はおるまい。
「戻るぞ、リック准尉。君にはいろいろと見聞きしてもらう必要がある」
「は、はッ!」
俺はモーテンを見習い、屈みながらテントのある方へと戻った。
※
考えてみれば妙な話だ。
俺はブルー・ムーンという反政府組織に敗北を喫したにもかかわらず、生存を許されている。
それどころか、俺をも同時に抹殺しようと迫ってきた政府軍から、ブルー・ムーンによって守られさえしたのだ。
「これじゃあどっちが味方か分からないじゃないか……」
いや、違うな。
俺自身がどちらに所属しているのか、それが分からないのだ。
そんなことを考えていたお陰で、無残な死体を見ることがなかったのは幸いだ。だが、何度も石に躓きそうになり、その度にモーテンに支えられてばかりだった。
「気をつけてくれ、リック准尉」
モーテンのその一言で、俺ははっと気がついた。目の前で俺のAMMが、片膝をついていたのだ。急造のコクピットハッチが開放され、するり、とロープが垂れてくる。それを握って降りてきたのは、キリク・リトファーだった。
着地するなり、彼女はその場で振り返った。
「頭部バルカン砲の残弾装填と、膝裏の電力供給チューブの再チェック、急いで!」
了解、というメカニックたちの復唱が続く。
って、待てよ。
「キリクさん!」
俺が呼び止めると、キリクはヘッドギアを外しながら振り返った。
「あ、あの!」
「どうしてあたしがAMMの操縦を知っているのか、気になるのね?」
「は、はい……」
するとキリクは軽く肩を竦めながら、何ともないようにこう言った。
「だってあたし、スパイだもの」
「は?」
「設計図は何枚も入手したし、メカニックも揃えた。あたし自身、何度もシュミレーターで訓練した。なんにも難しいことなんてないわよ?」
「な、え……?」
「そんなことより、まだまだ訊きたいことがあるんじゃないの? あたしから説明してあげてもいいけど、もっと適任の人がいるみたいね。彼女の話を聞いてみなさいな」
「彼女、って……」
無造作に振り返ると、さっと伸ばされた鉄拳が俺の左頬に打ち込まれた。
「ぶっ! お、お前! ルナ、何しやがるんだ!」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ! 俺を助けに来た政府軍を無駄死にさせやがって!」
「リック、あんただって分かってるだろう? あいつらはあんたもまとめて殺すつもりだったんだ! 先にやらなきゃ、私たちだって危なかったんだぞ! ここにはリフィアだっているんだ!」
その瞬間、俺の脳内で何かが弾けた。
子供を盾にしようとするかのようなルナの言い分に、怒りが湧いたのだ。
「てめえ、よくも!」
「ぐっ!」
俺の繰り出した右フックを、ルナは辛うじて回避した。
こんな俺たちの間に入ったのは、モーテンだった。
「おいおい、お若いのは結構だが、安易に暴力沙汰に走るもんじゃない。ルナくん、君はリック准尉に例の映像を見せて解説するんだ。ステリア共和国が、国民に対して何をやってきたのか」
「どっ、どどどどうして私が!?」
「命令だ、と言ったら聞いてくれるのか?」
モーテンのこの一言が、決定打になった。
「……了解、しました」
それだけ言い放つと、ルナは俺の腕を引っ掴んでぐいぐいと進みだした。
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