第2話

 足の裏に格納していた鉤爪のようなパーツを展開。地面に食い込ませて自機の体勢を安定させ、反動に備える。

 俺が使おうとしている兵器。それは、他の三機のAMMには装備されていない重火器――肩にマウントしたロケット砲だ。


 六連装地対地三百ミリロケット砲。

 俺の駆る四号機の両肩に三門ずつ装備された、精密短距離誘導弾。


 俺は一旦、コクピット内の操縦レバーから手を離し、サブディスプレイを覗き込む。

 これもまた赤外線映像。その映像から浮かび上がるように、六つの赤色の円がうろちょろしている。ロックオンした敵性勢力の位置を示しているのだ。


 ここでロケット砲を発射できれば話は早い。しかし事態はそう単純ではなかった。


「敵の動きが変わった……?」


 ついさっきまで、支離滅裂な砲撃を加えてきていたテロリストたち。

 だが今は、岩陰に隠れたり、照明弾を上げたりして、明らかにこちらの集中力を削ごうとしている。


 そうはいっても、俺が繰り出そうとしているのは精密誘導弾だ。回避しきることはできまい。


「各機、自分から――四号機から離れてください!」


 そう言い終える頃には、全機が防御態勢に入っていた。岩石群を盾にしたり、焼け焦げた敵車両を持ち上げて胸部のコクピットを守ったり。


「ロケット砲発射まで――三、二、一、零!」


 ロケット砲の発射音は、機関銃のそれの比ではなかった。爆音といっていい。そしてその爆風は、たちまち敵の密集地帯を火の海に変貌させた。


 赤外線で見ていた景色が真っ白に染まる。これでは目が潰れそうだ。

 すぐにディスプレイの明度を下げた。そこで目に入ったのは、まさに阿鼻叫喚の光景だった。


 先ほどまで俺たちのことを殺そうとしていたテロリストたち。それが今や無惨な肉塊と化している。

 きっと彼らは埋葬もされず、この荒野にいる肉食動物に骨まで食い尽くされることになるのだろう。俺の両親のように、きちんとした葬儀をなされることもなく。


「これがAMMの力、か」

《よくやった、リック! 総員、ここの原油採掘基地を破壊しろ! ただし周辺警戒は怠るなよ!》


 隊長からの無線に、俺はひとまず礼を述べる。

 しかし、これが人を殺すという感覚なのか。


 テロリストは絶対悪だ。その考えに揺らぎはない。だが、彼らにだって家族がいたかもしれない。少なくとも、ご先祖様は存在したはずだ。

 そんな人間、という存在を一方的に死に追いやっておいて、その上彼らの遺体の上ではしゃぐ。そんな気には、とてもなれない。


《そうら! ぶっ壊してやる!》

《俺たち共和国陸軍を見くびるからだ!》


 油田の設備を滅茶苦茶に踏みにじり、殴り壊し、頭部の七・五ミリバルカン砲で穴だらけにしていく。


 俺たちによる破壊行為は、その後十五分ほど続けられた。


         ※


 俺がステリア共和国陸軍に入ってから世話を焼いてくれたのが、ダグラム・ドーリ大尉だった。単純に俺の身体能力を買ってくれたのか、それとも両親を亡くしているということに関して思うところがあったのか。


 それは分からないが、このまま無駄な破壊行為を続行させる大尉の在り方に、俺は疑念を覚えていた。


 どうしたものか。頭を捻っている時、ちょうど何かが動いた。人間のようだ。

 その人間、テロリストの生き残りは、左腕を失っている。にも拘らず、右腕だけで拳銃を握り、俺に向かって発砲し始めた。


 正直、信じられなかった。あんな大怪我をしているのだったら、殺さずに捕虜として保護することだってできる。

 だが、その人間は銃撃をやめない。この機体に拳銃弾など通用するはずがない。そんなこと、とうに分かっているだろうに。


 やがて弾が切れたのか、彼は拳銃を放り捨て、ナイフを取り出してこちらに駆け寄ってきた。


「なっ!?」


 自分の身長より十倍は背の高いAMM。それに白兵戦を挑もうというのか。

 俺は愕然として、トリガーから腕を外してしまった。


 まさにその時だった。バルルルルッ、と音がして、土埃が立ち昇る。

 跡に残されたのは、赤と紫色からなる肉塊だった。


《おいリック、何をしてるんだ! 我々の任務は敵性勢力の殲滅だぞ! 負傷者とはいえ、今殺しておかなければ、いつか自分や仲間に対して災厄となって帰ってくる! 今まで散々教えてきただろう!》

「し、しかし隊長!」


 しばし沈黙する大尉。長い溜息が、通信機の向こうから聞こえてきた。


《リック、落ち着いて聞け。これはただの戦闘じゃない。我々AMM一個小隊による、反政府軍の殲滅作戦だ。いいか、殲滅なんだぞ。敵を残らず殺す。それが今回の作戦目標である以上、容赦は不要だ》

「それは……」

《お前はこの前、十八になったばかりだったな。俺にだって、お前と同じ年頃だったことはある。だが、実際の戦闘行為というものは、お前たちが憧れるようなものじゃない。そこには、英雄も悪役も偽善者も聖職者もいない。あるのは血と泥と肉片だけだ》

「でも!」

《文句は後でいくらでも聞いてやる。だが今は任務中だ。無事に輸送機で戦闘空域を離脱するまで、気を抜くな》


 隊長の言葉には、返答のしようがなかった。ぐうの音も出ない、とはこのことか。

 俺だってまだ死にたくはないからな。


《隊長! 大尉殿!》

《二号機、どうした?》

《半径五百メートル以内に、我々以外の動体反応は感知されません! どうされますか?》

《ふむ。もう少し前進するぞ。衛星写真には、敵の支部と思われる構造物の画像もあった。総員、残弾確認。弾倉交換の際に取り落とさないように注意――》


 と、隊長が言いかけた時のこと。凄まじい振動が俺たちを機体ごと揺さぶった。


《各員、状況知らせ!》

「地震です!」

《地震だと? 本当か、リック?》

「はい! 地面が割れて――って、うわあっ!」


 俺は危うく胃袋がひっくり返るかと思った。

 しかし、まさか。


 この近辺には、今は使われなくなった大きなガスのパイプラインがあったはず。

 そこに滞留していた可燃性ガスが引火、爆発したのか? 

 その考えに至った頃には、俺の足元から火の手が噴き上がるところだった。


「くっ!」


 単純に火の中を突っ切ることはできるだろう。そのために開発された特殊金属で、AMMの外装は建造されている。

 だが本当に恐ろしいのは、これで赤外線センサーが使えなくなったということ。ディスプレイは高温で真っ白になり、とても目の代わりをしてくれそうにない。


 では光学センサーはどうか。こちらも役には立たなかった。夜明けにはまだ早い。だから光を取り入れることができないのだ。


 こちらの目を奪った敵の意図。それはきっと、俺たちに持久戦を仕掛けることだ。

 目標をロックオンできなければ、どんな立派な機関砲もただの棒切れにしかならない。そもそもAMMという兵器自体、長時間運用を想定していない。

 だからこそ、まずはこの油田を潰すという簡単な任務に当てられたのだ。


 そのはずだったのだが。

 これでは全滅だ。むしろ、即死させられないでいる方が恐怖だった。

 俺は半ばパニックになりながらも、どうにか後退できないかと周囲のレーダースキャンを試みる。


 その時。


「んっ!?」


 光学センサーが、僅かながらに機能した。ちょうど上空の雲が晴れて、月明りが差し込んできたらしい。そこにいたのは――。


「人間、なのか?」


 荒地を駆けてくる人影がある。何者かと思って見ていると、地下のパイプから吹き出した炎を恐れもせず、右翼に展開していた二号機に急接近。

 その僅か一、二秒後に、二号機から通信が入った。


《うっ!? こちら二号機、脚部損傷! 原因は……えっと、不明!》

《何だと? 詳細を教えろ》

《はッ、脚部の動力パイプが機能しなくなりました! 退避できません!》

《了解だ、二号機。直ちに機体を横たえろ。俺と三、四号機で運び出して――むっ!》


 俺は横のディスプレイに目を遣った。隊長の乗った一号機が、がくん、と膝をついて土煙を立てる。


《三、四号機! お前たちだけでも離脱を!》

「そんな、隊長!」


 自分の声が掠れているが、そんなことに構ってはいられない。


「皆、機体を捨てて脱出してください!」

《リック、お前は!?》

「時間を稼ぎます!」


 味方機を傷つけないよう、俺は頭部のバルカン砲を短めに連射した。

 しかし謎の人影は、構わずに俺に猛進してきた。


「くそっ、テロリスト共! ……?」


 俺は疑問形で言葉を切った。何故なら、その人影は俺とそう年の変わらない少女のものだったからだ。

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