戦火を駆けるブルー・ムーン

岩井喬

第1話【第一章】

【第一章】


 真っ暗な部屋のシートで、俺はそっと自分の胸に手を当てた。


 初陣がまさかこんな形で訪れるとは、思ってもみなかった。数年前の俺なら、自動小銃を手に、泥に塗れて密林を駆けていくことを予想していたはず。


 だが、現実は全く違っていた。前傾姿勢を取るような形で、俺の身体はシートベルトで固定されている。この兵器の運用上、姿勢が崩れるのは仕方のないことだ。


 とにかく何かを考える。でなければ過呼吸に陥ってしまいそうだ。そのくらい、俺は緊張していた。


 初の実戦。初の殺傷行為。そして初のパイロットとしての任務。

 俺は大きく短い息を繰り返し、緊張感から湧いてくる吐き気を押し殺していた。


 その時、何の前触れもなく右上のランプが灯った。緑色。無線通信が入ったらしい。


《こちら一号機、小隊長のダグラム大尉だ。各員、機体に異常はないか?》

《二号機、異常ありません》

《三号機、異常なし》

《了解。四号機、どうした?》

「……」

《四号機、リック・アダムス准尉! 大丈夫か?》

「えっ? あ、はは、はいっ!」


 俺は咄嗟に返答した。


《いいか、リック准尉。これは俺たち全員にとっての初陣なんだ。こんな兵器が実戦に投入されたという記録は、古今東西どこにもない》

「は、はッ」

《だからこそ、今回の目標のテロリスト集団、通称『ブルー・ムーン』を壊滅させるのに切り札として用意された》

「はい」

《とりわけ、お前ほど優秀な兵士にこそ割り当てられた作戦だ。最前線に立てとは言わんが、後方で逃げてばかりいられても困る。だから――》

《あんまり気負うなよ、リック! そう言いたかったんでしょう、大尉殿?》


 二号機のパイロットが大尉の言葉を先取りする。おどけた様子だ。

 だが、そこに悪意は感じられない。緊張感を解き、俺にベストな状態で戦ってほしいという意図があってのことだろう。


《無駄口を叩くな! もうじき敵の地対空ミサイルの射程に――》


 と言いかけて、再び大尉の言葉は遮られた。俺たちを乗せている輸送機のパイロットからの無線だ。


《こちらハンガー、第一陣降下予定座標到達まで、残り百二十秒》

《まだ二分もあるのかよ! 早くテロリスト共をぐちゃぐちゃの肉塊にしてやりてえ!》


 三号機からの品のない、しかし現実的な言葉に、俺はごくりと唾を飲んだ。


《とにかく今は任務に集中しろ! 我々は祖国・ステリア共和国によって選抜された、一騎当千の猛者たちだ。作戦通り、スムーズに片をつけろ。それさえできれば、どれだけ暴れても構わん!》

「は、はは……」


 これには乾いた笑いを漏らすしかない。


 輸送機のパイロットが告げた、百二十秒というカウントダウン。それはすぐさま六十秒になり、三十秒になり、あっという間に十秒になった。


《二号機及び三号機、着地の際は警戒を怠るなよ。俺とリックもすぐに第二陣として降下する。援護を頼むぞ》

《了解!》

《了解》


 すると、無線の受信ランプの隣に赤いランプが灯った。輸送機の後部ハッチが展開されたのだろう。

 同時に、シート回りのランプが一斉に光を帯びた。頭上の白い照明も点灯し、グゥン、という駆動音と共に、機体が起動したことを知らせる。


《二号機、出ます!》

《三号機、状況開始》

《了解。敵性勢力は、実力をもって排除しろ。以上だ!》


 第一陣、降下開始。

 それに伴い、俺も機体の起動シークエンスを手早く済ませる。


 油圧系統、通信状態、電子機器系統、問題なし。

 戦闘用OS、起動済み。各所スラスター、異常なし。

 搭載火器、いずれも装弾完了。セーフティ解除待ち。


 そこまで確認作業を済ませたところで、ちょうど輸送機のパイロットから通信が入った。


《第二陣、降下開始》

《了解。一号機及び四号機、降下開始! 訓練通りだ、リック。無茶はするなよ》

「りょ、了解!」


 そう言い終える頃には、俺と大尉の機体は宙に放り出されていた。

 一気に視界が広がる。メインディスプレイに映るのは、点々とした星々の輝き。


 これが自分が見る最後の夜空になるかもしれないな。

 って、これでは駄目だ。端から気合いで負けている。俺にできるのは、機体を信じて最善を尽くすことだけだ。

 大尉の言う通り、無茶さえしなければいい。


 高度三〇〇〇メートルから、俺たちは降下した。機体のオートバランサーが起動し、うつ伏せに横たわった姿勢から着陸態勢へと移行。同時に、凄まじい重力が俺の身体を引っ張り上げた。


「ぐっ!」

《大丈夫か、リック?》


 大尉の言葉も苦しげに聞こえる。

 俺は、大丈夫です、と叫ぶように言って、メインディスプレイ横の高度計に目を遣った。現在高度は、ちょうど一〇〇〇メートルを切ったところ。


「パラシュート、展開します!」

《よし!》


 パチリ、と座席右側のボタンを押し込む。すると、ばさっ、という音と共に再び重力に囚われた。


「おっと……」

《四号機、異常はないか?》

「は、はい! 大丈夫です!」

《今のうちにディスプレイを光学から赤外線にしておけ。この暗さでは敵の動きを掴めんぞ》

「了解!」


 俺は眼前のメインディスプレイをボタン操作。すると、真っ暗だった視界が緑色に切り替わった。地上の敵兵士や建造物の輪郭がはっきりと浮かび上がる。


 ここは元々、ステリア共和国内にある油田であり、極めて重要な領地だった。

 当然、ブルー・ムーンの連中もそれを見越して占拠したのだろう。


 そう上手くやらせて堪るか。

 俺は出撃時から手にしていた百二十ミリ機関砲を自機に握らせた。発砲するにはまだ早い。だが、それは敵とて同じことだ。


 やがて、やや前方に反応があった。味方だ。先に降下した二、三号機だろう。

 彼らは機関砲の代わりに、大きな盾を装備している。何の遮蔽物もない場所に降下するのは愚の骨頂だ。だから第一陣として彼らが下り立ち、盾を翳して第二陣のために降下地点を確保する。それが、軍部が決定した運用計画だ。


《リック、パラシュートを切り離せ。でないとコケるぞ》

「はいっ!」


 再度パラシュート展開のボタンを押し込む。すると、またもや揺さぶるような衝撃がコクピットを襲った。

 しかし、今度はそれが長引くことはなかった。パラシュートを無事に切除し、足の裏から着地。膝の衝撃吸収ユニットを上手く活用できた。


《こちらハンガー、全機の降着を確認。これより通信支援と空対地援護体勢に入る》

《隊長機了解。きちんと回収してから帰ってくれよ》

《もちろんです、大尉殿》

《行くぞ、リック!》

「……はいっ!」


 返事が遅れたのにはわけがある。テロリスト共から見て、俺たちがどれほど恐ろしいかを想像していたのだ。


 俺たちが今駆っている機体。それはAMMと呼ばれる大型の人型機動兵器である。

 体高・十八メートル、重量・四五〇トン。

 二本の足で歩行し、これまた二本の腕で臨機応変に火器を使用する。背部には大型スラスターを装備し、短時間の飛行や跳躍が可能。

 頭部には、機動力をフル活用するための電子機器が詰め込まれ、索敵能力も高い。

 プロレスラーのような外観で、色はグレーを基調としている。目にあたるバイザーだけが、紫色の光を帯びていた。


 俺は素早く二号機の陰に入り、機関砲のセーフティを解除。一号機と共に、索敵データを基にして荒野を駆け出した。

 幸い、機体は暗めの色をしている。目視で確認するのは難しいだろう。


 先に引き金を引いたのは一号機だった。

 ダンダンダンダン、と重い銃撃音が連続し、排気口から白い煙が上がる。銃声に続いて響く鈍い音は、大きな空薬莢が荒野に落ちていく音だ。


 しかし、今の掃射だけでやられるほど、敵は貧弱ではない。

 

「隊長!」

《ああ。あのトラックだな。対戦車ロケット砲を搭載している。総員散開! ただし、第一陣は第二陣の援護を怠るな!》


 一瞬、ディスプレイの中央部が明るくなった。ロケット砲が発射されたのだ。

 俺は二号機と盾の背後に滑り込み、爆風をやり過ごす。


 よし、今度は俺が撃つ番だ。

 隊長を真似てセーフティを解除。ロケット砲を撃ち切って、丸裸になったトラックに狙いを定める。


 機関砲の反動は、シミュレーションより大きかった。だが、このくらいの揺れなら耐えられる。


 それから油田に到達するまで、数台のトラックからロケット砲を撃ち込まれた。

 が、第一陣は肘や膝の装甲板を、第二陣は持ち前の盾を使ってこれらを無効化。機関砲と頭部のバルカン砲で、次々に敵車両を殲滅していった。


《ここは敵の占有地域だ。足元の地雷に注意しろ》

《油田はどうします、大尉?》

《破壊する。残しておいたら、またテロリスト共が奪還に来るかもしれん》

《了解です》


 なるほど、隊長が暴れていいと言ったのはそういうことか。

 俺は一度、機関砲をマウントし、前傾姿勢を取った。

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