第2話 向かうは疑惑と確信のもとに
ある日の練習後、顧問の先生がクラブのメンバーを全員集めた。
「これから次の試合のスタメンを発表する」
皆が息を飲んでいるのが、私には分かった。
それは自分がスタメンに選ばれるかもしれないという期待と不安の類いではなかったと思う。
クラブのメンバーがチラチラと姉と私を盗み見ている。
これまでは、現スタメンはほとんど固定されており、その中には姉も入っていた。
私の中にも予感はあった。
先生が5人の名前を挙げる。
そこに姉の名前はなく、代わりに私の名前があった。
発表が終わって、先生が何かを喋っているようであったが、私の耳にはその内容が入ってこなかった。
私の頭の中は、姉に対して申し訳ないという思いでいっぱいであった。
クラブメンバーは、ザワザワとどこか落ち着かない様子であった。
私は姉を盗み見た。
姉は一見、平気そうに見えた。
その日以降、姉は以前にも増して、練習を増やすようになった。
代わりに、私と姉の会話は減った。
回数という意味だけではない。
私が声をかけると、姉は気軽に返してくれるが、私には何故か姉と心理的に距離を感じるようになってしまった。
「バスケット辞めようかな」
私は一人になるとそう呟くことも多くなったが、結局、辞める決断もつかないままバスケットを続けていた。
自分が思っていた以上に性に合っていたのだろう。
私と姉の差はさらに開いていったように思えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「三年生の子が放課後の教室でイケニエさんを見たんだって」
「あぁ、イケニエさんって望みを一つ叶えてくれるかわりに、大切なものを一つだけ差し出させる神様でしょ。久しぶりに聞いたな」
ある日の休み時間、同じクラスの子が私にそう話しかけてきた。
イケニエさんの話は、クラブメンバーから教えてもらったあの日以降、耳にすることはなくなっていた。
「ねぇ、次の休み時間にその三年生の子のクラスに行ってみようよ」
「私はあまり興味ないかな」
「良いじゃん良いじゃん、そんな事言わないでさ」
好奇心を抑えきれないクラスメートに押し切られる形となって、私は次の休み時間にその子と一緒に、その三年生の子の元へ向かった。
「僕は見てないですよ。人違いだと思います。何で僕がイケニエさんを見たことになっているのか、僕自身分からないんです」
その三年生の子は不思議そうに答えた。
結局、噂の真偽はもとより、出所さえはっきりしないという結果になった。
それが始まりであった。
「イケニエさんが音楽室にいたのを○○さんが見たんだって」
「イケニエさんは白いワンピースを来ていると○○さんが言ってたよ」
「イケニエさんに○○さんは後ろから声をかけられたんだって」
イケニエさんに関する噂が校内で飛び交うようになった。
しかし、関わったとされる名前の上がった子は皆、「どうして自分の名前が出てくるようになったのか分からない」と答えるばかりであった。
そんな中、姉は次第にクラブを休むようになっていった。
母は心配したが、姉は何でもないと答え、笑って追及をかわしていた。
姉がクラブにほとんど顔を出さなくなった頃、イケニエさんの噂に変化が見られた。
「イケニエさんは姉妹に興味があるんだって」
「イケニエさんは体育館でよく妹を見つめているらしいよ」
「イケニエさんはボール遊びが、好きで嫌い」
イケニエさんの噂の内容が、何故か私と姉を思わせるようなものに近づいていっているような気がした。
勿論、噂の出所は不明のままであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ちょっと走ってくるね」
「もう夜の9時過ぎよ。いくらなんでもやり過ぎよ」
自室にいた私の耳に、姉と母のやりとりが耳に入ってきた。
母は困惑しているようであった。
姉は、学校での練習には再び出るようにはなったものの、休む暇もなく自主練に熱を入れるようになっていた。
周りの目から見ても明らかなオーバーワーク。
いや、物理的な練習量が問題なのではない。
まるで、何かに憑りつかれたかのような、鬼気迫るその取り組み方が問題なのだ。
しかし、私に姉を止める権利などは持ち得なかった。
姉を追い込んでしまった原因は、私であることにきっと間違いはないからだ。
言い争いがしばらく続いた後、玄関のドアが開かれ、誰かが外に飛び出して行く様子があった。
私は自室から出て、母の元へ向かった。
「お姉ちゃん今日も行っちゃったんだ」
「たががバスケットじゃない…親の心配を振りきってまで練習しないといけないものなの?それとも親は子供をどんな時でも信じて待ってあげるべきなの?私には分からないわ…」
玄関のそばでうなだれている母の姿があった。
その言葉は私に言ったのではなく、自問のようなものだと私には思えた。
「私、お姉ちゃんを呼び戻してくるよ。今ならきっと追いつけるだろうし」
そして姉と話し合おう。
私にはこれが良い流れだとは思えない。
こんな出来事事態は思春期によくあるライフイベントだと言えるのかも知れないが、私にはどうにも嫌な色使いで描かれた絵画を連想させてしまう。
「お姉ちゃん、どっちの方向に行った?」
私の言葉に母は無言で首を横に振った。
とりあえず、まずは外に出るべきだと判断した私であったが、
「そう言えば、お姉ちゃん今日は一人じゃなかったみたい。池西さん?って方に話しかけていたみたいだから」
私はそれを聞いて、嫌な汗は流れたが、自分でも驚くほど冷静であった。
きっと心のどこかでそういうことがあるかも知れないと覚悟はしていたのだろう。
イケニエさんはきっと私達の前に現れるのだ、と。
「お母さん、とりあえず私は学校に行ってみるよ。池西さんって子も学校の近くに住んでいるはずだから」
そう言って、私は街灯だけが照らす暗闇の中へと飛び出して行った。
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