イケニエさん

こののべ かたな

第1話 勧誘は善意と共に

 バスケットを始めたのは小学三年生の頃だったと思う。

 二つ上の姉がバスケットをしており、そんな姉から勧められたのがキッカケであった。


「めんどくさいよ」


 自宅のソファーの上で、雑誌をペラペラ捲りながら私は答えた。

 スポーツに特別強い興味のなかった私であるが、身長だけは同年代のなかでも高かったことが誘われた理由の一つでもあっただろう。


「あんた背も高いんだし、スポーツはやっておいた方が良いよ。きっとスタイルも良くなって、男子にもモテるよ」

「男子とかどうでもいいし」


  茶化すように言ってくる姉であったが、実際、まだ小学三年生であった私にはスタイルの良さや異性からのモテ具合などに強い関心はなかった。

 しかし、授業が終わるとすぐに帰宅し、ほとんどの時間を一人で絵を描いて過ごしていた日常を振り返ると、姉の提案は一人で寂しく過ごす妹の身を案じてのものかもしれないとも思えた。

 そう思うと、すぐに断ってしまうのも悪いと思えた。


「自慢じゃないけど、私、運動神経に自信はないよ」

「知ってる。だからこそ試してみるのも良いんじゃない」


 姉は私からゆっくりと雑誌を取り上げると、「ね?」と私に言い聞かせるように笑いかけた。


「まぁ、そこまで言うなら」


 私の言葉に、姉は嬉しそうに頷いた。



◆◇◆◇◆◇

 

 小学校のバスケットボールクラブに入ると、私の生活にも必然的に変化が現れる。

 学校でも一人で過ごすことの多い私だったが、同じクラブの子達と交流を持つことが自然と増えた。

また、帰宅するとすぐに、スケッチブックに向かい、絵を描いていた時間はクラブでの練習時間へと置き換わるようになっていった。

 その変化を腐女子である母も好ましく思っているようであった。

 当初はバスケットなんて、あまり興味のなかった私であるが、自分が思っていた以上に性に合っていたのだろう。


 練習を苦に感じることはなく、むしろ、家の中でも時間さえあれば、姉が買ってもらったボールでハンドリングをしたり、プロの試合を動画で研究したりと、生活はバスケット一色へと変化していった。

 バスケットを始めて一年が経った頃、私は補欠ながら上級生の試合にも出させてもらえるようになっていた。

 コートでシュート練習をしていると、


「あんたがここまでバスケットにハマるなんてね」

「自分でもビックリだよ。でも、ありがとうね、お姉ちゃん」


 半ば呆れたように笑う姉に、全身に汗を滲ませながら、私は微笑んだ。

 姉は照れくさそうに、無言で私のおでこを指で小突いた。


 それから二日後のことであった。

 練習が終わり、一緒に帰宅していた同じクラブの子が切り出した。


「そう言えばさ、イケニエさんって知ってる?」

「イケニエさん?」


 私は聞き返した。

 純粋な人名でないことは、言葉の響きから何となく感じとることができた。

 初めて聞く言葉であった。

 その子の話によると、イケニエさんは学校に住んでいる神様の一人であり、もし出会うことができたならば、一つだけ望みを叶えてもらえるらしい。


「そんな話があるんだ。でも、私今まで聞いたことなかったよ」

「私も今日初めて聞いたんだ。何でも、イケニエさんが現れそうな時は、どこからともなく急に噂が始まるらしいの。イケニエさんが近づくにつれて、その噂がどんどん具体的な内容に変化していくらしいよ」

「へぇ、一つだけ望みを叶えてもらえるんなら会ってみたいなぁ」


 私がそう答えると、その子は声を潜めて言った。


「でもね、イケニエさんは望みを一つだけ叶えてくれるかわりに、一つだけ大切なものを差し出すように要求するんだって」




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