第2話
それからあれよあれよという間にまたカーテンが引かれた。
どこかへ運ばれるみたい。金属製の檻の中、どうしようもなくされるがままだ。
外からゴロゴロと滑車の回る音がする。どこへ行くのか不安で立ちあがろうとしたけど、いきなり立ちあがろうとしたせいで立ちくらみを起こして倒れてしまった。
ガコンッ!
頭を打ってしまった。
「おい、大人しくしてろ。なにも殺しはしない」
外から男の苛立った声が聞こえた。
とりあえず殺されることが分かって、今は何もできることがないと悟った。
夏の盛り。ジリジリとした熱気を感じながら運ばれることどれくらいか。
モーターの駆動音とともに空気が変わった。
カーテン越しにしかまだ外の様子がわからない。でもどこかの部屋に入ったのだろうことは感じることができた。
「もうここでいい。ご苦労だったな」
「はい。お疲れさまでした」
こちらに掛けられたものではなかった。運んでいたのは男ではなく、別の誰かだったようだ。
バタンと扉の閉まる音がする。いよいよこれからどうするか。
「さて改めてご対面だな。ステージの上では良く見えなかったしな」
再びカーテンが外された。目をぎゅっと閉じてさっきの二の舞を避けようとする。
それからゆっくりと目を開けると思っていた通りどこかの部屋の中だった。
モーターの駆動音はエアコンで、外とは違うひんやりとした空気が檻の中にも入ってくる。
「今の気持ちはどうだ? お嬢ちゃん」
「最悪よ」
「だろうな。まぁまずはそこから出してやろうか。その檻は梱包の箱みたいなものだからな」
男が鍵を取り出すと檻の鍵穴に入れてくるりと回すと、檻はその縛めを簡単に解いた。
音もなく開いた扉を見て呆気に取られてしまった。
「なんだ、出ないのか」
「あ、出る。出ます」
慌てて這い出すように檻から出る。そして腰を伸ばすように立ち上がる。ここでもさっきみたいに転ばなようにゆっくりと。
「まずはどうする? 水か? それともトイレか?」
男はその様子を気に留めるふうもなく目を細めた。
未だに男の目的がわからない。そもそもどうして私はここにいるのだろう。
それにしても長い緊張で喉は渇いているような気もする。
「水ならそこの台にペットボトルのミネラルウォーターがある。トイレならここ出てすぐ左の扉へ行けばいい」
指を指す男を初めてゆっくりと見た。
野生的な容貌でキッとキレのある目。優男という感じではない。腕や胸や足もそれなりに太く、とても高い身長はそれだけでかなり威圧感がある。
「ありがとう。両方とも嬉しいけど、まずはここはどこなの?」
「ん? そこからか。ここは俺の部屋だ」
「そう。それでなんで私はここにいるの?」
当然の疑問だったはず。でも憶測くらいはつく。そう、初めに聞いた男の「一億三千だしてやろう」という言葉。え、もしかして?
「何にも分かっていないんだな。なら教えてやる」
「お前は、俺が、買ったんだ。一億三千でな」
あ、やっぱり。
「でもでも、私は何もそうなるようなことをしてないですよ。姉と買い物で話題のショッピングモールへ出掛けていたはず。そこで二人でお茶をしていたら急に眠くなって……」
「ほう。それで気がついたら檻の中か。それはおめでたい頭だな」
段々と記憶がよみがえってくる。
姉からの誘いで買い物へ出かけたんだ。
「それじゃはっきり言ってやるよ。お前は姉に売られたんだ。そして買ったのが俺」
「そんなわけ! 私の電話はどこですか? 姉に確かめないと」
「あるわけないだろ。もうとっくに解約届が出されているだろうよ」
なぜそんなことに? 確かに最近は持ち物や着るものが高そうだなとは思っていたけど。
「まだ信じられないか? お前の姉はホストに狂って多額の借金を抱えてたんだ」
「ホスト? ホストってあのホスト?」
「ああ、そう言ってるだろ。あの世界は一晩で一千万や二千万はすぐに飛ぶ場所だ。分かったか? お嬢ちゃん」
うええええ!?
「困ります、そんなこと。帰してください。明日は内定の会社にあいさつに行かないといけなんです」
「なかなか天然だな。そんなのキャンセルに決まっているだろうが。誰が一億三千も出しておいて帰すものか」
今度こそ私はその場にくずれ落ちてしまった。
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