第13話

私はどうにかして脱走しようと必死になった。壁にかかっていたシャベルを使い、ドアノブや扉を何度も叩いた。


優里が床に置いてあった鉄パイプがあると言い、それを持ち上げもう一度ドアを叩いていくとドアノブが壊れて扉が開いた。


優里を抱き抱えて外に出ると半焼の状態まで炎は立ち上がっていた。


数メートル先に停まっていた車を見つけたので、座席のハンドルを見てみたがエンジンスターターの鍵がなかった。

近くの倉庫に入り、工事用の足場の床に使われる単管が重なる所に身を隠した。


スマートフォンで、警察に連絡を取り、優里と寄り添いながらしばらく待ち構えていた。遠くの方から人の歩く足音が聞こえてきたので、影から見てみると佐賀がこちらに近づいてきた。


「葛木さん、かくれんぼはもう止めましょう」

「優里。絶対に声を出すな。」


彼女が頷くと私は抱えて来る方向とは対照になるように移動して逃げる試みをした。

すると突然優里は怖くなり1人でドアに向かって逃げて行った。佐賀も後を追いかけていったので、落ちていた金具を彼に向かって投げた。


「佐賀!優里に触るな!」


優里はその声に驚いて足をつまずいきその場で手をついて転んだ。私が駆け寄り抱きしめると、佐賀が既に後ろに立っていた。


「あなたの運命が、ここで決まります」


そう言うと私達を約2メートル下の建設中の土台の底に突き落とした。


私は背中を強打し痛みに耐えながら優里を抱えて、彼女も助けてくれと叫んでいた。

天井を見上げていると、何かの装置が動いて、やがて長い筒から液状のセメント剤が流れ込んできた。

その飛沫しぶきがかかってきたので、優里を隅に寄せて助けを呼んだが、流れ出るセメント剤で音が吸収されていった。


私の太ももの辺りまで溜まってきて、少しずつ凝固し始めてきた。


「パパ、寒い」

「必ず誰かが助けに来るから…頑張れ…!」


「晴!晴、どこだ?!」


遠くから中嶋の声が聞こえてきた。

やがて警察や消防隊も到着して、優里を先に救助隊員に引き上げて、次に私が救助された。


救急車に乗り病院へ向かう途中、同行した警官に事情を話し、続けて佐賀の自宅にも家宅捜査が行われていると聞く事もできた。


到着した病院の治療室で汚れた身体を拭き、優里も看護士に拭いてもらっていると、美梨が中に入ってきて私達の顔を見て泣いていた。


「中嶋さん。どうして佐賀から呼ばれたんだ?」

「最初は断ったよ。でも向こうが今回の件を金でチャラにするから少しだけ取引に付き合えって。」

「無理にでも断れば良かったのに…実際に金を渡されたのか?」

「あれ、芝居だよ。時間稼ぎに使った。金なんか1ミリももらってない。悪い」


私は騙された気分になり苦笑いをして中嶋の腕を叩いた。


「美梨さんが全部言ってくれたんだ」

「佐賀さんの事?」

「海斗と会いに行った時、貴方をいつか殺しに行くって話してた。冗談だと思っていたけど、本当に実行するなんて考えられなかった」

「優里の着替えは?」

「持ってきた。優里、服着替えよ」

「中嶋さんも署に同行するの?」

「ああ。共犯まではいかないが聴取には応じる」

「パパ、またどこか行くの?」

「また、少しだけのお出かけ。中嶋のおじさんと一緒だから。ママとお家で待っていて」

「中嶋さん、悪い事したら、優里怒るよ」

「はい。パパを大事にお守りします」


その後警察署に行き事情聴取が2時間ほど行われた。

佐賀が私に殺意を抱いたのは、子ども達を返した時のあたりからのようで、佐賀の妻と別れて美梨ともやり直したいと告げて断わられた腹いせがあったとも告白していたいう。


署を出た後に中嶋と別れて自宅に帰ると、先に優里は眠っていた。


私は浴室に入り身体に今まで擦り込まれた毒を洗い流すようにシャワーを浴びた。

その後にもう少しだけ身体を温めたいと思い、台所へ行きノンカフェインのコーヒーを淹れた。


コーヒーの苦味が沁しみ入るように体内に浸透していった。

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