第12話
数週間後、民事訴訟の取り下げの手続きが済み、病院側からと佐賀夫婦から優里への児童虐待の慰謝料がそれぞれ私の銀行口座に振り込まれた。
何に使うにしてももどかしく
数日が経った頃、ちょうど車が経年劣化で廃車となったため、その日は電車を使い優里を迎えに保育園へ行った。
最寄りの駅に到着した時横断歩道を渡ると、1台の見慣れた車が目に留まりよく見ると、中嶋が車内から手を振ってきた。
「送ってく。2人とも乗って」
後部座席に乗り込み、しばらく車を走らせて自宅近く駅の線路沿いまで来た時、彼は急に方向転換をした。
「なぁ、もう近いから停めてくれ」
「まだ時間あるだろ?もう少し話をしよう」
都内から横浜へ繋がる首都高速に乗り、一般道へ降りると埠頭の近くまで辿り着いた。
「なんでこんなところに?」
「お前に頼みがあってさ。優里ちゃんの前で言うのも何だけど、俺さ…借金していて…」
今の職に就いてから思うように収入が安定せずに、最近になっていくつか信託会社に手をつけていると話し始めた。
私にも相談を持ちかけたかったが、今回の出来事が起こったため、声をかけにくかったと言っていた。
「俺もその件については乗れないな。悪い…」
「いいや。どうにかして返していくしかないか。」
「そろそろ家に帰して。優里も疲れているし」
すると中嶋のスマートフォンから着信が来て誰かと話をしていた。電話を切ると私達に会いたい人物がいるから、もう少し待ってと告げてきた。
10分後、窓ガラスを叩く音がしたので、中嶋が窓を開けるとそこには佐賀の姿があった。
私と優里と話がしたいと呼ばれたが、優里が佐賀を怖がっているので車を出すように中嶋に伝えた。しかし、彼は黙り込んでいたので何かあったのか尋ねてみた。
「佐賀さんに、金を借りたんだ。その代わり、お前たちを連れて来いと言われた。晴、済まない。車から降りてくれ」
「葛木さん。少しだけ、お付き合い願いますか?僕も貴方に聞きたいことがあるんです」
2人から促されるように私は優里と車から出ていき、ドアを閉めた直後、急発進するように中嶋がその場から去って行ってしまった。
倉庫の並ぶ一角に、ある工事現場用のプレハブに似たコンテナがあり、中に入るように告げて3人で入った。
灯りを点けパイプ椅子に座ると優里が私に佐賀の顔を見たくないと言い、しがみつくように抱きついてきた。
私の怒りはすでに沸点を超えて煮えくり返っていた。
「海斗は元気にしていますか?」
「ええ。自宅に戻ってきてからは落ち着いて僕と妻に話をしたりしています」
「手を挙げることは、していないですよね?」
「はい。彼は素直な子です。言いたいことがあればきちんと話を聞いてあげますので心配しなくても良いです」
「お話というのは、何でしょうか?」
「貴方の奥さんから聞いてはいませんか?」
「何をです?」
「海斗を連れて実家に行ったという話。あれ、嘘なんです。」
「どういう事ですか?」
「あの日僕らのところに来たんです」
「美梨が?」
先日海斗を連れて行っていた場所は実家ではなく佐賀夫婦の自宅だと言った。美梨が直接彼らに示談金を支払うからその代わりに今回の訴訟をやめてほしいと直談判していたと言う。
「それで、あいつが金を渡したんですか?」
「断りました。また調停中でしたし、違法にあたるので帰ってくれと言いました」
美梨は海斗が佐賀夫婦との血縁関係もある事から、初めから子どもを引き渡す事は間違いだと訴えた。優里に対しても虐待をしていた事実も認めた上、これ以上関わらないのがお互いのためだと主張した。
しかし、佐賀が引き下がる事をしないので、その理由を聞いてみた。
「今の妻ではなく、美梨さんと一緒になりたかった。」
「彼女を待つ事もしないで奥さんと結婚したんですか?」
「美梨さんも当時色んな男と付き合っていましたし。僕は忘れられた存在になってしまったと思った。」
「美梨が複数の人と?」
「お二人がその話をしていないのも不思議ですね。よく彼女と一緒になれたと驚きました。」
美梨は私の知らぬ間に多重交際をもいとわず自身のプライドを貫いていたらしい。だが過去の終わった事などどうでもよい。
今の幸せがあるから家族で過ごせていられることが何よりなのだ。
「優里の顔を見せてくれませんか?」
「…嫌。」
「無理もないですよ。貴方がこの子に何をしたか分かってますよね。怖がるのも当たり前だろ?なぜ無理矢理触ったりしてきたんだ?」
「あれは、教育です」
「教育?その姿勢が教育なら、この子が貴方を見れないのは何なんだ?」
佐賀は椅子から立ち上がり、優里に触れようとしたが、私は拒否した。
「どうしたの?」
「何度も言わせるな。触らないでくれ」
彼女は佐賀を見て何かを言いたそうな表情をしていたので、背中をさすりながら言葉を促してあげようとした。
「優里?」
「私は…葛木晴の、子どもです」
そう告げると少しぐずついて私の首元に顔を埋うずめた。それを聞いた佐賀は、血の気が引いたように暗い表情をして目線を落として俯いた。
「どうやら僕は、父親に向いていないのかもしれない…」
そう口重たそうに言い放つと、外に出てドアの鍵をかけた。私は開けろと言ったがもう会う事をしない方がいいなら、私達2人を消すと言ってきた。
しばらくすると、佐賀は灯油の入った赤いタンクをガレージの周りに撒いた。匂いが室内にも染み込むように流れてきた。
ドアの小窓を覗くと佐賀の姿はなく、いつしか火がつけられて煙が立ち込めてきた。
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