第11話
1ヶ月が過ぎた頃、約束していた3ヶ月間の子ども達の預かりを取りやめ、海斗は佐賀夫婦に、優里は私達夫婦の元に帰ってきた。
自宅に帰り、玄関口で靴を脱いで上がると優里はリビングまで走り出して、ソファの上で、飛び跳ねていた。
私と美梨は共に微笑んで着替えるように促した。海斗がいない事がとても寂しく感じたが、こうして3人でいる事にいつもの日常が戻ってきたようで、ひとまずは胸を撫で下ろした。
「あと2週間よ」
「何が?」
「嘘でしょ?優里の誕生日よ」
「あ…ごめん。」
「今日まで慌しかったもんね。とりあえず、次の休日にプレゼント買いに行こう」
「当日何食べたいか聞いておいて。俺作るよ」
「お願いします、シェフ」
私は混同する気持ちを整えるようにゆっくりと記憶を遡ってみた。
前回まで経営していた店にいた当時、毎年優里を招いて誕生日を祝っていた。
店自体を貸切にして夕刻になる時間帯にカウンター席で待つ彼女が待っていて、私が運んできた特製のお子様ランチを差し出すと、いつも笑顔で喜んでいた。
その表情を見つめながら彼女の事を考えている時が至福の時でもあった。
本棚に置いてある書きためたレシピノートを取り出して、これまで考案してきたメニューを見ながら優里が食べれそうなものを作ろうと考えていた。
誕生日の前日の夜、私が台所で仕込みをしている様子を優里が眺めていた。
「何か作っているの?」
「明日の夕飯、パパが作る事にした」
「本当?」
「みんなに振り舞うから期待していて」
「やったぁ!…私も手伝う?」
「大丈夫。お任せください」
「はーい」
翌日の午後、美梨と誕生日の支度をしていると、インターホンが鳴ったので出てみると、優里宛に荷物が届いていた。
差出人は佐賀夫婦からだった。
念のため中を開封すると、優里が着れそうな洋服が入っていた。そこに彼女が近寄ってきて興味を示していた。
「誰から?」
「中嶋さんだよ。覚えてる?」
「うん。中嶋のおじちゃん。」
「優里へプレゼントだって」
「後で見せて」
「分かった」
嘘を言いたくなかったが、まだ渦中の間柄という事もありその場を凌いだ。
17時が過ぎた頃、寝室で待たせていた優里を美梨が連れてきた。
リビングの壁に飾った誕生日用のネームプレートや風船を見て驚き、テーブル席の椅子に座らせて、私が作ったパエリアやハンバーグ、オニオンスープが載せてあるプレートを差し出すと目を輝かせいた。
「食べていい?」
「良いよ」
「…美味しい。タコさんもいる」
まずは一安心した。美梨と私もテーブルに並べて一緒に食事を摂り、皆が食べ終わる頃を見て、私は冷蔵庫からデザートを出して、装飾用の小さな花火を刺して、優里に出した。
「お誕生日おめでとう」
「時計見てみて」
「何?」
「優里が生まれた時間がちょうど過ぎた頃だよ。5歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう」
その後、後片付けが終わり美梨が彼女にプレゼントを渡した。中を開けると、以前から欲しがっていた幼児用のメイクセットと絵本が入っていた。彼女は終始笑顔だった。
また1年、皆で一緒にお祝いをできた事が何より安心した。
21時。優里を寝かしつけた後、装飾物を片付けて、ソファに座ってひと息ついていると、美梨がローズヒップのハーブティーを出してくれた。
「お疲れさま」
「美梨もありがとう。助かったよ」
「…早く決着をつけたいね」
「向こうがどう出てくるかが心配だ。海斗も普段通りにいれたら良いけどな」
「中嶋さんに海斗の様子を見に行ってもらえることはできそう?」
「それも良いかもしれない。今度連絡してみる」
美梨は私の肩に手を出して後ろから抱きしめてきた。
「貴方も気をつけて。」
「俺たちで優里を守ろう」
この時に感じたのは美梨が優里を授かった時の心境を聞き出したいという事だった。
特別子どもを必要としなくても夫婦二人三脚で過ごしていく事も視野に入れていた。
何故佐野が彼女を受け入れて、出産にも賛同したのか知りたいが故に想いが重なるばかりだった。
すると美梨は私の手前に立ち太ももを跨またいで座ってきた。肩に両腕をかけて見つめてきた。3人で勝ち取り元の日常に戻りたいと言うと、彼女は私の唇にキスをしてきたので、微笑むと何度か唇を交わし合った。
その時リビングのドアが開く音に美梨が気づき視線を向くと、優里が立ちすくんでいた。
「優里…」
私もすぐさま振り向き身体を離して、美梨が彼女に寄っていった。
「ごめんなさい。あのね…」
「ううん。パパとママ、嫌いじゃないよ。おやすみなさい」
そう告げて優里は1人で寝室に戻っていった。
私達は一瞬の隙を見せてしまった。
しかし、彼女は佐賀夫婦の不快な行為を見た傷を負っているはずなのに、本人なりに配慮して過去を消す努力をしているのだとその時はなんだか感慨深くなった。
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