第8話

「中嶋さんの事、知っているよな」

「ええ」

「彼から聞いたんだが…美梨、佐賀さんと知り合いだったのか?」

「ずっと言えなくてごめんなさい」

「いつから?」

「23歳の時に働いていた会社の先輩だった。」

「その時から関係を持ったのか?」

「その頃は友人としての付き合いだった。数年経ってから佐賀さんが今の奥さんと結婚をしたんだけど、向こうもなかなか子どもが出来なかったみたい」


「その頃も会ってはいたのか?」

「うん。」


「その後俺と結婚したよな?」

「ええ。7年前に佐賀さんと再会したんだけど、向こうの夫婦仲が良くなかったみたい。そしたら佐賀さんが私と付き合いたいって話してきた」

「断った?」

「その1年後に貴方が生まれつき精子が少ない体質と知って、妊娠も難しいって話があった時…佐賀さんに頼んだの」

「子供を授かりたいって?」

「言ったわ。そしたら彼、受け入れてくれたの」

「俺は…身体が無能だから、他の男から命をもらいたいと思ったのか?」

「そうじゃない。無能なんて言わないで…」

「そうでないと、優里は産めなかったよな?なぁ、言えよ。今でも佐賀さんが好きなのか?」


「…その気持ちはない。育児の事で手一杯よ。でも、とにかく貴方との子どもが欲しくてどうすればいいか散々悩んだ。妊娠が分かった時、貴方がいつもより喜んでいる姿を見て…これで良いと思った」


「罪悪感だってあったはずなのに、それでも優里を産んだ事は…正直恐ろしいよ」

「優里が帰ってきてほしいなら、もっと佐賀さんと向き合って…」

「ふざけんなよ!…じゃあ優里ができた時には、佐賀さん達は知っていたんだな?」

「…はい。知っていたわ。」

「じゃあ海斗は誰が産んだ子だ?」

「佐賀さんの奥さんよ。それは間違いない。だから、あの時病院で子ども達を入れ変えたのは…私と佐賀さんがあらかじくわだてた。」

「美梨…」

「担当してくれた看護師さんともその事実を伝えた。それで彼女に口封じの為の報酬を与えるから相談をして実行したの…」

「美梨!やめろ。もう分かった。子ども達側にはもう取り返しがつかない事だ。それにしてもあいつ…ふてくした面でのうのうと子どもを作ったことに、責任なんか持っていないな」

「私は貴方と別れることは考えられない。逃げたら母親失格になる。それだけは分かって欲しい」


「こうなると優里も海斗も一緒にいた方が良い。…そうだったなんだな。でも…必ず勝つぞ。お前も子ども達の為に全てを投げ捨てでも尽くしてやれ…!」


美梨との会話の後、私は駄目もとで佐賀に連絡をし優里を2、3日ほど預かり海斗と一緒にいさせたい事を持ちかけると、すんなりと受け入れてくれた。


複雑な境遇の中、夕日が地平に沈み始めた頃、子ども達を保育園に迎えに行くと、2人とも私達に飛びつくように寄ってきた。

無垢な笑顔を見ていると、先程の美梨との間に起こった嫌悪はいつしかとばりの中に消えていくようになっていった。


夕食に何が食べたいか尋ねてみると、真っ先に海斗がグラタンが良いと言ってきた。

買い出しが終わって帰宅してから、美梨と一緒に台所に立ち支度をした。


オーブンレンジから漂うソースとチーズの焦げる香りに子ども達が心を躍らせて待っていた。

テーブルに並べて取り分けて差し出すと、熱さに耐えて冷ましながら食べていた。

私は美梨と目線が合うとお互いに頷いて和解しようとしていた。


数時間後、寝室に子ども達を寝かしつけようとした時、2人が私の腕を掴んできた。


「僕、優里と一緒にいたい。」

「私もみんなと一緒がいい」

「2人とも中に入って。…今、弁護士の人と相談をしている。佐賀さん達にも話し合いをするから、それまでまだ我慢していてほしい。パパとママの言う事を聞いて。良いね?」

「うん。」

「おやすみなさい」


寝室から出ると、美梨は優里のアルバムを見ていた。私達が彼女の成長を見守るようにたくさんカメラで撮って溢れんばかりに写真で埋め尽くされている。

海斗の分も作ろうとアルバムを増やすことにした。


翌朝、リビングへ向かうとまだ誰も起きてはいなかった。自分の朝食を作り食べ終えて後片付けをしていると、優里が起きてきた。


「おはよう」

「おはよう」

「海斗は?」

「いない。起きてる?」


私は寝室へ行きドアを開けると確かに海斗はいなかった。隣の美梨の部屋に入ると、彼女の姿もなかった。


スマートフォンで着信を続けて鳴らしていたが、留守電に切り替わる一方だった。

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