第4話

私は店の最後の出勤の朝に、優里を先に保育園へ連れて行き、その後店に着くと他の従業員たちが厨房で準備をしていてくれた。


開店前に全員に挨拶をして、いつもと変わらず店を開けると、予約の客が入ってきた。

会計にあたっているとある客から声をかけられて、次の新しい店の場所を教えてほしいと言ってきた人もいてくれた。


18時。更衣室で着替えをして店頭や厨房にいる従業員の様子を見て、マネジメント担当の従業員に後日また来店する事を告げて帰宅した。


「お疲れさま」


美梨がそう伝えると優里も真似をして言ってきた。


「帰ってきて早々なんだけど、昼間に佐賀さんから連絡があったの。また優里を連れてきて欲しいって。」

「俺から断るようにかけるか?」

「ええ。」


しばらくしてから佐賀から電話が来た。娘を預かってもよいなら弁護士を通すようにと伝えると既に報告してあると返答してきた。

私達の承諾次第で一時的に引き取る事をしてもよいと話していたという。


「あれだけ優里に会いたがっているし、3ヶ月だけなら、大丈夫じゃないかな?」

「美梨がそれでいいなら、預けてもいい。ただ、向こうがそのまま戻さないで連れて行くような行動を取ったら、すぐに警察に連絡するからな」


今の印象としては佐賀夫婦はあまり悪い人間には見えない。私達も海斗には抵抗はないが、彼自身がこちらを向いてくれるか気がかりなのだ。


「しばらく会えなくなるけど、佐賀さん達のいう事聞けそうかい?」

「大丈夫」


優里は幼いながらも大人である私達にどこか気を遣っているようだった。本当なら甘えたい年頃だが、他人の家に居座る事に何かの興味を抱いているかのようだ。


数週間が経ち優里の荷物を抱えて佐賀のところに到着した。預かる期間を必ず守ってほしいと告げると、海斗の事をよろしく頼むと返答してきた。

帰り際に車に乗ろうとした時、玄関先に立つ優里の見送る表情に少しの不安を感じたが、手を振る彼女の仕草を見てはにかんだ。


自宅に帰り、早速海斗は自分の家とは違う狭い空間に気を伏せているようだったので、何かをしようかと問うと紙飛行機が作りたいと言ってきた。


束にまとめてあった新聞紙の中からチラシを出して、私と一緒に折って出来上がると、リビングの端に立ち、隣の居間に向かって紙飛行機を飛ばした。

彼は喜んで続けて遊びたいと言ってきた。


ある程度時間が経ち、テーブル席に座らせてジュースを差し出すと、顔を綻びながら飲んでいた。私は自身の親について彼に話を聞いてみた。


「僕らの家に来る事に反対はしなかったの?」

「お父さんが葛木さんのところに居なさいってしつこく話していた」

「僕らが君の親だと話していたの?」

「うん。良い人だらさから行きなさいって」

「海斗くん、向こうには戻りたい?」

「戻りたい。でも…」

「でも?」

「怒られる。だから言えない」


佐賀夫婦は彼に厳しく忠告したのだろうか。


その後もあまり話したがらない様子だったので、その日は極力違う話で対話をしていった。

それからして海斗は私達夫婦に懐いてくれるようになっていった。


私も知人を介して働く事になったトラットリアの店に出勤をし、初心に戻りながら、一から厨房を中心に取り掛かる事となった。


ある日、スマートフォンに何度か着信がかかってきたので、折り返しかけてみると、佐賀夫婦が外出している間に、優里から電話が来ていた。


彼女は私の家に帰りたいとぐずりながら訴えてきた。何かあったのかと尋ねたら、佐賀夫婦と意思疎通が取れてなく困っているという。


嫌悪な錯覚に陥りそうな心情に駆られ、そして私はある事を思い立った。

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