第3話
1ヶ月後、私は美梨と優里を連れて佐賀夫婦の自宅を訪れた。
国道沿いから住宅街へ入ると、辺りはひっそりとした閑静な街並みが視界に入ってきた。
到着後、いつもとは違う緊張感が走りインターホンを鳴らすと、佐賀の妻が出迎えてくれた。
中のリビングに入ると2階へと繋がる天井が吹き抜けになっていて、まるでデザイナーズハウスに近い設計の間取りになっていた。
私達家族がテーブル席の椅子に座ると、佐賀夫婦はどこか穏やかな表情をしながら優里を見ていた。
改めて挨拶をすると、優里も彼らの息子である海斗に向かって挨拶をしその場の雰囲気を和ませてくれた。
「優里ちゃんは保育園でお友達いる?」
「うん。いるよ」
「皆んなといて楽しい?」
「楽しい」
「あの…子どもたちを別の所で遊ばせてあげれませんか?」
「いいですよ。海斗、2階の部屋に行って優里ちゃんと遊んできなさい」
「はい。こっち、ついてきて」
子どもたちが部屋に入ってから、私達は先日面会した時の話をし始めた。
佐賀夫婦は早いうちに優里を引き渡せないかと告げてきたが、もし子どもが反対した場合にはどう考えているのか尋ねると、それでも引き取ると強引な考えを示してきた。
なぜそれほど急ぐのかを聞くと、翌年に仕事の都合で海外に行く事が決まっているという。
あまりにも一方的な態度を取ってきたので、私達側は少し呆れ気味になった。
すると佐賀はある提案があると言い出してきた。
「3ヶ月間子どもをお互いに預けて生活するというのはどうでしょうか?」
「私らの言い分もあります。海斗くんに直接僕らの子だと教えていいのでしょうか?」
「皆さんが来る前に海斗には貴方達の子である事を教えてあります。もちろん戸惑っている事には変わりません。ただ、本当の両親の元にいる方が僕らも安心できるんです。まずその期間だけ、それぞれ子どもを育てていきませんか?」
「お気持ちはわからなくもないですが、まだ病院側に提訴をする前ですよね。勝手に行なっては、違法になりませんか?」
正直彼らの淡々とした眼差しに前向きな姿勢をとる事に背けていたかった。静かに地の底から何者かが蠢く気配を感じていた。彼らにまだ考える時間が欲しいと伝えて自宅に帰る事にした。
その数日後、子どもたちの出生場所である病院から連絡がかかってきて、提訴を引き下げて欲しいと告げられた。その代わり慰謝料を支払うので、後日弁護士の元に来て欲しいと話してきた。
「慰謝料が1000万ずつ?」
「ええ。それぞれのご家族にお支払いをするので、引き下げに応じていただけないかと話を進めてきたのですが…」
「金で問題が解決するなら、子供はどうなる?私達家族の間柄はどうすれというんですか?」
「貴方、落ち着いて」
「葛木さんはお子さんを引き渡す事はおやめになりますか?」
「できるならそうしたい」
「私は佐賀さん側の弁護を引き受けています。なので、お二人で別の弁護士に相談して新たに引き取り手をどうするか戦う心づもりでいていただきたいんです」
「それは当初から佐賀さんの提案で?」
「はい。子どもの権利もありますが、まだ4歳ですので、親御である双方との争いと決断になります。」
私達夫婦は慰謝料には応じるが、別途佐賀夫婦との和解は難解だと告げると、また示談をして決着する方向を取る事にした方ががいいと返答された。
胸中を掻きむしされている感じがして、益々もどかしくなってきた。
その日の夜、私は優里に大事な話があると言うと、彼女は真っ直ぐな目で私を見てきた。
「この間会った佐賀さん、優里の本当のお父さんとお母さんみたいなんだ」
「どうして?」
「優里が産まれた時に、看護師さんが間違え海斗くんと引き渡したみたいなんだ。だから、これから優里は佐賀さんのお家で住む事になるんだよ」
「行きたくない。」
「僕らも行ってほしくないんだ。でも病院の人が…優里は僕らの子どもじゃないからって言ってきたんだ」
「パパとママのとこにいたいよ」
「佐賀さんが、今度向こうのお家に遊びに来ないかって言ってきてね。海斗くんも優里に会いたいって言っているんだ。どう?行く?」
「海斗くんと遊びたい」
「じゃあ向こうの人に連絡しておくね」
優里を寝かしつけた後、私はリビングの隣の居間で美梨の見ぬ間に涙を流していた。
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