第2話

ある家族との面会の日になり、私達夫婦は法律事務所へ到着し、事務員が出てくると中に入り面会室へ通された。


部屋の中には既にもうひと夫婦の姿があり、軽く会釈した。やがて弁護士が入り早速本題の話になった。


彼らは名字が佐賀と言い、夫が45歳、妻が37歳で私達の娘と同じ4歳になる息子がいると話し始め、出生の日と場所も同じ産科の病院だと言っていた。

しかし当時お互いの子どもが産まれて新生児室にいた際、看護師がベッドの場所を入れ違いしてしまったとのことらしく、子どもを引き渡す時に名前や性別をきちんと確認をせずに私達に受け渡したという。


「病院側の医師と看護師らに確認したのですが、2組のお子さんが間違えて引き渡した事については事実だとお話ししておりました。」

「じゃあ僕らの娘は佐賀さんの子どもになる。息子さんが僕らの子になる、そういう話になるんですか?」

「はい。」

「急にそのようなことを話されても…いまいち内容が読み込めないのですが、子どもらをどうされたいのですか?」

「娘さんを僕らの元に返していただきたいのです」

「妊娠がわかった時には性別も女の子だと判別できたんですよ?今更医療ミスがあったからと言って、引き渡してもいいと誰が承諾できますか?」

「そちらの息子さんを私達が引き取って育てることにしても、お子さんが納得されますか?」


佐賀があらかじめ持っていた出生届を差し出して書類に目を通してみると、そこには私の娘である女児の名前が記載されていた。

佐賀夫婦は病院側に提訴をする事を検討していて、勝訴になれば娘の優里を引き取りたいと訴えてきた。


「今回の件は双方ともすぐには納得されるものではないです。それぞれ色々な思いをされて自身の子として育ててきた事ですし。葛木さん、一旦別の場所で佐賀さんと示談をして、お子さんをどうされるかよく考えていただきたいんです」


その後も話は続いていったが、簡単には受け入れることではないので、その日は事務所から離れると夜に自宅で妻と話し合いをした。


「優里が、僕らの子じゃないって…今更になって訳がわからないな」

「医療ミスなんて言ってるけど、向こうだって妊娠中に性別がわかっていたはず。弁護士が病院に行って私達だと特定できたのも、都合の良い話よ」

「疑うのも変な話だが、佐賀さんとは面識はないよな?」

「ええ。今日初めて会った。」

「会いたくなんか、なかったな。」

「でも、佐賀さんらの話が本当なら、また話し合いをすべきよ。別の弁護士に相談して引き渡す事を取りやめる事だってできるかもしれない。そうしない?」

「俺も次の就職先のこともある。手っ取り早く済ませたいな。弁護士雇うなんて、いくらかかるか…何が起きているかわからないな」


就寝前に優里の部屋に行き、彼女の寝顔を見ていた。突然の出来事に一気に身体に疲労が出てきた。再びリビングに戻ると、美梨の姿がなかったので脱衣所へ行くと、浴室の中で啜り泣く声が聞こえてきた。

声をかけようかとドアに手をかけたが本人の為を思いやめておいた。


冷蔵庫から冷えたビール缶を出してグラスに注ぎ、やりきれない思いを流し込むように飲んでいった。


もし仮に優里を佐野夫婦の元に渡したとしても、彼女は私達の所から離れないとせがむに違いない。

まだ4歳だ。何もわかる訳がない。いくら両親から引き裂いたとしても、双方の子どもたちは譲る気持ちはないだろう。


法の下や親という大人たちの都合でこの子らの身を裏切ることは成長した後に罪悪感を持つ事だって十分ありうる。


何としても取りやめる事に話を進めなければならない。

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