東狂葬送曲
東杜寺 鍄彁
第一章 葬送行進曲
遠くでパトカーのサイレンと町の喧騒、そして時折、近くから銃声が聞こえる。これが東京の一角にある貧民地区の、同時にみすぼらしい姿をした私にとっての普通。変わることも終わることもない平常。こんな日々に抱くのは絶え間ない不安と不満、そして救いへの願望と、こんな生活から抜け出そうと努力する事を出来ない私自身への自己嫌悪だ。
でもこんな、不穏で凍るように冷たい空気と恐怖に満ちた世界に、この狭い狭い四畳半の世界からやっと今日、別れを告げられる。長い事探していた問答に決着をつけ救済を、少なくとも自分の中での救いを見つけることが出来た。
今日、私は死ぬことにした。
世間では死を積極的に選ぶ...つまり自殺と言う物に対しての印象は余りよくないらしい。逃げだとか親不孝だとか命への冒涜とか、どうやら一般的には自殺はそう扱われるそう。
でもそんなことは関係ない、私の命は私の持つ不可侵の財産で、それをどう使うのも私の勝手だから。それに、私はもうこんな世界にとどまるのも、醜い姿を晒し続けることも情けなくて、辛くて仕方なくて、早くこの世からオサラバしたい。あの世へと、地獄でも天国でもなんでもいいから、こことは全く違う場所へと行きたい。
私は、死後の世界は一応あると信じている。いや、あって欲しい、ないと困るのだ。とにかく死後の世界はある。そう願望も混ぜながら信じている。自殺者は地獄に堕ちると聞いたがある、私も恐らく行く先は地獄なのだろう。地獄に恐怖が無いかと言われたら嘘になる。当たり前の事だろう、誰も好き好んで地獄を選ぶ訳がない。でもこの世よりは遥かにマシだ。
転属希望、地獄————。
では、私はここでこの駄文を、人生で、最初で最後の文学作品を締めくくって一足早く、美しい世界を後にします。皆さまサヨウナラ、そしてまた何処かで————。
私は、薄汚いプラスチック製のテーブルの中央に、先ほどまで原稿用紙に綴っていた、文学を、インクが乾いたか入念に確かめてから、遺書と書いた茶封筒に入れて置いた。最期の準備を始めた。
良さげな紙袋から一着の服を取り出し、リスカ痕だらけの腕に通した。黒いワンピースに白いフリルが付いた、なんとも可愛らしい服。こんな服、貧民地区では滅多に見る事は無いし、私も触れた事すらない。何故そんな物が私の、この切り傷だらけの私の体を纏っているのか?何故、その日の食にすらありつけるかどうかも分からない経済状態の私のもとにあるのか?
体を売ったからだ。これが答えだ。
今まで売春だけはしてこなかった。盗みや殺しはしてきてもそれだけはしなかった。こんなゴミ溜めで、蛆だらけの食べ残しにありつき、汚い野良犬のように生きる私に僅かに残った小さな自尊心が、身売りだけは拒否してきた。
しかし、私は結局、体を売って金を稼いだ。
死ぬことを意識しだした頃、明確な時期は記憶していないが、とにかく旅立ちを考え、自分の意思が固まり始めた頃。
私は「死ぬ前に1度くらい、日の当たる場所へ行きたい」と思い、何とかあまり汚れていない、擦り切れていない服を引きずりだして少しばかりの間、準備をした。
準備を終えたある日、私は普段は絶対に行くことのない「東京市民地区」へと向かった。本当はこの日に死ぬ予定であった。命日になるはずの日だった。
しかしそんな日が何日であるかと言う事も私は明確に覚えていない。
と言うのもそのころ、私はDMTにDXM、オピオイドやコデインのような古い市販薬から、数年ほど前から貧民地区で出回っている鎮痛剤を過剰摂取、所謂ODをして意識を飛ばしていて、記憶が断片的にしか残っていないのだ。
兎に角、私は不明瞭な意識と思考、死ぬ前の清々しい気持ちで市民地区へと向かった。
貧民地区では見ない景色、見ない物がそこにはあった。監視用ではなく、広告として使われるドローン、ネットでしか見たことのない洒落た服を着た人々、そして注射器も薬莢も落ちてない、路面に血痕が無い清浄な街並み。どれもこれも物珍しくて、信じられない光景だった。子供が、それも本当に小さな子供が親の目なしで、一人で出歩いている所を見た時には私は異国、いや異世界にでも来たのではないかと思った。実際、私にとって東京市民地区は、異世界と言っても差し支えない程の都市だった。
衝撃や戸惑い、こんな綺麗な街に私の様な卑しい存在がいてもいいのだろうか?と言う疑問と罪悪感が私の脳髄を蝕み、脚を貧民地区へと向けようとしたが、冥途の土産にこの景色を見ておきたいという感情が勝り、ゆっくりとそれもおどおどとした動きではあったが、街中を歩き始めた。
今ではただの産業遺産と化した「東京タワー」や「東京スカイツリー」に「首都直下地震」で死んだ人間を追悼する慰霊碑など、色々な場所を廻った。
土地勘もなければ下調べをしたわけでもない。行き当たりばったりな徘徊だった。
そんな事をしていたうちに、辺りは暗くなりはじめ、斜陽の光も消えかけていた。私はもう見る場所はないだろうと思い、足をあの四畳半へと、これから銃殺刑を行う執行室へと向け家路についていた。
その時だった、あるショーウィンドウに飾られた一着の服に目を奪われた。フリルが付いた、真っ黒な高潔さを感じるワンピース...私が今まで見て来たなかで最も品があり、可愛らしく、同時にどことなく感じる闇のような物が散りばめられた服。
あれだけ散々衝撃を受けさせられた、市民地区の人間が着ていた服がただの布切れに、私が着ている服がぼろきれに見えてしまうほど、目の前の服は魅力的に感じた。
白色LEDの街灯と店の暖色の照明の光が、服を照らし私に影を落としても眺め続けた。
街灯は節電の影響で消え、店の照明も消えた。死ぬ前に良い物が見られた。世界にはこんな素晴らしい物もあるのだと思い、まだ、いや、一生この服を見続けていたいという気持ちを抑え、身をひるがえし帰ろうとした。
その刹那、ある考えが私の頭をよぎり服の下に置かれた値札を見た。私はここに来て、まだほんの少し、本当に短い間だけここに留まろうと思った。
私はこの服を死装束にしてあの世へ、地獄に着て行こうと、それに加えてこの服を、このすべてを黒く染めてしまいそうな死装束を着て死ぬことで、この世の不条理に多少でも「私もこの世界で生きていた」という意思とほんの僅かな、小さな宣戦布告を表したく思ったのだ。
ふと頭に、このショーウィンドウを粉々にして、服を盗むことが浮かんだが、私はこの世界に、この世界に住む潔白な人々に私の、この薄汚れた私の奥底に残った僅かな純潔を見せるために、正面から宣戦布告を送ることにした。
値札を見た私は、失意に襲われた。『商品価格 五千元(当店では日本円とドルの取り扱いはお断りしています)』
日本円もドルも今ではほぼ紙切れ同然なのだ。価値は急落し、安定した通貨としての役割をせず、貧民地区の細々としたやりとりでしか使われていない。
昔は一元に対して、円の価値は大体二十円ほどだったが今では、200円ほどだ。
つまり、この服は日本円で10万円ほどと言う事になる。こんな値段、私に払えるわけがない。十万円なんて私が半年で稼げるかどうかの額だ。
更にもし仮に稼げたとしても、私に手渡される金は全て日本円だ。元でしか支払えないのだから、この服を買う事は出来ない。
冷たい血が体中を廻る。心臓が時代遅れのディーゼルエンジンのように小刻みに唸り、絶対零度の血液を、遅効性の毒を、脳天からつま先まで満遍なく回す。
心臓が動き、毒が体のあちこちに行き渡る度に、哀しみとも怒りとも言えない、なんとも言えない感情が前頭葉を殴った。
脳は箱に詰まったコンピュータが、ファンとHDDの音をケタタマシクたてるかのように、現状に対して演算を繰り返した。そして何度も「不可能」「予定通りに行動しろ」と言う結果を吐き出し続けた。
私は、都市の光にも大気の汚れにも遮られず、煌々と光る夜空を見上げ、演算結果に間違いが無いか、見落とした可能性は無いかと最終確認を————。
いや、悪足搔きを始めた。
演算はあらゆる間違いの可能性を虱潰しに否定していき、逆に不可能を確固なものとして行った。
「不可能は地動説、不可能は地球球体説、不可能は2+2=4、不可能は万有引力」覆しようがない。この「不可能は月面のモノリスの僅かなずれもない1対4対9だ。三つの恒星を有する惑星から放たれた、絶対的ななめらかさを持った水滴だ」
最終確認の結果はほぼ確定した。予定通り、銃殺刑を自らに処そうと決めかけていた。
その刹那、ある「まだ考慮されていない可能性」が浮かび上がった。
そう、それが「体を売ること」だった。
売春はいつも私がやっている、盗みや殺し、違法薬物の密造、3Dプリンター銃の製造、製品の偽装と言った、深淵に住む円やドルしか持てない人間を相手にするのとは違い、市民相手にできる商売だ。市民も所詮は人間だ。性欲はあるし逆らえない。そして、貧民地区でもそうであるように、市民の中でも欲を吐き出す相手がいない者が存在する。
昔であればそういう人間は風俗と呼ばれる場所や、インターネットの至る所で「買ってください」と札を下げた女に幾らかの金を差し出し、ひと時の情事を楽しんだようだが、現在ではそのようなことは、人権思想や倫理に基づき違法とされている。市民地区から風俗店は消え、インターネット上の不健全な誘いはすべて、関係当局からの指示を受けた運営会社によって発見次第消されていく。性の売り買いは姿を消した。
しかし、これらはあくまで政府や社会から名実ともに人権を認められた人間同士のやり取りに限る話である。
つまるところ、貧民地区にいる人間は自由に買って、自由にドロドロとした溜まった欲を吐き出す痰壷にすることができるのだ。人権なんて存在しない。
法は建前上、この国に住む全ての人間に適用されることになっている。しかし実際には、貧民地区はほぼ法が通用しない。
人が死ねば一応警察が来る。しかしそれはあくまで死因を調べるため、公衆衛生のためだ。
仮に死因が殺人だったとしても警察は大して捜査などはしない。死体の回収だけしたらそそくさと市民地区へと帰って行き、二度と同じ件で貧民地区に足を踏み入れない。
貧民地区はこのように警察が常に治安を保っている市民地区とは異なり放置されている。
この治外法権と化した状態で、元を得たい女と性のはけ口が欲しい男が結びつき、市場が出来上がったのだ。
私は一度躊躇った、冷酷なまでに正直な演算の結果に後ずさりしそうになった。しかし私は、結局は体を売ることを決断した。蔑み遠ざけてきた商売に手を出すことにしたのだ。
私はもうただの一人ではなかった。ただの一個人の、自殺志願者ではなかった。私は思想犯になっていたのだ。
商売は至極簡単だった。わざわざ貧民地区に来ている身なりが良い男に声をかけ、廃墟か、自室に連れ込めば良い。そこであとは————。
あとは言いなりになるだけだ。
初めての感覚は酷いものだった。何回こなしても一部の例外を除き全ての行為が酷いことに変わりはないのだが、初めては特段酷かった。
処女膜を破られる痛み、何回も無理矢理突かれる感覚、そして清純が自らの身から消えていく感覚。すべてが最悪だった。
だが、数をこなしていくうちにその酷さも度合いは変わってきた。後半になると、口の中に粘り気のある、白濁液を出されても、髪の毛にかけられても、それが初めてほど酷く感じることはなかった。
おそらく虚ろな目で、手を動かし、口で咥え、出され、そして全てを受け入れていたことだろう。
金自体はあっという間に集まった。あり得ないと言われる程早く。
というのも、同業者は皆、長く商売を続けるために避妊具を付けるらしいのだが、私は全ての仕事でそれを付けなかった。10ヵ月経つ前に死ぬことが決まっているのだから付ける必要性を感じなかったのだ。
そして私には理解できないのだが、どうやら男は避妊具を付けずにすることを特別視しているらしい。私が特に多く払えとも言っていないのに、多くの相手は私が求めていた額より多い金を渡してきた。
こんな誤算の結果、私は目標よりほんの少し多い程度の金を集めることが出来た。あの、死装束にふさわしい黒い服を買える、釣銭が返ってくるだけの金を。
あの黒い死に装束を店で買ったとき、私は刻とそのときの事を覚えている。輝くショーウィンドウから下ろされるところを。上等な紙袋が用意されるところ。私の手元に渡されるところを。そのすべての動作が、光景がとても高貴で贅沢で、同時にどこか、プロテスタントの、ピューリタンの清貧のような物とでも言うのだろうか、とにかくそれをどことなく匂わせる清らかさを感じた。
私は店員から恐る恐る、震える手で服を受け取った。初めて拳銃を握った時のように震えていた。果たしてこんな上等な服を私ごときが死装束にしてしまって、穢してもいいのか、そして私は本当にこの服に見合うだけの仕事を、いや、人生を送れたのか?という疑念と、言葉に表しづらい罪悪感が、感情が、私の体に震えとして現れていた。
店員が怪訝な顔で、私の顔を覗き込みながらなにか言っていたが、覚えていない。一言「ありがとうございます」と小さな声で礼を言って、そそくさと店の外へと出て行った。
舗道へ出て、人混みを掻き分ける。薄汚い部屋へと急ぐ。紙袋を乱雑に振りながら、中に望んだ品が、罪の具現がそこにあることを忘れたかのように。
あちこちに袋をぶつけながら走った。市街を抜け、オフィス街を通り、廃墟と化したビル群で一息つき、また走る。2020年代の化石を、廃れた町を抜け、荒野を超え、やっとあのバラック小屋と、違法に増築された、電線が蜘蛛の巣、いや天井のように空を覆いつくし、LEDのネオンライトとノイズの走る、ちゃちなホログラフィックで彩られた町、貧民地区へと戻った。
部屋へ帰ってすぐに、紙袋を手から離すと、私は注射器と、モルヒネのアンプルを、質素な洗面器に備え付けられた、薬棚から取り出し、手際よく薬剤を注射器へとセットした。そして、黒色のパーカーの、袖に隠していたリスカ痕だらけの左腕を差し出し、静かに「プスッ……」と針を刺した。
ゆっくりと薬剤を静脈の中に注ぐ、じんわりとじんわりとモルヒネが、オピオイドが私の体に廻っていく。針を抜く。注射器を放り投げる。
ほんの少しの間、首を曲げ天井を眺めながら立ちつくした後、ふわりと、重力から解放されたような感覚がからだに徐々に広がり始めた。
浮遊感に、ふらつきに身を委ねるまま、私は小さなテーブルの前にガクリと座り込んだ。机の上に身を投げ出し、今までの注射痣と今さっき、刺したばかりの小さな穴、そして一直線に、それも無数にあらゆる方向に引かれた、線のような痕を眺めながら束の間の桃源郷を楽しむ。
ふわり、ぐらり、くらり。優しくゆりかごで揺られるような感覚。
罪悪感も、疑念も薄れていく。思考がぼやける。楽になっていく。
そんな享楽感に酔っていると、ふと、ある事を思い出した。残った金の事だ。冥土に金はどうせ持っていけない。できれば使ってしまいたい。かと言って、拳銃も弾薬も、遺書を書くための紙も茶封筒も、安物の長年使われてきニブ先のすり減った万年筆もある。どうしたものか...難儀なものだ。
ぼやけた頭で悩みながら、パーカーのポケットに入ったボロ財布を取り出し、人民元をパラパラと捲る。食か、娯楽か、それとも他かと悩ませる。
少し体を起こして、部屋を見回した。何かたりない物はないか、死の支えになるものないかと見回した。足りない物を探した。
揺れる感覚とゆがむ視界に逆らいながら、桃源郷から、イデアから部屋を眺めた。薄汚いテーブルと遺書に茶封筒、鉄格子のついた窓、洗面器、薬棚、先ほど放り投げた注射器、そして死装束。足りない物はないかと巡らせる。足りない物は————。
華だ。花束が足りない。ぼやけた頭でやっと、いや、ぼやけてからこそ分かったのかも知れないが————
とにかく華が足りないことに気づいた。
では、華は何にするかそれが問題だ。薔薇か百合かガーベラ……何にしようか。一瞬迷ったがすぐに解決した。
紫陽花にしよう。きっとそれが良い。ぱっと思いついた。
そうなればすぐに行動だと、身を起こし財布をポケットに雑にしまい込んだ。赤錆の浮き上がった玄関ドアを開け、先ほど逃げ惑った外へ、モルヒネの威を借り踏み出した。
千鳥足になりながらホログラムと、雑居ビルの間を抜ける。ゆらゆらと。
1ブロック歩いた先に、細々と商売を続ける花屋があった。入り口をくぐり、ほのかに甘い匂いと草の匂いが入り混じった、店内を見回す。
紫陽花を手に取り、レジの呼び鈴を鳴らした。
「は~い」という、威勢のいい返事が聞こえ、奥から額にじんわりと汗をかいた店主らしき人物が現れた。服はよれていて、体も所々薄汚れている。
会計台にのっている紫陽花を見て、店主は「五百円、それか五十ドルです。」
私は財布から、残った人民元を出して、トレーの上に置いた。
「エッ、お客さん、本当にいいんですか?こんな大金...」
「良いの、受け取って」
そう返事して私は、花束を右腕で抱いてふらりと帰った。
それから二日後、今に至る。私は死装束に袖を通している。最後に、部屋くらい片付けておこうなどと思い、だらだらとやっていたら、あっという間に二日も経ってしまっていた。
水を張った洗面器に、茎の切り口に浸した紫陽花を、純白の紙で包んで左腕で抱く、銃口を右側頭部に突き付ける。引き金に中指をかける。
さあ、汚れ切った純潔を見せよう、宣戦布告を送ろう。そして、冥土へ————。
あれ、おかしい撃鉄を下ろせない。それに、何故だか手が震える。カチャカチャと音がする。どうして。なんで―———。
何故、死が怖い。どうして、なぜ。これだけ望んでいるのに。
呼吸を整える。震える手をいなす。自問自答をする。
「この世界に死への恐怖を理由にとどまるのか?」「10ヵ月後に何が起こるのかわかるのか?」
「死ね」「死ね」「引き金を引け」「地獄に落ちろ」次は自分に訴えかけた。「死ね」「息絶えろ」「死んで」「堕ちて」訴えかける。
一瞬、プツリと恐怖が薄らいだ、葛藤が傾いた。私は一気に引き金を引いた。
乾いた銃声が部屋に響く、衝撃が空気を伝って、部屋全体を飲み込む。やっと出来た、やっと死ねる。
私は安堵の中、あの世への道探す。まだ意識は辛うじて世俗に残っているが、少しは光が、或いは業火が、いやそれでなくても何か見える筈だ。先があるはずだ。神はいる。私はそう解釈、解決、信じたのだ。さあ、私にこの先を————
暗い、暗い、暗い。
私は絶望した。何も見えない。何も観測できないのだ。ただ、ゆっくりと体が後ろへと倒れるだけ、ただあの、不埒な行為より200倍も高い快楽が絶望を間際らそうと、痛みを消そうとしているだけ。暗い、黒い、何もない、無、誰もいない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
心の中で、弾丸の貫いた脳みそで何回も叫ぶ。これはあまりにも酷すぎる……
どうして……
でも、それも当然か。当然なのか。
嗚呼、これが人に科された、いや、私に科された罰か。神もあの世も存在しない。或いは私が招かれなかったのか、どうなのかは分からない。
私は最期に、この世界から消えるほんの前、意識が途絶える寸前に、その刹那に別れの言葉を空洞のできた脳髄で唄った。
サヨウナラ美しい世界。ずっと、ずっとサヨウナラ。
紫陽花の花束を残して。
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