第2話 雨の一日

 私の1日は、美玲を会社に送り出してからが1番長い時間に感じられる。

 美玲の会社は家から徒歩7分のところにあり、彼女が家を空けるのはせいぜい8時間半。今の日本では高待遇なオフィスに個室が用意された会社で、彼女がPCに向き合う間、私はこの二人で住むには充実しすぎている家で一人、家事に勤しむ。

 

 とはいえ、さすが上場企業に勤めるエリートキャリアウーマンの美玲だ。

 洗濯機も、電子レンジも、冷蔵庫も、家電はなんでも最新のものを使っているし、日常的に使う食べ物は全てネットスーパーで揃って届けられる。

 私がすることといえば、ドラム式洗濯機をセットして、食洗機を回し、大きな掃除は1週間に一度きてくれるハウスキーパーに任せて全力で余暇を楽しむこと。


 18畳もあるリビングに置かれた3人掛けのソファに体を横たえて、じっとテレビの黒い画面を見つめる。

 最高の立地にある25階建てのマンションの20階なのに、なぜか電波の入らないテレビをつけて、ゲーム機を起動した。

 オンデマンドを見るための設備と化した50インチのテレビと最新型のゲーム機は、私のお昼の時間を共に過ごしてくれる友達だ。

 もっぱら海外ドラマの視聴に勤しむことが多いが、たまには散歩に出かけることもある。美玲が私の「失くしもの」を気遣って、お守りを持たせてくれるので、そのお守りと共に近所を歩いたり、お気に入りのカフェで紅茶を片手に読書にふけるのがもっぱらの過ごし方だ。


 美玲は私が全てを失くしてもなお、それ以上のものを与え続けてくれる。

 それでも、たまにふと、何か大切なことを置いてきてしまった気がして焦燥感が拭えない時がある。そんな時も彼女は黙って、私を抱きしめてくれる。

 ゲーム機を起動した後に繰り返し流れる音楽が、全てを与えてもらっていても満足できない私を責めるように鳴り続ける。そんな状況に嫌気が差して、オンデマンドのアプリを起動すると、昨日の続きまでみたドラマの再生ボタンを押した。


 少しすると、今日は程よい日差しが外の世界を照らしているのに気づいて、ソファーから起き上がる。

 私は特に外出が好きな人間ではなかった、と美玲が漏らしたのを聞いたことがあるが、今は太陽の光が私の全てを包んでくれる気がしてひたすらに恋しく感じる。そしてなぜか「懐かしい」とも感じる。

 彼女は私が無理に思い出して苦しい思いをする必要はないと言ってくれるので、この懐かしさをなぜ感じるのかという疑問にそっと蓋をした。

 まだ思い出す時ではない、と脳が無責任に警鐘を鳴らしている気がして、ただただ現実を逃避しようと美玲に買ってもらったショルダーバッグを手に持つ。

 そのバッグを見て、彼女と「新しく築きあげた」思い出がアルバムをめくるように頭の中で蘇ってくる。全ての写真の私も、彼女もとても幸せな顔をしている気がして、自然に微笑みが出た。


 美玲が帰ってくるまであと何時間だろうか。そんなことを考えながら、ローヒールに足を通し、「懐かしい」日差しが降り注ぐ太陽の元へと進んだ。

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1000日目のドレス Noah Cullen @noah-cullen

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