第12話 おじさんと一夜の過ち

【前話ダイジェスト】

 あるんだよ…神様にだって

「詰んだ」

 と絶望に包まれる瞬間


【本編】

 天界相談窓口主任のおじさん、一本木和成です。

 生きてました。

 日本刀で3枚下ろしじゃありませんでした。


「主任! 本当にゴメンナサイ!!」


 楓さんが土下座するなんともチグハグな状況に、私は毛布を頭から被り直して叫びました。


「お気になさらず! それよりも服! 服をっ!」

「えっ? へっ? っきやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ドドドドドド」

「バタンっ! ドガンっ!」

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 私の指摘に我に返った楓さん。そのあとに続いたのは


廊下を駆ける音

扉を豪快に閉める音

心の叫び


といったところでしょうか。


 私にはどうしようもないので、玄関でうずくまったまま、彼女がかけてくれたであろう毛布に顔を埋めます。

 どうしようもないですよね。だって彼女の服は昨晩のベッドのときのまま──半脱ぎ下着チラ見え、なんですから。


「ごちそうさまです」


 毛布に顔を埋めながら溢れた呟きは、何故だか感謝でした。チラリズムって全裸よりエロいと思います。






「さ、ささっ、主任の部屋にご案内しますね! それと、生活必需品もお渡ししますので」


 楓さんは服を整えキリッとしたキャリアウーマン風でしたが、残念ながら顔は真っ赤なままでした。

 勿論それを指摘したりなどしませんよ? それは私にとっても自殺行為ですから。


 そして連れてこられたのは──


「マジですか──私の部屋お隣でしたか」


 しかも扉は彼女と同じく光彩ロックで、何故だか私の瞳を既に登録済みでした。聞けばオートロックで自動に鍵がかかるのだとか。


(彼女の玄関で一晩過ごす必要、無かったです……)






 部屋を一通り説明してもらい、私達は住宅を出ました。楓さんの隣の部屋に住むということは、なんと私は役場住まいになるわけです。役場の上層階が職員住宅で、下層が役場、1~2階はテナントで一般企業が出店しているそうです。

 今私達は、2階に出店しているドーナツショップで朝食を頂いています。


「それで、この端末が主任のものです。これで通信機能や金銭の支払い、本人確認など殆どを行いますので、出掛ける際は忘れないでくださいね」

「な、なんだか素晴らしく高性能ですね。紛失したり破損してしまいそうで怖いですよ」


 楓さんがテーブルに差し出した端末を、そうっと受け取ります。見かけは生前のスマホと変わりありません。


「紛失しても大丈夫ですよ。生体認証なので主任以外では反応しませんから」


 ふふっ、と笑みを浮かべる楓さん。ここに来て、ようやく朝の騒動に踏ん切りをつけられたのでしょう。勿論冷やかすことなどしませんよ、いい大人ですから。

 はむっ、とドーナツを頬張る楓さんは、とても愛らしく感じます。女性にしてはスラッとした長身で、それでいてメリハリのある体つきはモデル顔負けです。かけた眼鏡もまた細目のフレームで凛々しい雰囲気を醸し出しています。黒髪はとても艶やかで、背中まで届きそうな長さでもそのボリュームは見事の一言でしょう。

 そんな彼女が、食べるときには愛らしい表情を浮かべるのです。少し眼鏡がズレ、その奥から直接覗く瞳は、嬉しげに輝くのですから、ギャップがたまりません。その魅力に「嫌われない限りは一緒に昼食を!」と1人決意を固めてしまうほどでした。


 ドーナツを全て食べ終え、コーヒーに口をつけると、ゆっくりと温かさが体の芯へと伝わっていきます。まるで体が甦っていくかのような錯覚を覚えます。

 そして、その視線の先には両手でマグカップを抱え、眼鏡を曇らせながらホットミルクをすする楓さん。どうしましょうか、このカッコ可愛い生き物!? テイクアウトOK? あ、NGですか、えっ? 社会的に? それは仕方がありませんね、今日のところは諦めておきます。


「さぁ、そろそろ仕事に向かうとしますか」


 楓さんから手渡された端末は、7時45分を示しています。何時から出勤か解りませんが、遅すぎるとも早すぎるともない頃合いでしょう。


「えっ? 主任? 今日は土曜で休日ですよ?」

「えっ? そうなのですか?」

「えぇ、週休2日で、土日はお休みです」


 彼女が指差す端末を改めると、確かにSatの表記が。


「なんと! まさか土曜だとは思ってもみませんでした。あぁ!それで昨晩は宴会だったのですね」


 宴会、もしくは昨晩という言葉に、楓さんの顔がボウッと赤く染まりました。


(しまった、思い出させてしまいましたか!)


 ですがここは大人の私がスルーして差し上げるべきでしょう。


「楓さん、不躾ながらお願いがありまして」

「な、ななんでしょうか?」

「新居なのですがご覧いただいた通り、生活必需品……歯ブラシとか服とか食料品が無いので困っていたのです。もしご都合がよろしければ、この近辺の地理をご教授頂ければ……と」


 こういうときは、全く別の話題を振るに限ります。


「は、はいっ、お任せください! 今日は用事もないですし、私も買い出しに行こうと思っていましたからっ!」


 ね、イイ笑顔に……あれ? 地理を教えて頂ければ良かったのですが、あれ? これって予定外にデートになってませんか?


「では準備に戻りましょうか」


 予想外の展開に、とりあえず落ち着こうとハーフタイムを──


「あ、主任、支払いを」

「あぁ、お気になさらず。一宿一飯の恩義がございますから、もう済んでます。さぁ……えっ?」


 楓さんが、またもや顔を真っ赤にして固まっていました。


「失敗しましたね……思い出させてしまいましたか」


 朝日が随分と高くなったのでしょう。私の頬も随分火照っているようです。









 

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