第1話 おじさんと電話相談

【前話ダイジェスト】

あるんだよ…神様にだって

「コーヒー苦っ!?」 って思う瞬間


【本編】

「はい、こちらは天界相談窓口です。火事ですか?救急ですか?」

「えっ? そ、相談窓口じゃ、ないんです、か?」

「はい、そうですよ? それでは相談内容をお聞かせいただけますか?」

「えっ……えぇっと」


 着任後初の電話は、どうやら女性のようですね。声の質と話し方から察するに、まだお若い方でしょうか。


「慌てなくとも大丈夫ですよ? 考えが纏まっていなくても構いません。口にすることで考えが形になることもございますから」

「あ、ありがとうございます」


 随分と愛らしい方かもしれません。

 独り身の私ですから、少しばかり役得感があったりしますが、決してやましい気持ちはございません。えぇ、神に誓って。ですが、怒り心頭な方よりは、愛らしい女性の力になりたいと思ってしまうのは、仕方がな──


「あ、あの、いろんなことを相談したかったのですけど」

「ご安心ください、ひとつずつ、ゆっくり対応していきましょう」

「そ、それじゃあ、一番困ってることから良いですか! 今、電話が鳴り止まなくて困ってて……」


 彼女の声色が、どんどんと萎んでいきます。付きまとい、いや、ストーカーと言うのでしたっけ? 電話をかけ続けられるだなんて、恐怖でしかありませんよね。許せません。

 ですが、電話口にいる私に出来ることには限りがあり、まさか私自身が押しかけるわけにもいきませんし……ここは──


「携帯電話やスマートフォンの電源を切るか、もしくは電話線を一時的に抜くなどして気持ちを落ち着かせるのがのが先決かと思います。私とは一時的に切れてしまいますが、このままではアナタの心が磨り減ってしまわないか心配です」

「あ、ありがとうございます。そうですよね、慌てていては、何も出来ないですものね」

「えぇ、その通りです。そして、落ち着かれてから再度ご相談いただけますか? 天界相談窓口は必ずやアナタのお力になるとお約束いたします」

「う、嬉しいです……それがこの場の口約束だとしても、なんだか勇気が湧いてきました」

「そう言っていただき、私も嬉しく思います。ありがとうございます」

「で、では、早速試してみるので……」

「はい、アナタに安寧がもたらされますことを、心より願っております」

「ありがとうございました。では、また」

「はい、お待ちしておりますね」


 相手の電話が切られたことを確かめ、私も受話器を下ろします。

 ──正直これで解決に至ることはないでしょう。ですが少しでも彼女にゆとりが生まれれば、事態が好転する切っ掛けとなるはずです。

 マグカップに手をのばし、椅子をクルリと反転させれば、そこにはオフィスの外に広がる青空。この課は片隅に追いやられていますが、この景色だけは格別ですね。そして、この景色を眺めながらのコーヒーもまた格別なことでしょう。


 そう言えば、あれ程やかましかった電話が落ち着きをとりもどしつつありますね──まさか先程の女性が、複数台の電話で一斉に相談してきていたのでしょうか?


「まさか、そんなこと、あるはずもないですか」


 思わず浮かんだあり得ない光景を頭の外に追い出すべく、マグカップに口を付け──


「あ、そうでした。先程飲みきったのでしたね」


 思わず苦笑いしてしまいます。

 それならばと、コーヒーを淹れにいこうと立ち上がると、そこにはデスクの下に潜り込んでいる部下の姿が。


 あ、なんか抜いている。


「ま、まさか、ですよね?」





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