第13話 【初めての担任業務でのエピソード】

 この学年も、様々な困難な壁を乗り越えてきてついに3年生になった。大変に活発で真を困らせてきた生徒たちも、すっかり大人になり、担任と生徒との間には深い信頼関係で結ばれるようになっていた。

 その中の一人で3年間担任、野球部の顧問として接してきた思い出深い将志という生徒がいた。将志は、中学校まで野球部の中心選手として活躍していたため、真は野球部に入部するものだとばかり思っていた。

 しかし、入部せずに「僕には他にやりたいことがある」と言って、真の誘いを断り続けた。真は将志の気持ちも尊重しなければならないと思って様子を見守っていた。学校にある昔よく見た風景かもしれないが、なぜか学校のトイレには休み時間になると、各教室の悪(ワル)たちが集まっていることが多い。将志もいつも楽しそうにその輪の中にいるようになっていた。

 更に夏休みが終わると髪の毛の色が赤くなっていた。すっかりよどんだ雰囲気を醸し出すようになっていた。真の悪い予感は、だんだんと現実のものとなっていった。将志の言うやりたいこととは、悪友たちと勝手気ままに遊ぶことだったのだろう。

 勉強も全くしないので、ほとんどの教科で赤点をとり、教科担任による指導も聞かなくなっていた。真はこのままだと学校を続けることすら難しくなるのではないかと不安になっていた。それでもねばり強く野球部へ誘い続けた。

 しかし、将志は頑として真の誘いを拒否し続けたのである。年の瀬になっても、野球部への入部は拒否したまま、北海道は長い冬休みに突入したのであった。そんな状態が続いていた時、真が思い描いていた最悪の事態が起こった。冬休みに入った次の日に生徒指導部長から連絡が入った。

 将志が暴力事件に巻き込まれ、被害者から被害届が出されたと言うのである。ついに来るべき最悪のところまで来てしまった。将志と向き合って、何としても負の流れを断ち切ってやろうと強く心に誓った。臨時の職員会議の結果、無期停学という処分が決まった。

 しかし、冬休みの最中である。将志の指導は担任である真に一任された。これでほとんどの先生方は学校をやめてしまうと考えていたようである。最悪の状況で真は「毒を変じて薬となす」という仏法の哲理を信じていた。この機会に何としても野球部に入部させて、傾きかけた本人の生き方を正しい方向へ転換してやるんだと強く決意していたのである。

 まずは家庭訪問を重ねる中で父親を味方につけた。父親も将志には、野球をやってもらいたいと願っていたようだ。冬休み中ずっと家庭訪問をして本人と話をした。最初のうちは「野球部には入りません」と拒み続けていたが、真は粘り強く説得を続けた。

 少しずつ将志の心の中にも「このままではいけない」という思いに加え、「もう真からは逃げられないんじゃないか」という気持ちが芽生えてきていた。それでも頑として拒否する将志に対して真は最後通告を突きつけた。「野球部に入部して学校を続けるのか、学校をやめるのか2つに1つしかない。年末年始でよくよく考えて答えをだしてくれ」と究極の選択を迫って新年を迎えたのである。

 年明け早々に家庭訪問をして将志に声をかけた。しばらく下を向いていたが、父親に諭されて話し始めた。「俺、野球部に入部して学校を続けるわ」と答えたのである。真はうれしかった。やっと思いが通じた将志に向かって「よしわかった。それなら俺にしっかりついて来い。3年生になったら必ず全道大会に連れて行ってやるから」こう言って固い握手を交わしたのである。将志が新たなスタートラインについた瞬間であった。

 長い停学期間を終えて、野球部員の前に立った将志は「野球部に入部します。よろしくお願いします」と頭を下げていた。野球部員たちも、1日も早く部員となってほしいと願っていた生徒である。大きな拍手で将志を迎え入れてくれた。

 それからの将志は別人のように変わった。父親の強力なサポートもあり、練習を1日もさぼることなくめきめきと頭角を表していった。教師にとって、生徒が人間的に成長していくことほどうれしいことはない。もうダメだとさじを投げられた人間も変わっていくものである。

 真には、どんな生徒にも計り知れないほどの可能性があり、その芽を見いだしてぐんぐんと伸ばしていく。これこそが教育者に求められる第一の資質と考え、生徒たちと接している。

 将志の他にも今までと大きく変化し成長した生徒は数多くいる。金髪、ピアスにルーズソックスで不登校だった直子の大成長した姿、狂犬との呼び名を持ち誰にでも反抗の刃を向けた詩乃は現在、医療従事者のリーダーとなって活躍している。

 自分が受け持った生徒は、誰がなんと言おうとも父親となり、母となり、兄となって育てていく。こういう生徒へのまっすぐな愛情を教師は持っていなければならない。そういう人でなければ教師にはなれない。もっと言えばなってはいけないと真は考えていた。なぜなら生徒がかわいそうであり、親に対して顔向けできないからと真は考えている。

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