第7話 【学びの主役は子どもたち】


 この練習試合を境に、彼らの日々の練習の取り組みが明らかに変わって行った。そうなってくると、こちらにも力が入ってくる。学ぶ側が本気になると、教える側も本気になるという相乗効果が表れる。

 日本人学校との練習試合で、不甲斐ないピッチングをしたナットと、キャッチャーのドーンの目の色が変わった。手始めに普通の練習に加え、強靭な下半身を作るために、バッテリー2人で20分走とポール間ダッシュ(ライトーレフトに立つポール)10本をするように提案すると、彼らは黙々とやり続けた。

 ドーンは盗塁を1度も刺せなかった反省から、練習後の個人練習として1ケース分のボールのスローイング練習を提案すると、黙々と行うようになった。自ら学ぶ姿勢を身につけた子どもたちは無敵である。

 日本の高校では2022年から本格実施されている学習指導要領の中で、教育者には生徒が主体的に学ぶ知識の理解の質を高め資質・能力を育む「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められている。子どもたちに育む「生きる力」を「何ができるようになるのか」という資質・能力として具現化したのである。

 「何のために学ぶのか」という学習の意義を共有しながら、①何を理解しているのか、何ができるのか(生きて働く「知識・技能」)の習得、②理解していること・できることをどう使うのか(未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力」)の育成、③どのように社会・世界と関わり、より良い人生を送るのか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力、人間性等」)の涵養という3つの柱で整理したのである。学びの主役は子どもたちであり、教師はサポーターの役割を果たす。

 世界市民教育を提唱したある偉大な教育者は、その著書の中で次のように語っている。「教育は知識の伝授が目的ではなく、学習法を指導することだ。研究を会得させることだ。知識の切り売りや注入ではない。自分の力で知識することのできる方法を会得させること、知識の宝を開く鍵を与えることだ。労せずして他人の見出したる心的財産を横取りさせることでなく、発見発明の過程を踏ませることだ」と。

 激しい変化が予想される社会において、個性を発揮し、主体的、創造的に生き、未来を切り拓くたくましい人間の育成を目指し、直面する課題を乗り越えて、生涯にわたり学び続ける力を育むことが教育者に求められているのである。教師は主役の座を生徒に譲った「生徒を主体とした教育」が求められている。

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