第6話 【日本人学校と初の練習試合】

 無限の可能性を秘めている子どもたちは、関わる人があきらめずに時間をかけて丁寧に教えていけば、急速に伸びて行くものである。特に子どもたちの「やる気スイッチ」が入ると、吸収力も格段に上がっていく。そうなればもう誰も止められなくなるものだ。

 彼等にも徐々にこちらの意図することが伝わるようになり、技術も向上していった。そんな彼らに何とか試合をさせてあげたいと思い、真はバンコクにある日本人学校に連絡して、練習試合をやってもらえるように頼んでみた。

 すると日本人学校の野球部の顧問であった前本先生は「こちらも練習試合の相手を探していたところです。ぜひやりましょう」と快く言ってくださり、練習試合をすることが決まったのである。その反応のよさに感謝した。

 校長先生に、練習試合へ連れて行きたいことをお伝えし、バスを手配してもらい、スパーンブリー県の体育学校と日本人学校の練習試合が行われることが決まった。1999年10月16日(土)、朝6時30分にスパーンブリーを出発し、8時30分バンコク市内にある日本人学校に到着した。

 バスを降りてグラウンドに入ると、いつもは陽気な彼らが緊張して無口になっていた。そんな彼らに「いつもどおり元気にやろう」と声をかけてアップをはじめ、その後約20分間、じっくりシートノックをやらせてもらった。体も動くようになったところで、いよいよ初めての彼らにとって野球の練習試合がはじまった。

 スパーンブリー体育学校は先行、1回の表に先頭打者が内野ゴロを打った後、舞い上がってしまったのだろうか、3塁に走るという珍プレーも飛び出したのだが、何とかランナーを3塁まで進めた。しかし、あと1本のタイムリーヒットが出ずに無得点で終わってしまった。

 この1回の攻撃が全てだったと思う。先発のナットは、不必要な四球からランナーをためてタイムリーを打たれるという典型的な負けパターンで、終わってみると日本人チームの効率的な試合運びのまま15対1の敗戦となった。

 この試合は彼らにとっては始めての試合であり、勝敗は重要ではなかった。負けたとは言え評価できることが多くあった。明らかにタイの子どもたちの方が動きはよかったし、元気だったことだ。

 真は厳しい言葉は発しなかったが、日本人チームは暑さのためかだらけていたし、元気もなかった。集まっていたお母さんたちも、タイの子どもたちから刺激を受けたようで「元気できびきび動いていましたね」と好評価をいただいた。その通りだと思った。

 ただ野球経験の違いが試合の勝敗を分けただけである。今日の練習試合に対してお礼を述べ、次回の再戦を確約して終了した。真の心の中には、次は必ず倒してこの借りは返すという強い気持ちを抱きながら日本人学校をあとにしたのである。

 敗けから次の勝利の原因を作ることができる。逆に勝って負けの原因を作ることだってあるのが人生である。ならば子どもたちにとっては負けることも、成長するためには大切な経験の1つになる。

 不思議なもので、成長する人間には共通点がある。負けた時の悔しさを忘れず、それをバネにして失敗を成功に結び付けていくことができるかどうか、そこに人間を大きく成長させるカギがある。だからこそ失敗を恐れてはいけない。

 真が教育者として子どもたちと関わる中で、このプロセスを最も大切にしてきた。1度、実力以上の相手に完敗する。その時、悔し涙を流した人間は必ず成長していく。悔しさをごまかす人間は、残念ながら成長できない。

 教育者は、その事実を一緒に受け止め、彼らの悔しい気持ちに寄り添い、そして一緒になって反転攻勢の戦いを始めるのだ。負けた自分と真正面から向き合いながら、勝利への歩みを1歩1歩進める彼らに、渾身の励ましを送り続ければ、彼らは間違いなく勝者へと成長していくのである。これができるかどうかが教育者・指導者の大切な要件であり分かれ目となる。

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