第4話 【オリンピックアジア予選のため韓国へ】
明るく陽気な彼らとの合宿を終え、9月9日韓国へ向けて出発した。アジア代表を決めるオリンピック予選に参加するためである。ここには日本、韓国、台湾、中国、フィリピン、タイの6ヶ国が集い、2つのアジア代表の出場権を争った。結果は、1位韓国、2位日本の2チームがオリンピックの出場権を獲得した。
これまでの日本は、オリンピックにはアマチュアの祭典と位置づけて、社会人を中心にチーム編成をしてきたが、中南米諸国、アメリカ、韓国をはじめ世界の野球強豪国では、国際大会、中でもオリンピックには国の威信をかけた戦いと位置づけ、オールプロ選手でチーム編成をするようになっていた。
そのような世界の状況から、今回は日本もアマ選手に8名のプロ野球選手を加えたプロ初参戦で挑んだ国際大会となったのである。タイチームは日本チームと同じホテルに宿泊したため、松坂選手や古田選手をはじめ多くのプロ野球選手と触れ合う夢のような機会に恵まれた。
ホテルでのミーティングにおいて、日本チームのコーチ陣から「今回はオリンピック出場をかけた真剣勝負である。プロとアマが合同でチーム編成を組んでいるが、サインをもらったり写真を撮ったりすることがないように、同じチームとして最後まで緊張感を持って戦ってほしい」という趣旨の厳しい指示が出ていた。
もちろん大会の重要な位置づけを十分理解してはいたが、こんなに身近でプロ野球選手と触れ合うチャンスは2度とないかもしれないと思った真は、台湾戦の前日にピッチング練習を終えた松坂選手とマウンドでツーショット写真を撮ってもらっただけではなく、ホテルの部屋に押しかけ色紙おボールにサインを書いてもらった。
もちろん断わられるかもしれないと思っていたが、何のためらいもなくさわやかに応じてくれただけではなく、オリンピック代表をかけた大試合の前にもかかわらず緊張感を全く感じさせない姿の松坂選手に対して、真は大変に好感を持ってしまったのである。
当然ながら真のとった行動に対して誤解をもつことは当然だろうが、出国前にタイの日本大使館、JICAの職員、協力隊のメンバーに必ずサインをもらって来ると約束をしていたのである。元来、律義な真は、その約束を守っただけであることを弁明しておかなければならない。
さて、この大会についてであるが、タイチームはまず予選リーグで韓国チームとあたった。当然、向こうは全てがプロの選手たちである。タイチームは、日本で言えば中学校か高校生くらいのレベルであろうか。ピッチャーはめいっぱいの力で100キロそこそこのボールを投げたが、韓国のプロ選手にとっては超スローボールだったのかタイミングが合わずに、1回を無得点に抑えるという奇跡が起こったのだが、その後、打込まれ5回で終了した。
次に中国と対戦した。このピッチャーはプロを目指す本格派であり先発完投し、ノーヒットに抑えられた。この大会は全敗で上位チームには全く歯が立たずに終了となったのである。予想していたこととは言え、真にとって何とも厳しい現実となり、今後のタイでの野球普及について再考せざるを得なくなった。
残念な結果ではあったが、参加した私たちコーチ陣にとっては夢のような試合を目の前で見せてもらう幸運を得たのであった。真にとって一番鮮烈な記憶になった試合は、オリンピック出場をかけた侍ジャパンと台湾戦との試合に松坂投手が先発した試合である。松坂投手の恐れを知らずに直球で押していく圧巻のピッチングに真は感動し心は震えた。
試合は1対1の同点のまま9回へ。日本チームは2アウトランナーなし。このまま延長かと誰もが思っていた。しかし、なんとここから高く上がった内野フライのエラーで出塁した日本チームは、決死の盗塁をしかけて2塁までランナーを進めた。
最後、松坂選手と同じ横浜高校出身の社会人野球で活躍する選手が見事にサヨナラヒットを打って、劇的なサヨナラ勝ちでオリンピック出場を決めたのである。本当にしびれる試合であった。
次の日の1位決定戦は、完全アウェーであり、終始雷が響くような圧倒的な韓国側の応援の中、韓国戦には惜敗したが、韓国と日本がアジアの代表権を勝ち取ったのである。
帰国前の夜は少々悪酔いをした。曇空のソウルの街でタイのコーチ陣とやけ酒をかわしながら、タイチームとしてはあまりにも不甲斐ない試合、手も足も出ないままあっという間に終わってしまい、何とも言えない脱力感を抱えたまま最後の夜を過ごした。
タイの選手は大人なので干渉は避けるべきだが、香水や酒類、貴金属類を買い込んでうれしそうに帰国した姿が少し残念に感じた。同時にタイにおける野球普及は子どもたちを中心にしていく確信にいたる決定打となった。
次の年、中学生のチームを率いて韓国に遠征したのだが、純粋にして未来が広がる子どもたちは少ないおこずかいの全てを、野球の道具購入のために使い「もっとうまくなりたい」と言っていた姿とは対照的であった。
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