第2話 【教頭せんせーになって再びふるさとへ】

 2017年、50歳を目前にした真は、オホーツ管内、雄壮な斜里岳の麓にある高校に教頭先生となって赴任していた。前年までが最後の担任となる覚悟を決めて卒業生を送り出したのと同時に、教頭になって赴任したのである。

 教頭になって最初の年は想像以上に大変な一年であった。仕事の中でも切れ目なく求められる調査、報告には面食らった。さらに教職員と校長の板挟みとなりさまざまな対応に追われるのである。こんなに大変なら教員のままで働いていた方がよかったのではないか。そんな後悔の念がつきまとう1年目であった。

 この年の1月、卒業生への卒業講話を依頼された。久しぶりに生徒たちと直接接することのできる楽しい時間であった。ある女子生徒から「どうして教頭先生になったのですか」という質問を受けた。真は「今日、お話した中に答えはあります。誰かわかる人はいますか?」何人かの生徒が答えてくれたが、本当の理由まではたどりつかなかった。そこで真は話を続けた。

 「今日、みんなに伝えたいことを3つ話しました。私の学生時代、世界的な学識者からなるローマクラブが出した「成長の限界」という報告書から、このままでは人類は破局を迎えると警鐘をならし、「Think globally act locally」との言葉を学び感銘を受けました。これは学生時代に私の人生の師から教えてもらったものであり、今も私の生き方の基本に据えています。

 その上で1つ、他人の不幸の上に自分の幸福を築かないこと、2つ、親孝行をすること、3つ、自分には自分にしかない使命があることを知ってほしい。私が教頭になった理由は、2つ目の親孝行のためです」こう話すと生徒たちはキョトンとしていた。「それが答えなのか」という反応であった。

 その反応に真はさらに話を続けた。「私は今まで、両親に大変に迷惑をかけて生きてきました。どんなに迷惑をかけても、何度裏切っても、父と母は私を信じて命がけで育ててくれました。私の高校時代のこともお話ししましたが、高校時代の成績は学年最下位で卒業です。親にとってどれほど情けなかったか。それでも両親は、私を決して見捨てませんでした。

 残念ながら父は私が教師になった次の年に亡くなりましたが、その死期を早めたのも私が迷惑をかけたからだと思っています。母は今でも健在です。そんな自分ができる最大の親孝行は、社会で立派に活躍することです。それが教頭になることでもあります。このまま行けば、いつの日か校長になる日が来るかもしれない。それも自分のためではなく、親孝行の1つです。

 もう少し言うと、私はかつて2年間暮らしたタイに戻って自分の学校を作り、理想の教育を実践したい。これが私の人生最後の夢です。学校を創るためには、教頭、校長は最低限のキャリアとして経験しなければならないことです。そういう意味では、教頭や校長も私にとって、目的ではなくプロセスと考えています。

 この世に生まれてきた皆さんには皆さんにしかできないことが必ずあります。他人と比較するのではなく、あくまでも自分らしく生きて行ってください」こう言って話を結んだ。

 この年の1月、真は18年ぶりにタイへ、日本文化の専門家として招待された。ナコンパトム県を訪問した真は、日本語と日本文化を伝えてきた。その時のタイの教え子たちが歌ってくれたキロロの名曲「未来へ」を歌う動画を見せると何人かの生徒は泣きながら聞いていた。

 純真な生徒たちの姿に真は、明るい未来を見ていた。真は遠く未来へ続く道を見つめていた。今年90歳を目前に迎えてもなお、若き弟子たちへ力強くエールを送り続けてくれるわが人生の師が教えてくれた、これから歩むべき「道」である。

 それは国連が示した「持続可能な社会」の建設のために世界の人たちを結びつけることに通じている。そのためには第1に「貧困をなくす」、第2に「飢餓をなくす」と続く持続可能な開発目標「SDGs」を教育の場で具現化していくことにもつながっている。

 クラス担任の時、生徒に毎日書き送った学級通信「ルネッサンス」の中で、真はSDGsを未来の指標として示し書き綴った。「今のままの生活をしていくと、必ず行き詰る。であるならば、改善するべき点は改善するしか道はない。しかし「少しくらいだいじょうぶ」とか「自分には関係ない」等の無責任な態度が、状況を悪化させている。自分たちの幸せをのぞむなら、地球の存続を考えるべきである。

 自分があって地球があるのではなく、地球の安定があってはじめて、自分たちの幸福が築かれるからだ。そんな視点も忘れずに生きて行ってほしい」真は、真っすぐにこの道を進んでいくと深く心に誓っている。今までも、これからも、そして「誰も置き去りにしない社会」という果てしない「道」を目指して、着実なる歩みを一歩一歩進んでいくことを心に固く期しているのてあった。

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