第4話

 そして迎えた外出デート当日、昨日選んだ服に身を包んだ忠之助は駅のホームで彼女の事を待っていた。そもそも誰かと待ち合わせるという行動すら新鮮な彼は、待ち時間に何をして良いかも分からず、スマートフォンも開かないでぼんやりと通り過ぎて行く人々を眺めていた。

 駅のホーム、それも日曜日の朝ということもあり、駅の中では色々な人がいる。もちろんその大多数がスーツを着た人であったり、部活のユニフォームを着た人であるなど、普段からこの駅を利用しているであろう人ではあるのだが、中には髪の毛が真っ赤に染まっている人であったり、信じられない程の大荷物を抱えて歩いている人もいる。


 やはりその中でも目に付くのは、楽しそうに笑いあってる恋人達だ。普段よりもやけに視界に入ってくるのは、彼自身がその一員に加わったからだろうか。


 こうしてふと思い返すと、言い知れぬ不安のような感情に陥ることが少なくなかった。不安と一口に言い切れないのは、忠之助自身が自分の想いが恋愛感情なのかどうなのかを上手く処理出来ていないためだ。

 彼女が自分をどう思っているのかを不安に思い、そもそも彼女が自分の彼女であるのが事実だったのか悩み、そして一人意味の分からない思考の迷宮から抜け出せなくなる。不安に思えば良いのかすらも分からず、現実逃避をするように目を塞ぐ日々を過ごしていた。

 しかしそれも、大体は優香と会えば解消する。彼女の明るさに救われる面もなくはないが、基本的には優香の元気に存在を消し飛ばされそうになって自分の悩みなど気にならなくなるためだ。


 常日頃から、忠之助は優香の姿を見ては消し飛ばされそうになるということを繰り返していた。もちろん消し飛ばされそうになるというのは比喩ではあるのだが、光の奔流のような彼女と接しているだけで自分の矮小さが際立つのだ。漫画であれば、きっと彼はデフォルメされて真っ白に描かれるのであろう。生きる世界が違うとは良く言ったものだが、まさにその通りである。


 そう、まさにその通りである。


「おまたせ、忠くん」

「………ゼンゼンマッテナイヨ」


 小走りで来たことを気にしているのか、右手で少し前髪を弄った優香は忠之助の顔を覗き込んだ。普段学校で見ているような制服姿とは違い、全体的に薄い色合いで揃えられた服装に身を包んでいる。女子のファッションには疎い忠之助は言葉にして形容することはできないが、彼女に似合っていることだけは確かだった。

 しかし似合っているということは、普段の彼女よりも攻撃力が高いということ。貧弱な忠之助君が耐えられるはずもなく。風前どころではなく強風に煽られた灯そのものであり、明日を生きるのボクサーよりも燃え尽き症候群だった。


「大丈夫?」

「………多分」


 今日一日自分が生き残れるかどうかを不安に思いながら、忠之助は優香に頷きかける。

 忠之助の姉が昨日話していた通り、少し安心したように肩の力を抜いて息を吐いた彼女の顔立ちは、普段とは少し違っていた。勿論服装が違うことで全身の印象が違って見えるという部分はあるのだが、それ以上に印象が明るくそして柔らかくなっているように感じる。

 女性はメイクをすれば様変わりするという話は最早常識のように扱われつつあるが、もともと顔立ちの整っている人物が化粧をすれば更に破壊力が増すらしい。


 顔を見られていることに気が付いた優香は、「どうしたの?」と首を傾げた。無意識のうちに彼女を眺めていたことに気が付いた忠之助は消え入りそうな声で「ナンデモナイデス………」とだけ答えて肩を縮こまらせる。

 やめて、もう彼のHPはゼロよ!


「じゃあ、いこっか」


 小さめのリュックの肩掛けの部分に両手を掛けて、優香は軽く跳ねる。動作の一つに至るまでいかにもな女子らしさを感じて、忠之助はまたダメージを受ける。

 本当に、彼は今日を生き抜くことはできるのだろうか。


「電車で移動するけど、思ったより混んでなさそうだね」


 改札を抜け、ホームへと向かいながら優香が少し抑え気味の声で言った。


「十時だし、混むにはすこし早いかも」

「確かに」


 それだけ話して口を噤んだ優香が、静かに忠之助の方へと手を伸ばす。話題が途切れ、無言で差し出された優香の右手に瞠目した忠之助は、足を止めてまで考え込んでから指先でその手を握った。

 彼には最早手の感覚がない。


「ちょっと恥ずかしい、かな?」

「………ソウデスネ」


 ホームに辿り着き、電車の中に乗りこんでも繋がれた手が離れることはなかった。というより、電車に座ってから、優香は忠之助の左手を興味深そうに見分している。何も特筆すべき点はないと思うのだが、頻りに大きさを比べたり、手の甲を人差し指で撫ぜたりと忙しない。

 ハイライトの入っていない瞳で言葉を失っている忠之助は、されるがままの状態で全身から力を抜いていた。


 確かに付き合いたての初々しいカップルではないだろうが、これは本当に成長なのだろうか?

 片や未だ彼女どころか女子との対応を何も知らない忠之助、そして片や妄想癖ながらも他では基本的に人との壁が存在しない圧倒的コミュ強者の優香。電車の中で良く分からないいちゃつき方をしている彼らは、本当に上手く行っているのだろうか。

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抜群の運動神経で女子を魅了し、明晰な頭脳で周囲を圧倒するタイプの彼女 二歳児 @annkoromottimoti

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