第3話
同日、同時刻、樋之口優香は同じように悩んでいた。しかして兄弟姉妹のいない彼女の相談相手は、母親だ。この年にして反抗期が一切首をもたげていない彼女にとって、母親は最大の味方であり協力者だった。
その大きな理由として、母親と優香の趣味が近いというものがある。異性のタイプは違うが、身に纏う衣装や装飾品の数々は母娘で共有しているものも少なくはない。そのため、人生初のデートにおいて何を着て行くかという難問に相対して、母親に助けを求めるのは必然だった。
「お母さん、どうかな?」
「やっぱり優香は可愛いわねぇ」
「さっきのと比べてどう?どっちが良い?」
「私にはどっちも可愛いと思うけどねぇ」
しかし誤算としては、服装の好みが似すぎていたことと、母親が優香に対して全行程マシーンと化してしまっている点だろうか。
今までの人生自立心の塊と言っても過言ではないほどに自ら物事に取り組んできた優香は、母親である彼女にとって手のかからない子だった。一人っ子ということもあり全ての愛を彼女に注いでは来たが、意見を授けたり叱ったりという経験は皆無に等しい。
そしてファッションセンスが殆ど同じせいで、優香が持っている服の大体が好みであるために、甲乙を付けようにも付けようがない。そのため、彼女にできることは娘を精一杯褒めて翌日のデートに向けて自信を付けさせることだった。
「んもう、どれが良いかって聞いてるのに」
「ごめんねぇ。でもどれ着ても可愛いと思うわ」
「じゃあ、どれが似合うじゃなくて、明日着てくなら何が良いだろ」
「どうでしょう。でも、初デートだからそこまで華美じゃない方が良いんじゃないかしら」
「そうだよね………」
もう既に目星は幾つか付けてある。前日に選ぼうとしても決まらないような気はしていたので、数日前から暇さえあれば今日の服装について考えていたのだ。それでも決まっていなかったのだから、どれだけ真剣に悩んでいるかが分かるというものだろう。
開け放したクローゼットに、候補となる服装が数着引っかけてある。それを見つめながら、優香はまた黙り込んだ。
普段であれば服装など直ぐに決めてしまう彼女が、ここまで悩んでいるのは何故か。それは偏に、彼女の性格が原因だった。
彼女が元々妄想がちなところがあるというのは前述の通りだが、全ての恋愛観を創作物を通して作り上げて来た彼女にとって、初デートは大きな壁だった。彼氏彼女がどぎまぎしながら、初めての外出で中を深める。普段とは雰囲気の違うお互いにまたどぎまぎ───など。
確かに全てが間違いだとは言えないが、少し夢を見過ぎているのは事実。しかしながら、自分がそこまで緊張するわけがない、という謎の自信があることは除いて当日に支障が出そうな様子はなかった。何せ相手は常日頃から優香の陽の気配に消し飛ばされそうになっている忠之助だ。それが恋愛的なものかどうかは別として、彼が緊張することには間違いがない。
「その彼はどうなの? どんな格好してくると思う?」
「………どうなんだろう」
普段の忠之助の様子であれば、無難な服装をしてくることは間違いないだろう。その点に関して優香は自信があった。そういう潔い性格が気になって告白したのは彼女自身なのだから。
ただ、実際には何を着て来るだろうか。優香自身がこうして母親に相談しているように、彼が誰か他の人に相談をしていてもおかしくはない。異性の友人がいないということは本人に確認済みであるため、誰か中の良い男子に聞くことになるだろうか。いや、姉がいると話していたから姉に見て貰っているかもしれない。
何にせよ、彼本人が選んでこない可能性もある。もしそうであれば、忠之助が普段着ないような服装も見る事が出来るのではないだろうか。
例えば、思いっきり振り切って少し可愛い系を着て来る、とか。流石に期待しすぎだろうか?
細身の体に、女子にしては少し切れのある顔立ち。羞恥心があるのか少し顔を赤らめながら、白くふわふわとした服を着て、不貞腐れた顔をして。
良い、非常に良い!
いや、逆に格好良い系の服装を着てきたらどうだろうか。後ろに纏めている髪も、パンク系だったら逆に馴染むかもしれない。少しだぼだぼとした黒いパーカーを着て、良く分からない銀色の六角柱のネックレスをぶら下げて、ルーズなパンツを履いて。
きっと、少し褒めると恥ずかしそうに頬を染めるのだ。そしてフードを目深にかぶって、赤くなった頬を隠そうとするのだ。
女子だ、完全に女子だ。可愛い。
そうして口を半開きにしながら彼氏になったばかりの男子を思い浮かべているであろう優香を見ながら、母親はため息を吐いた。
欠点とは言えるほどでもない、娘の唯一の変わったところ。それがこれだった。時々何かを考え込んで一人で表情をだらしなく崩しているのは流石に家だけだが、この調子で行くと学校でもずっと同じような妄想をしているのだろう。
最近の妄想の相手はもっぱら新しく出来た彼氏だから、まだ良いのかもしれない。恋に恋する乙女と言えば、まだ妄想癖も納得できないものではないから。まだ付き合い始める前から「可愛い男の子がいる」と目を輝かせて語っていたのはどうかと思わなくもないが。
「えへへ、可愛いねぇ………」
優香が呟く。
明日の彼女が心配になって来た。
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