第10話

 変わらないかに見える怠惰な日々。

 その裏で、通り過ぎる歳月。老けていく身体。

 簡単に壊れてしまう日常にあって、壊れなかった日々に感謝しつつ、俺はコーヒーを口にする。


「おい、中年無業者。」

 ニートより正確な俺の身分をチカが口にする。

「ノーフューチャーなくせに死のうしないお前のその『生存欲求』を考えて、異世界召喚という選択肢を女神様が検討中だ。」

「それは、突然だな。」

「ついてはこの赤い薬を飲んで」

「ほほう。」

「新しい命になって子宮の中に召喚★」

「転生じゃねーか。」

「そうとも言う。」

 俺の日常に食い込んできた癌ことチカとアイがヘラヘラ笑う。

「子宮とか言うな。生々しい。」

 俺はコーヒーを飲みなおす。

「それに転移で異世界に行けないみたいなこと言っただろ。異世界召喚もその類じゃないのか?」

「まぁ、そうね。召喚された奴が勇者の真似をして上手くいった所で、召喚先の人間の王国が潤うだけだもの。うちのボスが異世界の宗教業界に新規参入する足がかりにもなりやしない。」

「随分ビジネスしてる業界だな。宗教。」

「そんなもんよ。ビジネスしてないのアンタだけ。」

「そうだな。」

 40でうつ抜けしたかも知れないと思ったら、妖精二匹がやってきて精神的な余裕が消えた俺は、ふと考える。


 ビジネス、か。


 食っていくために何かしないといけないが、体力も能力もない人間が何かして糊口ここうをしのげるかといえば、世間は厳しい。

 考えたくないが、お父様お母様が亡くなっても即ホームレスにはならないのが救いだ。そう煽る人もいるが、生活保護されたくないからだろう。

 生活保護はまず親戚一同に通知がいく。

 羞恥で死ねるから絶対嫌だ。

 そして、少しでも資産価値がある不動産や車や諸々を売却せねばならない。

 自分の生まれ育った所を失う位なら受けてたまるか。

 それならば働いて働いて食っていくのにジタバタしないと行けないわけだが、働き先と低賃金と業務内容を選ばず働かなくてはならないならと『楽』に流される駄目人間がニートや中年ニートなのだろう。

 蔑まれて当然、差別されて当然、何故ならニートは自業自得なのだから。そうつばする人もいる。


 転生させようとしてる異世界を推測するに、多分ファンタジーこと中世ヨーロッパもどきだ。

 あるいは中華風味のどこか東洋もあるのだろうが、東洋は身分制がきっちりし過ぎているため身分や血統がないと活躍できない風潮がある。

 どちらにせよ、アニメもゲームも怠惰な安らぎもない異世界に行く気がしれない。

 ここではないどこかへ行きたいと挑戦できる人間は、ここではなくても生きていけるだけのバイタリティと能力がある人だけだ。

 チート能力だけじゃない。地頭と体力と適応能力の強いものだけが成功者になる。結局どこに行こうと厳しいサバイバルが待っているのだ。


 厭世えんせいモードに入って床のシミを指でイジる俺の背後で、チカとアイの声がした。

「またヒロシです劇場が始まったんだけど?こいつ異世界でも活躍しない気だよ。」

「いつもの戯言と違って聞き捨てならないわね。」

「ここに丁度いい斧があるよ、アイ。」

「これ以上腐る前にとっとと送ってしまいましょう、チカ。」


 生存欲求、か。

 斧から逃げ回りながら、俺は自信のない溜息をついた。

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