どうも、モブです。「ねーねー、どっか遊びに行こうよ」って女の子をナンパして彼氏とかに撃退されるのが俺のお仕事です。なのに今回ナンパした子がめちゃくちゃ乗り気なんです。
第28話 そりゃ俺はハントの経験は少ないけどさ
第28話 そりゃ俺はハントの経験は少ないけどさ
「今回の対象者は女性だ」
森井さんの言葉は、俺には予想外だった。
え? 女性?
女を狩るの?
思わずほかのメンバーの顔を見まわす。
胡乱な目付きのH川と目が合った。
驚いているのは、俺一人だけだった。
H川のおっさんだけじゃなく、女性二人も当然の顔をしている。
当たり前でしょ、私たちがいるんだから。そういう表情だ。
そうか、そういうことなのか。
やっと俺も理解した。
闇堕ちハントのメンバーに女性がいる時ってのは、対象者も女性の時なのか。
確かに俺が今まで参加してきたハントの対象者は男だけだった。
だから無意識で、闇堕ちの対象者は男だっていう先入観があったみたいだ。
まあ、それはいい。闇堕ちハントについて大して経験のない俺だけが驚いている、なんてことは。
だって、こんな仕事にこれ以上詳しくなんてなりたくねえからな。
だけど、それにしたって。
内心、ため息をつく。
……女かよ。
ただでさえ後味の悪い仕事だってのに。
俺はこれから女の額に試薬のシールを貼るのかよ。
ますます気が滅入ってくるのを感じる。
「対象者はこれからこのフロアに現れる予定だ」
俺の気持ちなどお構いなしに、森井さんは淡々と説明を続ける。
「彼女の仲間内での通称は、アイビー」
「えっ」
思わず声を出してしまった。その場の全員が俺の方を見る。
「なんだい、B介君」
「あ、ええと」
ほかのメンバーの冷たい視線に晒されてとっさに、何でもないです、と言おうとしたが、どうしても確かめたい気持ちの方が勝った。
「アイビー、ですか」
そう尋ねる。喉におかしなものが詰まったような感じがしてうまく喋れなかった。
「そうだよ」
俺は多分かなり困惑した表情を浮かべていたんだと思う。森井さんは微かに眉をひそめて頷いた。
「彼女はアイビーと呼ばれている」
アイビー。
アイビーだって。まさか。
「知り合いかい」
森井さんが感情に乏しい目で俺を見る。
俺の脳裏に浮かんでいる、知り合いの女の顔。
アイビーって、あのアイビーか。
いや、ただの同じ呼ばれ方をしてるだけの別人ってことだってあるかもしれねえ。
「俺の同期でそういう名前のやつがいて。まさかそいつなのかなって」
「ああ」
森井さんは懐から取り出した資料にちらりと目を走らせ、頷く。
「そういうことか。確かにB介君と同じタイミングでうちの会社に入ってるね、彼女は」
「……ああ」
思わず目を閉じる。
違っててくれりゃよかったのに。
「そうですか」
やっぱりか。
やっぱりあのアイビーなのか。
「確認不足だったな。すまない」
森井さんは相変わらず感情の見えない口調で、軽く頭を下げた。
「そうであればこの仕事を頼むべきじゃなかった。知り合いのハントは精神衛生上良くないからな」
「仕方ないことでしょ」
冷淡な顔で口を挟んできたのはH川のおっさんだ。
「うちみたいな零細でハントをやってりゃ、いずれは知り合いにぶち当たる。それが早いか遅いかの違いだけなんだから」
まるで、そんなことをいちいち気にしてられるか、とでも言いたげな口調だった。
「H川さんの言うことも一理あるがね」
そうは言ったものの、森井さんの表情は別にH川に同意しているというわけでもなさそうだった。かといって、俺に同情している風でもない。きわめて事務的な表情。
「会社としては、こういうケースを仕方ないで済ませてはいけないということは分かっているんだがね」
そう言って、森井さんは俺を見た。
「だが、うちには人手が足りないことも確かなんだ。これから別の人間を探す時間はない。B介君、申し訳ないが」
「大丈夫です」
俺は皆まで聞かず、そう答えた。
「仕事ですから。やりますよ」
「そうか。ありがとう」
ほっとした風でも、感謝してくれた風でもなく。ただ、事務的な確認の後に続いた一応の「ありがとう」。
森井さんは普段から感情の見えづらい人だが、闇堕ちハントの時は特にそうだ。まるで闇堕ちモブを狩るための機械みたいに見えることもある。
いずれにせよ、森井さんはその一言で俺との会話を打ち切った。
「では、説明を続けよう」
そう言って、資料に目を落とす。
……アイビー。
アイビーは俺の同期の女だ。
歳もそんなに変わらなかった。
仲が良かった。
男と女の仲を疑われるほどではなかったが、それでも一時期は頻繁に行動を共にしていた。
一番最初は、モブの初任者研修を受けたときだった。俺の隣の席がアイビーだった。
それから、顔を合わせれば喋ったし、飯も一緒に食った。
本格的に仕事が始まってからも、しばらくはよく安い居酒屋で仕事の愚痴を言い合った。
明るくていいやつだった。
お互いに仕事に慣れ始めて、そんなに傷を舐め合う必要がなくなってからは、会う機会は減っていったが。
あいつに最後に会ったのはいつだろう。
それでも、少なくとも闇堕ちなんてするタイプではなかった。
だって、あいつは自分のモブとしての仕事に誇りを持っていた。
「アイビーは、主人公やヒーロー、ヒロインといった主要キャラの容姿をうっとりと称賛する称賛系モブの役目を主に務めてきた」
森井さんが言った。
そうだ。
よく知ってる。
『あたし、きれいなものが大好きなんだ』
アイビーの声が蘇る。
安いハイボール。メンソールのタバコ。
酒が入ると、あいつはいつも言ってた。酔いが回ると同じことを馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返してた。
『きれいなものを見るために生きてるって言っても過言じゃない』
そう。
あいつはこの仕事を愛してた。
これしかやる仕事がないから始めた俺なんかよりも、よっぽど。
だから、じゃあお前にとってこの仕事は天職じゃん、と俺が言うと、あいつは満面の笑顔で頷いたものだ。
『うん。かっこいいもの、素敵なもの、きれいなもの。全部、この目に焼き付けて、それに心からの称賛を送るの。そうすることで、その美しさがさらに際立つの。私が美しさを作る手伝いをしてるんだよ。そんな最高のことってある?』
分かんねえ。俺には分かんねえけど、でもお前には最高なんだろうな。
美を愛する女。だから、アイビー。
それが、あいつの呼び名の由来だ。
「だが、ここ最近の彼女はモブにあるまじき華美な外見で、たびたび作者からの苦情を受けていた。こちらからも幾度となく注意はしていたのだが」
森井さんは淡々と続けた。
「ついに、彼女は称賛することをやめてしまった。代わりに、称賛すべき相手の欠点をあげつらい始めた」
嘘だろ。
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