第26話 怪我したモブに世間の風はなかなか厳しく

 とにかくえり好みせずに何でもやります、という俺のなりふり構わない姿勢が会社にも伝わったのか。

 それとも寺井君が言ったように日頃の行いの助けもあったのか。

 その辺の事情はよく分からないが、とにかく骨折ヤカラモブは意外にもそれなりに仕事にありつけた。


「あ、あいつに勝てるわけねえよ」

 今日の仕事は、ケンカ自慢のはずが突然現れた転校生にボコられてしまった不良生徒役だ。

 ろくすっぽ学校にも行っていない俺には普通の生徒は無理だけど、こういうヤンキーものの不良生徒ならギリいける。

 颯爽と転校生をシメに行くケンカ自慢の脇役キャラの取り巻きの一人……なのだが、最初から骨折してるやつがケンカに行けるわけもなく、俺は転校生に返り討ちにあってすごすごと帰ってきた一団にそっと加わった。

 悔しそうに自分の敗戦を主人公に語る脇役キャラの後ろで、俺は情けない声を上げる。

「あいつは化けもんだ。人間じゃねえよ」

 痛々しい包帯姿で、まるで具体性のない恐ろしさを語った俺を、脇役キャラが振り返って睨む。

「うるせえ。てめえ、余計なこと言うんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

「ひっ」

 俺は亀みたいに首をすくめる。

「と、とにかく俺はもうあいつに関わるのはごめんだ」

 そう言ってそそくさとその場を後にする。俺の後に、数人のモブが続く。

 今日はいっぱい喋っちまった。ふふふ。

 俺は無事、その日の仕事を終えた。

 学校を後にしてぶらぶらと歩きながら、やれやれ、と肩を回す。

 ナンパモブだったら、一つの仕事が終わったからって気は抜けない。

 一日五件や六件、多ければ十件近い仕事をこなすことだってあるからだ。

 ナンパが一件終われば、もう次の仕事が待っている。時間通りにこなさなければ、主要キャラたちのその後のスケジュールに影響が出てしまう。

 いかに手際よく声を掛け、ヒーロー(orヒロイン)の魅力を引き出した後でいかに後腐れなく退場するか。

 ナンパモブの仕事の成否はそこに懸かっていると言っても過言ではない。

 ぱっと退場して、次の仕事に移行するのだ。

 だが、骨折モブはその「数」が稼げない。

 ナンパみたいに次から次へと仕事が舞い込むようなメジャーなモブではないのだから当然なのだが、今日の仕事もこれ一本のみだ。

「はーあ」

 たった一件だって、もちろんないよりはマシだ。

 仕事が一件も入っていない平日の昼間とか、最悪だ。

 最初の数日はまだよかった。のんびりテレビなんか見て、うつらうつらと昼寝をしていたが、だんだんと、仕事もせずに昼間からごろごろしていることへの罪悪感が募ってきた。

 そこに懐具合の心配も相まって、俺の精神状態は悪くなる一方だった。

 これじゃいかん、ととりあえず太陽の光の下を近くの公園まで歩き、ベンチに座ってしばらく日光浴をしてみた。

 昼間、公園でのんびりしているのは年寄りばかりだ。

 本来、公園の主役であるべき小さな子供たちすらいない。

 自販機で買ったコーヒーをベンチで飲みながら、俺は思った。

 ああ、だめだ。仕事しないと。このままじゃ俺はだめになる。

 不安な気持ちのまま、寺井君に仕事を融通してもらおうと会社に電話すると、出たのは森井さんだった。

 その声を聞いたら、なぜか背筋がぞわりとした。

 梨夏ちゃんと電話番号を交換して以来、この人と話すときはわけもなくどきどきするのだ。

 俺は別に何にもやましいことなんかないぜ。堂々としてればいいんだ。自分にそう言い聞かせれば言い聞かせるほど、言動がぎくしゃくしてくるような気がする。

「ああ、B介君。状況は私も聞いてるよ、仕事ができなくて大変だろう」

 俺の葛藤を知ってか知らずか、森井さんは相変わらずの淡々とした口調でそう言った。

「その腕でもできそうなモブは優先的に回すよ。こまめにアプリをチェックしてみて」

「ありがとうございます」

 でもあんまり遅いと他の人に回すよ、と言われた俺は、どうせ暇なんでずっとアプリ開いて待ってます、と答えた。

 それから、こうやって多少なりとも仕事を回してもらえるようになった。

 今日のこの不良生徒役も、結構無理をして捻じ込んでくれた感じがする。

 とりあえず終了報告をしようと、俺はスマホを取り出した。

「……あれ?」

 不在着信があった。

 誰だろう。A太かな。

 開いてみて、思わず固まった。


 能勢梨夏。


 画面に表示されたその名前が、スマホの光とは別の神々しい光を放っているかのように見えた。

 ……梨夏ちゃん。

 着信は、梨夏ちゃんからのものだった。

 電話しますね、と別れ際に何度も言ってくれた梨夏ちゃんの姿を思い出す。

 社交辞令とかじゃなくて、ほんとに電話してくれたんだ。

 胸が温かくなる。

 その嬉しさが半分。

 そしてもう半分は、えっ、ほんとに電話通じるんだ、という驚きだ。

 俺と彼女は違う世界線を生きているはずだ。

 この間、そこの点についてかなり混乱が生じたが、それでも俺はこっちの現実世界、彼女は彼女の物語世界で生きているという大原則はまだ存在しているはずだ。

 だけど、電話が通じるということは。

 スマホの電波が世界の壁を超えるとは思えない。

 やっぱり梨夏ちゃんはこっちの世界にいるんだろうか。

 それにしてもツイてない。

 普段、ずっと暇を持て余してるのに、たまに仕事をしているときに限ってこんな電話が入るなんて。

 一瞬の躊躇を振り切って、俺は折り返しの電話を掛けた。

 だが、呼び出しの音すらしなかった。

『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が……』

 無機質な機械音声が、繋げるべき電話にたどり着かないことを告げる。

 ……。

 もう一度かけてみる。

 同じ音声ガイダンス。

 やっぱりだめだ。電話は繋がらない。

 それは当然と言えば当然のことだった。

 この間、A太ともその点については確かめ合った。

 電話番号を交換したって、世界が違っちまえば繋がるわけがない。

 そりゃそうだ。

 だから、この電話が呼び出し音すらならないことに疑問はない。

 だけど。

 じゃあ、何で不在着信が残ってるんだよ。

 未練がましくもう一度電話しようとした時、モビーのアプリが反応した。

 誰からも評判の悪いマスコットキャラ、モビー星人が肩でぐねぐねとアイソレーションをしながら「しごとだよー」と言っている。

 新しい仕事が入ったんだ。

 反射的に、俺はアプリを開いた。

「……え」

 入っていたのは、モブの仕事ではなかった。


「闇堕ちハント 試薬担当」


 そう書かれていた。

 おいおい、闇堕ちハントなんて、ただでさえやりたくねえのに。この身体でなんて無理に決まってんだろ。

 喚き、暴れ、場合によってはしゃにむに逃走を図ろうとする闇堕ちモブをしっかりと確保するのがハント要員の仕事だ。

 右腕が折れているやつにできる仕事じゃない。

 何考えてんだ、森井さん。

 思わずイラついたが、すぐに「試薬担当」というのがミソなのだということに気付く。

 闇堕ち対象者の額に試薬のシールを貼り、時間を計って深度を確かめる。それが試薬担当の仕事だ。

 前回のハントでは、I野が担当していた役割だった。

 確かにそれなら、荒事はしなくて済む。

 ……いや、でもなあ。

 前回の闇堕ちモブ、タダシの表情を思い出す。

 後味の悪い仕事だった。

 そんなことは最初から分かっていたけど、やっぱりそう思った。

 出来ればやりたくない。

 だけど、「報酬」欄に目が行ってしまう。

 たっけえ。

 普通のモブ仕事の五倍以上。

 闇堕ちハントの給料はすごく高いのだ。

 今の俺には、喉から手が出るほどに欲しい金額。

 ……試薬。試薬シールを貼るだけ。

 しばらくためらった後、俺は「この仕事を受ける」欄にチェックを入れた。




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