第13話 話を聞くなら場所を変えよう
「力になるぜ。さつきさんに話してみな?」
そう言って、ベンチの隣に腰を下ろす。
「こう見えても、伊達に毎日ナンパしてねえからよ」
まあ全て振られているわけだが。毎日ナンパしているのは嘘ではない。
「そうですよね、毎日ナンパしてるんですもんね」
梨夏ちゃんが真面目な顔で頷くので、言った方が恥ずかしくなる。
「そんなさつきさんに話したら、何だそれって笑われちゃうことかもしれないんですけど」
梨夏ちゃんはそう言って躊躇う素振りを見せた。
「笑わないでほしいなら、笑わねえよ」
俺は答える。
「笑い飛ばしてほしいなら、思いっきり笑ってやるけどな」
「笑い飛ばす……」
梨夏ちゃんは俺の言葉に真剣な顔で考えこんだ。
「……ごめんなさい、まだ笑い飛ばせるところまではいかないかも」
「よし。じゃあ笑わない方向で行こう」
俺は頷いて腕を組む。
「聞くぜ。何があったのか」
「はい。ええと」
どこから話せばいいのかな、と呟いて梨夏ちゃんはまた口ごもる。
俺は何も言わず待った。
天然で真面目な梨夏ちゃんは、俺の軽口にいちいち真剣に反応して考えてくれるので、俺が何か口を挟むと一向に話が進まないことが分かったからだ。
話を聞くっていうのは、結構難しいな。
改めてそう思う。
ナンパモブをするのに、女の子の話を聞く必要はない。むしろ、女の子の話を全然聞かないことこそナンパモブの真骨頂と言えるかもしれない。
前回梨夏ちゃんと一緒に遊んだときだってそうだ。
あの時は、ほとんど俺が喋っていた。彼女はずっと、ふわふわと楽しそうに笑っていた。
その時の俺は、頭の中ではヒーローがいつ来るのかってことと、この店いくらかかるんだってことばかり考えて、口は脊髄と直結させて何も考えずに反射で適当なことばかり喋っていた。
だから、梨夏ちゃんが何を喋っていたのかもあまり覚えていない。覚えているのは、その楽しそうな笑顔と不器用な身のこなしくらいだ。
ああ、俺でも女の子をこんな笑顔にできるんだな、なんてそんなことを考えていた。
「ええと」
もう一度、梨夏ちゃんが言った。
「あのですね」
「うん」
そこに、ちょうどさっき俺がそうしようとしたように、公園を斜めに突っ切っていく通行人がいて、梨夏ちゃんははっとそちらを見た。
通行人のおっさんは、ベンチで泣いていたらしい女の子とその横に座るヤカラ風の男にちらりと奇異の視線を投げかけ、そのまま歩き去っていった。
その背中を見送った後で、梨夏ちゃんはうつむいて足元を見た。
「ええとですね」
またそう繰り返す。振出しに戻ってしまった。本題は一向に始まらない。
……さて、どうしたもんかな。
俺は真っ暗な空を見上げた。
街の明かりのせいで、星はほとんど見えない。たまに光っているのは、飛行機か人工衛星の明かりだ。
今日はビルの陰にでも隠れているのか、月もここからじゃ見付からなかった。
ここは、中途半端に静かなんだ。
俺はそう思った。
打ち明け話をするには、中途半端に静かで声が通るし、かといって全然人通りがないわけでもない。
話をするなら、どっちかに振り切った方がいい。
めちゃくちゃに静かか、ばかみたいに賑やかか、どっちかに。
よし。
「えっと……」
梨夏ちゃんがまた続きのない「えっと」を口にした時、俺はそれを遮るように言った。
「夕飯、もう食った?」
「え?」
俺の問いに、梨夏ちゃんは驚いたように顔を上げる。
「いえ、まだ……」
「それなら、飯でも食いながら話そうか」
俺が立ち上がると、梨夏ちゃんは真っ赤な目で困ったように俺を見上げた。
「でも、あの」
「俺がおごるからさ」
「いえ、だめです」
梨夏ちゃんは慌てたように首を振る。
「そういうわけにはいきません」
「ああ、でも勘違いしねえでくれよな」
俺は冗談めかして付け加えた。
「今日はナンパじゃねえからさ。この前みたいなくそ高い店には行かねえぜ。俺の生活レベルに合わせたきったねえ店に行くけど、それでも良ければって話だ」
その言葉が梨夏ちゃんの緊張を少しほぐしたようだった。
「……行ってみたいです」
おずおずと梨夏ちゃんは言った。
「さつきさんの行きつけの店」
「行きつけなんてかっこいいもんじゃねえよ。ただの激安チェーンの居酒屋だ」
「あの」
梨夏ちゃんは立ち上がった。
「でも、お金は私も出します」
「いくらでもねえって」
歩き出しながら、俺は言った。
「ほんとにそんな店だ。常連になったって店員がめんどくさそうな顔するだけなんだから」
俺のよく行く安い居酒屋は、相変わらず安い酒を求める安い客で溢れかえっていた。
どいつもこいつも安い酒を安いからってバカ飲みするせいで、安い頭がさらに安っぽくなって、話してるしょうもない安い話の安さに拍車がかかる。
安い酒は足じゃなくてまず耳に来るんだ。飲んでるうちにいきなり耳が遠くなる。だからみんな自然と声がでかくなる。
「いらっしゃいませぇ!」
だから店員の声もシャウトみたいになるし、客同士の声が重なり合って、隣の客でも何を話しているか分からない。
そういう店の小さい二人掛けの席に俺は梨夏ちゃんと身体を押し込んだ。
明かりの下で見る梨夏ちゃんは可愛かったけど、やっぱりどう見ても泣き腫らした顔をしていた。
「おう、兄ちゃん。彼女泣かせんなよ!」
便所に立ったおっさんが通りがかりにそう声を掛けていく。お前はさっきの俺か。
モブでもないのにモブの仕事するんじゃないよ。
「すみません」
梨夏ちゃんは恐縮した顔でうつむいた。
「私、今日こんな顔だから」
「いいのいいの」
俺はちらりと店を見まわす。
「この店、女が泣き出すのなんて日常茶飯事だから。別に誰も気にしないから大丈夫」
そう言って、端っこが折れてラミネートの剥がれかけたメニューを梨夏ちゃんに差し出す。
「何飲む?」
「ええと」
梨夏ちゃんの目はアルコールとソフトドリンクを行ったり来たりする。
「今日は、飲んでもいいですか」
「こないだだって飲んでたじゃんかよ」
そう言うと、梨夏ちゃんは恥ずかしそうな顔をした。
「そうですよね。私、お酒好きなんです」
「居酒屋なんだから、飲めばいいよ。あ、でも」
俺は大事なことを事前に伝えておく。
「こないだの店と同じつもりで飲むと、明日大変なことになるからそれだけは覚悟しといてくれよな」
「え? 大変なことですか?」
「安い酒は次の日に残るんだよ」
俺は一応声を潜めて言った。まあ店員に聞こえたところで気を悪くすることもないだろうが。
「だから、酒はこないだよりもゆっくりのペースで飲むこと。口を滑らかにする程度だ」
「はい」
梨夏ちゃんは少し安心したように頷く。
「じゃあ……生中で」
「おう」
俺は焼き鳥の大皿を持って通りがかった店員に声を掛ける。
「すみません、こっち生二つ」
「あいよ、生二つ!」
「生二つ!」
「生二つ!」
「生二つ!」
こだまのように店員たちが叫んでいく。きっとその中の誰かがビールを注いでくれるんだろう。
おしぼりで手を拭いている梨夏ちゃんの顔を見ていると、梨夏ちゃんも顔を上げてこっちを見た。
ちらりと照れたように笑う。
その顔に、胸がぐっと詰まる。
元気になってくれますように。
俺は思った。
それだけでいい。
どうかこの子が、元気になりますように。
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