第6話 やりすぎなチート馬車

「どうしよう」

急いで市場がやっている広場まで来たものの、広場全体に所狭しと商人たちが風呂敷を広げ、テントのようなものを立てていた。

用水路の右半分は食べ物を売る出店で、左は商品を売ってるらしい。

広場と言ってもそこまで大きなものじゃないため商人たちと、ものを買いに来た村人達で埋め尽くされていた。


幸いにもそこまで商人の数が多いわけでもないため、隅の方なら荷物をおけそうだ。

とは言っても本当に隅の方で人の流れがこっちの方までやってこない。


「考えても仕方ない、とりあえず開こう」

店の開き方は馬車の説明書に書いてあったから大丈夫だ。荷台を横に置いて幌の所を収納できるようになっている。

しかしこれがまあ難しかった。

初めて家族でキャンプに来て、ネットでテントの建て方を見たからと余裕こいて、いざ建ててみようとするも上手くいかなくてだんだんイライラが募ってくるお父さんみたいな感じだ。

何度も荷台の中で幌のしまい方を見返すが一向に上手くいかない。どうしよう、どうしよう。

もうそろそろ昼の時間を過ぎて帰る人もちらほら出てきた。


何度も挑戦してやっと行けた。

ようやく店を開ける、早く荷物を降ろそう。とりあえず、この馬車に入ってた荷物を全部出すか。

小麦に干し肉、これは多分ビールか?樽に入ってるからよく分からないな。小麦は重すぎるだろ、降ろすのに腰をいわすぞ。

それに胡椒となんだこれ──甘いな、多分これ砂糖だ。黒砂糖ってことかな?

胡椒と黒砂糖だけ袋が違うな、両手で抱えられるギリギリ位の袋に入ってる。それでも結構な量だ。


荷物を下ろしながら他の商人の仕事を見てるみる。

麻袋かなんかに入れて目測で値段決めてるな、なるほど。酒は樽ごと売っている、買っているのは酒屋の店主か?

買う方の値切り交渉で怒鳴りあってるし、大丈夫かあれ。

あと、ほとんどの商人はひとつの商品を専門的に売ってるようだ、俺こんなに色んなもの売ってもいいのか?

お、値切りは買う方が勝ったみたいだ。めちゃくちゃ嬉しそうな顔してる。



──やっと全部おろしおわった。人の流れないのにお客さん来てくれるのか?

あんな怒鳴りあいの値切りなんて俺無理かもしれない……



さっきからおじさんがこっちの様子伺ってるけど、何してるんだろうか。すっごいニヤけてるけど。

こっち来た。

「よう、もうやってるのかい?」

「ど、どうもいらっしゃいませ。はい、いま始めました」

「遅くからきて必死に焦って始めたみたいだな。大丈夫か?」

心配して見てくれてたのか?このおじさん。

「いや、全然大丈夫じゃないです。今日売らないとやばいんですけどね。ははは……」

「そうみたいだな、どうだここでワシが買ってやるから、安くしな」

なるほど、そうゆう魂胆か。焦ってるから安く買えると思ってずっとこっちを見てたのか。


……そうなんだよ。その通りだよ。なんでもいいから売らないと、宿の代金払えなくて罰をもらうみたいでビビってるんだよ。

「安くしろですか、一応こっちも商売なんでね……ま、まあ考えなくもないですけどね」

「あんた話わかるな。ちょっとその小麦を買いたいんだけど、いくら位で売ってくれるんだ?」

「どのくらい必要ですか?」

「んーまあとりあえず、その袋くらいの量ひとつ分でいいよ」

おじさんが刺した方向の袋って言うと、この胡椒が入ってるやつか。

とりあえず荷台の中から取り出すフリしてそれと同じくらいの袋を出す。 何も無いところからものが出せるってバレたらさすがにやばいよな。

1回その袋に小麦を入れてみたけど、これって何キロあるんだ? 持っただけで重さ分かるほどプロじゃないよ。


え? 急にメニュー画面が開いた。15キロ? なんだ15キロって……もしかしてこの小麦ひと袋で15キロってことか?

なんだその機能、説明書に書いてなかったぞ。優秀過ぎないか? この馬車くん。


さて、小麦15キロをいくらで売るかだよな。

前世だとあの花の模様の小麦粉が1キロで300円か400円くらいだよな。てことは15キロで6000円くらい?

銅貨1枚で100円って考えると60枚、だから銀貨1枚と銅貨10枚だ。

「えっと、銀貨1枚と銅貨10枚くらいになります」

「は?銀貨1枚銅貨10枚?」

しまった、ぼりすぎたか。小麦を小麦粉にする手間もあるし、しかもあれは店頭価格だ。間違えた、同じ値段は強気なんてものじゃないやりすぎた。

「客を馬鹿に馬鹿にしすぎだ、あんた」

「すみません、ちょっと高すぎましたよね。お安くしますんで」

「は? 高すぎる? おいおいちょっと冗談がすぎるぞ。高いんじゃなくて……安すぎるんだよ!!」

……へ?

「いくら今小麦がちょっと安くなってきたからと言ってその量だったら銀貨6枚いや8枚はくだらないぞ。焦ってるんだろうけどやりすぎだ、ほんとはいくらなんだよ」

え、安すぎる? そんなわけない、ただの小麦だぞ? この馬車だから元値は0で、しかも前世はこの小麦を粉にして400円。


いやまてよ。この世界はまだ全然発展してないのか。てことは収穫量も少ないからその分高いのか?

銀貨6枚って言った値段の5倍だよな……ほんとにその値段で小麦売られてるのか?

「すみません、間違えました。やっぱり銀貨4枚です」

「おい、もう冗談は分かったって。結局いくらなんだ」

「これは本当です。ちょっと安いところから大量に仕入れてるんでこの値段で大丈夫なんです」

さすがに元値0で、遠い距離運んでるわけでもなく、しかも市場に遅れてきて昼くらいに始めてるやつがただの小麦で銀貨6枚、約3万円取るのは無理だ。良心が痛みすぎる。2万円でも申し訳なさ過ぎて苦しいんだ。

「マジなのか?」

「本当マジです」

「マジなんだな。男に二言は無いよな」

「ありません」

「よし、分かった。その倍の小麦を銀貨5枚で買おう」


30キロの小麦を2万5000円……1週間夜ご飯付きの宿と同じ値段だぞ。

だめだ俺の呵責が俺を殺そうとしてくる。苦しい。

最初は値切ってやろうと意気揚々と来たのに安すぎて、 逆にこっちを心配してくるおじさんのその目が苦しいよ。

この小麦、このチート馬車のおかげでタダなんだよ!!


「あ、あ、ありがとうございます」

「本当にいいんだな? 後で返せって言われても返さないからな?」

「いいんです、いいんです」


そこからは凄かった。

そのおじさんと俺のやり取りを見ていた他の客が「俺もその値段で買っていいか?」と聞きに来て、同じ値段で売ったらどんどん人が来た。人が人を呼んで売れまくっていく。しかも小麦は荷台から取り出すフリしていくらでも出せてしまう。一気に30キロ買って行ったのは最初のおじさんだけだったが、みんな10キロ単位で買っていった。


最後は自分の良心が悲鳴をあげて気絶しそうになったから終わりにした。

最終的に3時間くらいで銀貨が300枚くらいになってしまった。ちなみに銀貨100枚で金貨が1枚だと、小麦を買っていった村人から教えてもらった。金貨1枚50万円か。誰も金貨なんて持ってないから銀貨の山になってしまった。

みんなおかしくなっちゃって、明らかに荷台より多くの小麦売ってたのに誰も気にしなかった。


ふふっ、いくら良心が痛むって言ってもこれだけで150万円かどうしてもにやけてしまう。

そろそろ宿に戻るか。これでちゃんと宿のお金が払えるな。


「ふざけるな!!」

突然1人の男が俺の荷台を蹴った。


……え?おれ?

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