第7話 粉挽き屋
「ふざけるな!!」
突然キレられ、馬車を蹴られてめちゃくちゃビビった。
誰だこの人。
「なんでしょうか?」
「ふざけるなよお前。なんでそんなに飄々として普通に帰ろうとしてんだよ。謝れよ!」
よく見たらこの人この広場の真ん中を陣取ってた商人のうちのひとりじゃないか? なんでこんなに怒ってるんだ?
「どうしたんですか? なにか失礼なことしましたでしょうか?」
「謝れよてめぇ!」
「謝れと言われても、なにが悪かったの分からなくて。私がなにかしてしまいましたか?」
急に怒鳴られても分からない。というか普通に怖い。どうしたんだろうか?
「いいか? こっちは日が昇る前にここに来て1番いい場所をとって商売してんだよ。それがお前はよ、昼くらいに来て、どうやってるかは知らねーがよ、めちゃくちゃ安く小麦を売って客集めてよ! 客は俺に、やっぱりあっちで買うから返すって行ってくるんだぞ。分かるか? この屈辱が。辛さが。安く仕入れようとして必死に頭下げて交渉して、魔物に襲われるかもしれないって、妻も子供もいるのにそんな危険に耐えながら1週間かけてこの村に来て商売をやってるこの気持ちが! わかるか? なあ、わかるか? ものが売れなきゃ死ぬんだよ、俺も、妻も、子供も、みんな死ぬんだよ」
「……すみません」
「ふざけるなよ……急に来て荒らしやがって、なめんじゃねぇよ」
「すみませんでした」
なにも言い返せない。なにも言えない。俺にはそんな責任をもってやってたわけじゃないし、苦労もしてない。
帰り道は何も考えられなかった。いや、言われたことで頭がいっぱいで考えられなかった。
「カイオー、ちょっと帰り道分からないや、連れてってくれないか?」
賢いな、カイオーは。力強く引っ張ってくれて。
……はあ
「おい、おっさん。また声に出てるぞ、市場どうだった?ちょっとは売れたか?」
気づいたら御者台の横を歩いているアイク。昨日のことを怒る気も起きない。
「売れたよ、ものすごくな。売れすぎたよ」
「売れたなら良かったんじゃねーの? なんでそんなにしょぼくれてるんだ? おっさん」
「売れなくてもダメだし売れすぎてもダメって、難しいな商売は」
仕事って生きるためにやってるんだよな……
前世は仕事なんてしなくても生きていけたもんな、甘かったんだな。
「売れすぎるののなにがダメなんだ?」
「その通りだな。ワシからしたらものをより売った人間が偉くて売れなかった時点で負けなんだよ」
「うわっ! びっくりしたな。なんだあんたかよ、何しに来たんだ」
また気づいたら横に人がいる。今度は市場で最初に小麦を買ったおじさんだ。
「そんな目をするのは、よせよアイク。ワシはこいつが大丈夫か見に来ただけだ」
「おっさん、こいつが昨日言った粉挽き屋の奴だ。なんか嫌なことされなかったか?」
この人がそうなのか。村の嫌われ者の粉挽き屋、別に普通のおじさんだけどな。宿屋のおじさんよりは若いのに一人称がワシなだけで。
「いや、何もされなかったぞ。普通に商品を買ってくれただけだ」
「そんなわけないだろ。こいつはいつも商品を値切るだけ値切って買うし、ケチの名はこいつのためにあるってくらいケチだから市場で厄介者扱いされてるんだぞ?」
確かに最初はそんな感じしたけど、買う時はすごい優しくなってたぞ?そんなケチな人とは思えなかったけどな。
「言い過ぎだアイク。ワシはケチなんじゃない倹約家なだけだ、悪いことはひとつもやってない」
「うるさい。粉を挽くときに質のいいものを悪いものに変えてる癖に、なにが悪いことやってないだ」
それは酷くないか? 領主から得た特権で詐欺してるのかよ。
「それは何度も説明したろ。いい麦も粉にしたらちょっと質が悪くなってしまうんだよ。それにワシはこやつがほかの商人にボロくそ言われてたから慰めにきたんだぞ?」
「そうなのか? おっさん」
「あ、ああ。ちょっとな」
もとからある生態系をぶち壊して我が物顔する外来種みたいなことやってしまったな。本当に申し訳ないことしたよな。
「悪いことなんてひとつもやってないぞ、こいつは。ただ商人として1番いい仕事をしただけだ」
「じゃあなんでおっさんがほかの商人にボロくそ言われるんだよ!」
「うーんそれはな、こいつが常識ってもんを知らなかっただけだ。初めてきた商人がいつもの市場を荒らしに荒らして帰るから怒ったんだろう」
ぐうの音も出ない。
「まだその仕事始めたばっかりだろ、商人」
「そうです。本当に最近始めて」
「お前は面白そうだ、ワシがちょっと商売を教えてやろう。知識がなきゃ今日みたいなことはいくらでも起こるし、下手したら殺されるぞ」
「殺される!?」
「大袈裟じゃないぞ、商人にも生活がかかってるんだそれにもっと大きい街に行ったら商人をまとめてるようなやつがいる。そうゆうやつらはシマを荒らされるのを嫌うからな」
ふざけてるわけじゃなさそうだ。本当に殺されることがあるのか。
「あんた、急に来てそんなこと信用出来るわけないだろ。おっさんも困ってるぞ」
「知らなくても困らないって言うなら別にいいんだ。ワシは面白そうな奴だから教えてやろうって言ってるだけだ」
「……」
「ま、ワシはだいたい自分の家にいるからな。気になったら昼前くらいに水車のところに来な。じゃあな」
「あっ……」
どうしよう。確かに俺は新米も新米、こんなこと頻繁に起こるかもしれない。でも、あんな評判悪い人に教わるのか?そもそも本当に教えてくれるのか?
「どうすんだ、おっさん。あいつはケチでムカつくけど知識だけはあるんだってよ。たまに村長があいつのとこに相談にいくらしい」
「行くよ。あの人が言ってたことは事実だ。知識がないのに商売は出来ない。行く」
「そうか! じゃあオレも行くぜ」
「別に商売するわけじゃないんだろ?それに仕事は?」
「冒険者になるんだから知っといて損はないだろ。それに面白そうだし。仕事はまあ大丈夫さ」
また囮にされるのか? いや、アイクの家に行かなきゃ大丈夫か。1人はちょっと怖かったしちょうどいい。
「じゃあまた明日な!」
アイクはそう言って直ぐに行ってしまった。
宿がもうすぐそこだった。
あのおじさん、市場の時はずっと驚きっぱなしで表情豊かだったのに今は冷静な感じになってたな。本当は冷静な人なんだろうな。
「今日はちゃんと起きれた。……じゃあ行くか」
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