第3話 アロー村

「なんだよこのパン。おっさん」

「なんだよ、まずいなら捨てていいって言ったろ?」

「違う、美味すぎる。これはパンなんて名乗っていいもんじゃない、全く別ものじゃねぇか。美味い、美味すぎるなんなんだこれ」


そんなに違うものなのか? たかがパンだぞ。

でも反応が違いすぎる。パンをしゃぶりついて食べてる人間なんて初めて見た、明らかに目立ってる。やばいな絶対めんどくさいことになる。

「ま、まぁ最近俺の国で流行っているパンだ。美味しいと思うけどそこまで違うものじゃないだろ?」

「全く違うよ普段オレらが食ってるようなパンとは。パンって言えばもっとボソボソで酸っぱくて硬くて。兎に角こんなに美味いパン初めて食ったよ。もっとくれおっさん!」

「い、いやーもうそれで国から持ってきたのは最後かなー?」

「ほんとか?」

「本当だよ。じゃ、じゃあちょっともう行かなきゃだから」

だめだ急いで宿に行こう。こいつの声が大きすぎて周りの大人までこっちに来そうだ。

「カイオーちょっとだけ急いで行ってくれるか?」

そう言うとカイオーはちょっとだけスピードを速めて宿まで向かってくれる。

初めて聞く蹄で石畳を鳴らす音が心地よかった。


急いで風車の近くの宿まで来て、ウマをつなぎ止めて置けるような(厩舎って言うのか?)ところにカイオーを繋ぎ、他にも荷台がいくつか並んでるところに自分のも置いて置いた。

緊張しながら宿に入って、そこにいるおじさんに話しかけてみる。

「あのー泊まりたいんですけど」

「普通部屋1週間夜ご飯付きで銀貨3枚特部屋1週間夜ご飯付きで銀貨5枚だよ」

いくらかはよく分からんけど、カバンの中に何枚か入ってたはずだし大丈夫か。価値とかはよく分からんがまあこれから商売で稼ぐ、大丈夫なはずだ。

「ちょっと、お客さんどうするんだ?早くしてくれ」

「すみません。じゃあ特部屋でお願いします」

「わかった、じゃあここに手を乗せて」

「なんですか? これ」

「契約の水晶だよ、商人のくせに見たことないのか?」

「ごめんなさい、結構遠くから来たもので詳しくないんですよ」

「ほんとに商人かあんた。いいか、これは契約の水晶と言ってなにか取引をする時に互いの魔力を使って契約をするんだ。これさえ使っていれば契約違反をしたら何らかの罰があって、金額や内容の重要度によって罰の重さは変わる。商人ならこのくらい知っときな」

おっさんで新米行商人は変だしそりゃ怪しまれるな。一瞬ドキッとしたが大丈夫か?

それに魔力、この世界には魔法があるのか?なんだそれそんなの漫画だけの世界じゃないのか。

「魔力ですか?」

「ああ、魔力だ。なんでもいいから早くしてくれ、後ろがつかえてるんだ」

「ごめんなさい、これでいいですか?」

水晶に手をかざすとほのかに光がともって消えた。

魔力、魔力か。俺にもそれがあるって事か。

「じゃあ階段を登って突き当たりの右側の部屋だ。料金は1週間後払ってくれ、さらに泊まるなら支払ったあとまた言ってくれ。馬は世話しといてやるから安心しな。じゃあよろしくな」

「はい。よろしくお願いします……」


ぼーっとしながら部屋に向かう。

魔法か、あるよな。だってあんな摩訶不可思議な馬車があるくらいだもんな。

知らないもの、知らない世界。

だめだ何も考えられない。あの契約水晶を使えたってことは俺にも魔力があるはずだ。魔法があってこの風景、時代も全く違う…。

そうか知らない世界に来たんだな。

「いせかい、異世界か」

口に出すのと実感するのでは違うな。





何故か涙が出てくる。なんでだろうか、前世に未練なんてあるはずもない。残してきたものがある訳じゃない。けど前世で自分を知っていた人間がいなくなって、前世なんて全部嘘だったんじゃないかと思えるくらいあっさり無くなってしまって。自分のことを知っている人がだれも居ないこの孤独な世界に1人っていうこの状況に、心の整理が追いつかない。どうしよう。

──だめだ涙が止まらない、もうそんな歳じゃないだろ俺。

ショッピングモールで母親と離れて迷子になった子供のように泣いた。

知らないもの、知らない人間。知ってる人がいなくなる不安。

いくら止めようとしても溢れる涙としゃっくりを枕で止めようとして、気がついたらこの日は寝ていた。


よく寝れずに日が昇るまで前に起きてしまった。

目は真っ赤だろうな、枕も湿ってるし。この歳にして泣いてしまったな、恥ずかしい。

ホームシックみたいなものだろうか。昨日は突然涙が出てきてしまった。

俯くのはこれでやめよう。気にしても仕方ない。結局俺は今この世界にいて戻れる訳じゃないんだ。逆に考えよう、好都合じゃないか。誰も俺の事を知らない世界ってことは思ったように、好きなように生きれるってことだ。

何も知らない、誰も俺の事を知らないこの世界を旅しよう、好きなように生きよう。



よし商売の時間だ。労働は神から頂いた祝福なんて誰が言ったんだか、ずっと働きたくないって思っていたけど環境が変われば気持ちも変わるものだな。やる気に満ち満ちてる。


「おはようございます。この村で商いをするにはどうすればいいんでしょう?」

「ああ、おはよう。それなら週に1度、広場で市場があるからそこでやるのがこの村では普通だな」

「なるほど、ありがとうございます」

せっかくやる気出したのにできるのは明日なのか。

空いた今日1日なにしようか。

「やることないんだろ、せっかくだったらこの村をまわってみたらどうだ」

それはいいかもしれない。

「確かにそうですね、ありがとうございます」

この村の、この世界の雰囲気を感じてみようかな。

その前に、腹に何かを入れなくては始まらないな。 昨日は夜食べなかったし、結構お腹が減っている。

景色のいいところで朝飯を食うか。


──いざ外に出てみたら冷静になった。

昨日のパンであんなに言われたんだし外で食べてたら何言われるか分からないな。残念だけど荷台の中で朝飯を食うか。


この世界に来て初めての朝食何を食べようか。

馬車がチート過ぎて、米出したら今度は炊飯器も出せる、電気はポータブル電源がある。ペットボトルのジュースも出せるし多分この中で一生暮らせるんじゃないかな。

でも、こんな街中で米を炊いたらやばいよな。ってことはやっぱりあれだな。

食パン出して、新鮮なレタスにハム。たまご焼きたいところだけどちょっと難しいから断念してトマト。その上にマヨネーズをかけて完成。普通のサンドイッチだ。

明日はツナマヨサンドイッチにしよう。

あとは食すだけ。

「いただきます」


美味い!

結局こうゆうサンドイッチを朝に食べるのが1番美味い。

あのころはなかなか手を出せなかった有機野菜にちょっと厚く切ったハム。だからといってパンを生食パンのようなお高く止まったパンにするのではなくこの16枚切り食パンを使う。耳を切らない貧乏性は治らないがそれでも美味い。

大満足だ」


「なあおっさん何独り言ブツブツ言ってるんだ、怖いぞ。それに美味そうなもの食ってるじゃねぇか」

「うおっ、びっくりするじゃないか……なんだ昨日のやつか。ただ朝飯を食べてただけだ」

荷台のヘリに体を乗せて昨日の子供がこっちを見てる。

まずいな、絶対にめちゃくちゃたかられる。

「くれよ、それ」

「だめだ、これは俺の朝飯だ。それにお前も家で食べたただろ?」

「食ったけどそれ見てたら腹減っちまってさ。ちょっとでいいからくれ」

突っぱねるか? いや、諦めよう。こうゆうガキと高校の頃仲良かったから分かる。1度興味を引くと満足するまでしつこいんだ。

「なら代わりにこの村を案内してくれ。初めて来たから見てみたいんだ」

「話が分かるじゃねぇか、そのくらいなら全然いいぜ。ほら早くくれよ」

「あと知らないことが結構あるからそれも教えてくれ。それにこれを食べたことは誰にも言うんじゃないぞ」

「分かったから早く。さ、さ、さぁ。」

まあ誰かに聞きながら回ろうと思ってたからちょうどいいか。

昼にでも食べようと思ってたサンドイッチだけど。

「うめぇー!! やっぱりめちゃくちゃうめぇなこれ、おっさん」

「お兄さんと呼べ。自分で言うのはいいが人に言われるのはだめだ」

「わーったよ、おっs…お兄さん。それにしてもこれ美味いな、良かったぜ昨日のうちに目星つけといて。うめぇ、うめぇ」


昨日たかられた時点ですでにダメだったか……

しょうがないからこいつに飯を食わせて、この村をぐるっと回ろう。結構広いから全部回ったら1日かかるかな。


「なあお前なんて名前だ?」

「言ってなかったっけ?オレはアイクって言うんだ、歳は10歳。まあせいぜいこの村を案内してやるから着いてきな。お兄さんはなんて名前なんだ?」

「分かった、アイクだな。案内頼むよ。俺のことは好きに呼べ、お兄さんでいい。もう食べ終わるならそろそろ行こうか」

この世界の俺の名前か……後で考えよう。

「うぉし、いごぅぉ」

口にめいっぱいサンドイッチを詰め込んでいるアイクとこの街を歩き始める。結構楽しみだ。

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