order46.ブレンドコーヒーと想い

魔王の継承が終わって数日後の深夜。

外は雨が降っていて、少しだけ肌寒い。

店の扉にはすでに「CLOSE」の看板がかけられている。

窓から店の中を見ると、店の中には一人しかおらず、その人物はただカウンターに座ってのんびりとコーヒーを飲んでいるようだ。

その店に一人、ローブをかぶった人物が歩いてくるのが見える。



マスターはカウンターに座って、一人コーヒーを楽しんでいる。

柚乃やイロナは先に家に帰した後で一人のんびりした時間を楽しんでいるようだ。

そして誰に言うわけでもなく、呟くように話す。


「本当に色々あったなぁ。人間も魔族も誰もこの店に来なくなったときは、流石にこの店は続けれないかも……と思ったけど、どうにかなった。」


そしてコーヒーを飲んで一息つく。

すると、扉をノックする音が聞こえた。


「誰だろ?勇者さんとか魔王さんなら連絡くれるはずなんだけど」


そう言いながら、扉を開く。


「すみません、すでに営業終わってるのですが……」

「こんばんは、マスター。一杯だけ駄目かい?」

「……ゆずさん。いいですよ、どうぞ」


扉の前にはローブをかぶったゆずが立っていた。

マスターはゆずを店の中に迎え入れた。


マスターは乾いたタオルを渡しながら、ゆずに尋ねる。


「こんな時間にどうしたんですか?」

「いや、どうしてもこの店のコーヒーを飲みたくてね」

「嬉しいですけど、ちゃんと次からは開店時間に来てくださいよ」

「大丈夫。次からはちゃんとした時間に来るから」


そう言いながら、ゆずはカウンターに座る。

マスターはゆずに尋ねる。


「で、どの種類のコーヒーを?」

「この店にブレンドコーヒーは無いのかい?」

「ありますよ。では準備しますね」

「あと、マスター自身の分も用意してね。二人でのんびり飲もうよ」

「……せっかくなので。お言葉に甘えて」


マスターはコーヒーを準備する。

その間、ゆずは一言も話さない。

マスターもゆずの邪魔をしたくないのか、何も話すネタがないのか全く話しかけなかった。

そしてコーヒーが出来上がる。


「ブレンドコーヒーお待ち」


マスターは二つのカップのうち、一つをゆずに渡す。

そしてもう一つを自分自身のところに置いた。


「いただきます」


ゆずはそう小さく言うと、コーヒーのカップを顔に近づける。

そして匂いを楽しんでから、スッと口元に持っていって一口飲む。


「……とってもおいしい。酸味が少なめで苦味が少し強いけど、嫌な感じじゃない」

「ありがとうございます。まぁ、一応私の自慢の一杯ということで」


そう言うと、マスターはカウンターに立ちながらコーヒーを飲む。

そしておいしかったのか、頷く。


ゆずはコーヒーのカップをソーサーにおいて、マスターに話しかける。


「なぁマスター。直近で何か大変なこととか起こらなかったか?」

「そうですね……色々ありました」

「どんなことがあったんだ?」

「それがですね……」


マスターは魔王の継承で起こったことを話し始める。

魔王の継承前に人間が飛ばされて魔界に来てしまったこと、そのせいで魔界や人間界が一触即発になったこと、色々な人の助けでどうにか戦いにはならなかったこと、結局四天王のダズが犯人だったこと、そして魔王がそのまま魔王を続けることになったこと……すべてを話した。


マスターが話している間、ゆずは相槌を打ちつつ話を聞き続ける。


「結局、魔王さんが引き続きでやることになったんですけど……ホント大変でした」

「なるほど……結局戦争にはならなかったわけだ」

「そうですね。これもトリアさん、サーシャさん、勇者さん、魔王さん……色々な人が頑張ったからだと思います」


マスターの言葉にゆずは首を振りながら否定する。


「マスター……今回の戦争が止まったのは、マスターとこの店があったからだと思うよ」

「そんなことないですよ。私は何もしていません。実際に動いたのはここに来てくださる皆さんですよ」

「それはそう。でも、みんなここに集まって情報を交換できたからこそ、色々動けたわけでしょ?」

「まぁ、そうかもしれませんね」


マスターはポリポリと頬をかきながら答える。

ゆずはマスターに問いかける。


「どうして、この店に集まる人はみんな助け合おうとするの? 今回の件も、魔族や人間という種族を超えて助けているように感じたけど」

「そうですね……私には正直にいってわからないです」


マスターは一呼吸おいて話を続ける。


「でも、この喫茶でおいしいご飯とか飲み物とかを楽しんでくれることで、みんなが持っている優しさが増幅して、その溢れた分で色々回っているだけかも。ゆずさんも、以前イロナちゃんのご両親を助けて下さいましたよね?」

「……」


ゆずは黙る。その時のことを思い出しているようだ。

そして少し考えてから口を開く。


「そうだな。確かにまたおいしいご飯を食べたいという気持ちと柚乃ちゃんへの気持ちで、あの件は手を差し伸べてしまったな」


そう言うと、ゆずはコーヒーを少し飲んでマスターに聞く。


「マスター、ちょっと私の話を聞いてもらっていいか?」

「もちろん」


マスターもコーヒーを飲みながら答える。

そしてゆずは目を閉じ、何かを思い出しながら、ゆっくりと話しを始めた。


「マスター……実は私はこの異世界に来てから、魔族も人間も助けるのに疲れてしまったんだ。私は異世界転生してどんな病気でも治せる技術を手に入れた。イロナちゃんのご両親を助けた力だね。この力で数多くの魔族も人間も助けたよ……でもね……」


ゆずは目を開く。目には涙がたまっているように見えた。


「魔族も人間も助けた命で戦争を始めた。せっかく助けた命なのに戦争で死んでいく。私は魔族も人間も、何のために必死に助けたのかわからなくなってしまった」

「……」


マスターは一言も発しない。

ゆずはマスターの方を見ずに宙を見ながら話す。


「私は……戦争が嫌いだ。だから人間か魔族、どちらかでこの世界を統一すればこの世界はより良くなると思って、色々な人物や道具を使って頑張ってみた。でもね……結局うまくいかなかった。どっちも人間と魔族が手を取り合って、この世界を守ったんだよ」


ゆずはカップに入ったコーヒーをすべて飲み干す。

マスターはゆずにどのように声をかければよいか悩んでいるようだ。

そしてマスターはゆずに声をかけた。


「ゆずさん……僕にはゆずさんの辛さや葛藤は理解しきれるものじゃないです。だからこそ僕が今、言えるのは……」


マスターは一度話しを止める。

ゆずは途中で話を止めたマスターの方を見る。

マスターは自分の方を振り向いてくれたゆずにニコッとしてから話しかける。


「しんどくなったら、すぐにこの店のコーヒーを飲みに来てください。そして僕と一緒に悩みましょう。そこからゆっくりと進むべき方向を決めればいいと思います」

「……そうだね。そうさせてもらおうかな。マスター、ブレンドコーヒーのお代わりを」

「了解です。少々お待ちを」


マスターはゆずの空になったコーヒーカップを受け取り、新しくコーヒーを準備しに行った。


ここは、どのような想いも受け止める喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような悩める方がいらっしゃるのでしょうか。

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