order45.クッキーと就任

勇者がベアトリクスに引きずられて帰った日から数日後の夜。

いつもなら夜営業しているはずの喫茶「ゆずみち」の玄関扉には「CLOSE」の文字が。

ただ、店の中からは光が漏れている。

店の中をよく見ると、三人が談笑していた。


「はい、アメリカンコーヒーとオレンジジュース」

「マスターありがとう」

「マスター様、ありがとうございます」


カウンターには魔王とアリスが座っていて、いつものメニューを頼んでいる。

マスターはカウンターで自分の分のコーヒーを飲む。

店が閉まっているためか、マスターもかなりリラックスしている。

そして魔王はマスターの方を見て話しかける。


「ごめんなさいね。無理言ってお店を貸し切りにしてもらって。あまりにも忙しすぎて、どうしてもゆっくりしたかったの」

「いえいえ、それよりも……魔王再就任おめでとうございます」

「ありがとう。でも、ちょっぴり本音は魔王やめたかったかも」

「ふざけないでください。魔王様がいないと魔界がちゃんと回らないので」


アリスはオレンジジュースのストローを回しながら、答える。

魔王は少し膨れながら反論する。


「私がいなくてもアリスがいるんだから回るわよ。私もそろそろ隠居したいの」

「許しません。また人間と争う日々が良いのなら引退しても結構ですよ」


魔王はアリスの反論を聞いていい考えが思いついたのか、アリスに尋ねる。


「戦うのは嫌だなぁ……のんびりするだけっていう役職作ってくれない?」

「お断りします。何なら倍の仕事をする役職をお作りしましょうか?」

「わーん。マスター、何とか言ってやってよ」


魔王はアリスに口では勝てないと思ったのか、マスターに助けを求める。

マスターは少し困りながらもアリスに話す。


「もし魔王さんがやめるってなったらこの店に連絡を頂戴。見つけ次第、そっちに運ぶから」

「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いしますね!」

「マスターも……ひどい!!!」


魔王はプクーと顔を膨らませる。

その様子を見ていたマスターとアリスは見合わせて、声をあげて笑う。

そしてマスターは魔王に話しかける。


「魔王さん、もちろん冗談ですよ。ぜひ、引退したらこの店に来てください。でもまだまだ先のお話だと思いますけどね」

「わーん。早く魔王の肩書を捨てて、毎日この店にこのコーヒーを飲みに来たいよー」


そう言いながら、魔王はアメリカンコーヒーを一口飲み、ふぅとため息をついた。

ふと、マスターは何かを思い出したのか、カウンター奥に行く。

そして平たい皿に何かを山盛り積んで持って来た。


「これ一緒に食べません?クッキーっていうお菓子なんですけど」

「くっきー?」

「クッキーです。柚乃とおやつを作ろうと思って一緒に作ったのですが……調子に乗ってたくさん作ってしまったので、もしよかったら」


平たいお皿の上には様々なクッキーが乗っていた。

形はシンプルな星形や丸のほかに動物をかたどったものなどがあり、色も単純な黄金色の物と、ココアパウダーでも入れたのか、黒っぽいものがある。


魔王とアリスは恐る恐るクッキーを一つつまんで、口に入れた。

そして二人とも笑顔になる。


「おいしいわ!!バターの香りがすごくよく出てて、甘みも程よいから何枚でも食べれそう!」

「そうですね!これまで焼き菓子を魔界でも色々食べてきましたけど、ここまで完成度が高いものは無いと思います!」


魔王とアリスは我先にとクッキーをパクパク食べ続ける。

その様子をマスターは少し苦笑しながら、自分も時々食べていた。


そして数分後にはお皿の上には何も残っていない状況になった。


「ご馳走様。とってもおいしかったわ」

「マスター様、柚乃様においしかった旨、お伝えしておいてくださいませ」

「あいよ。ここまでおいしそうに食べてくれたなら、作ったかいがあったよ」


マスターはお皿を片づけながら話す。

お腹が少し満たされたのか、魔王は再びゆっくりとアメリカンコーヒーを飲んでいる。

そしてふとマスターに話しかける。


「マスター……今回の色々な一件、結局誰の仕業だったと思う?」


マスターは、不思議そうな顔をしながら返事をする。


「誰って……結局四天王のダズっていう人だったんでしょ?」

「そうね。確かに企てた馬鹿はダズで間違いないと思う」

「じゃあ、それでいいじゃない」

「ううん、一つだけおかしい点があるのよ」


魔王は頬杖をついて話す。


「誰が、どうやって、人間の奴らを魔界までワープさせたのかってところよ」

「それもダズが……」


マスターの発言をアリスが途中でとめる。


「マスター様、それはあり得ないのです。そもそもダズがワープの魔法を使えないので」

「じゃあ、ダズの配下とか?」


その答えに魔王は首を振る。


「確かにダズの配下でワープをつかえる術者はいる。でもね……十数人を誰にも気づかれず、一斉に魔界に飛ばすのは、私をもってしてもほぼ不可能よ」

「そう……なのか?」


マスターは魔王でもできないということにかなり驚いているようだ。


「十数人を一斉に飛ばすことはできる。でも、魔方陣がほぼ必須。それを人間の訓練所の兵士の誰にもばれずにするなんて、私には無理よ」

「……」


マスターは唖然としている。

そうすると、誰ができるのか……


「因みに、人間側のメンバーにも聞いたけど、人間の中でも不審なやつはいなかったそうよ」

「それじゃあ、どうやって」

「それだけが今回の一連の事件で不思議なところなのよ……まぁ、ダズが主犯格ってことでつるし上げることができたから、私としてはもう満足だけどね」


魔王はアメリカンコーヒーを飲み切った。


「そんな湿っぽい話はやめ!マスター、お代わり頂戴!!」

「あいよ。ちょいとお待ちを」


そう言うと、マスターはいつものにこやかな顔に戻って、魔王のアメリカンコーヒーを作り始めた。


ここは、魔王の最高の休憩場所である喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのようなお話を聞くことができるのでしょうか。

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