order42.エビドリアと音声

勇者が何かを思いついてから数日後。

天気は大雨で風も吹いているためとても荒れている。

こんな日だと喫茶「ゆずみち」はほぼ休業状態のはずだが、店内から叫び声のような声が上がっていた。


「ほんと、あいつは最低よ!……マスター、ちゃんと聞いてる!?」


女性の顔は真っ赤ではあるが、ろれつはまわっている。

ただ、座っているカウンター席はかなりの量のお酒の瓶が並んでいた。

ざっと数えても10本以上は確実にある。

それにもかかわらず、カウンターにはグラス一つしかない。

マスターはコップに水を入れ、女性にそのコップを渡しながら、ゆっくりと話しかける。


「サーシャさん、ちゃんと聞いてますよ。とりあえず、飲む量を減らしませんか?それだけ飲んだら体に悪いですし」

「良いのよ!魔族に生まれ変わってから酔っぱらうことなんてなくなったし!」


普段は自分が異世界転生側であることを隠しているにもかかわらず、今は隠さずに話している。

よく見るとサーシャの頭を右、左と振り子のように揺れている。

その様子を見たマスターは大きくため息をついて呟く。


「サーシャさん、お酒に酔うと面倒なタイプか……」

「マスター、何か言った?」

「いえいえ。こちらの話です」


マスターがそう答えている間にもサーシャは自分のグラスに瓶からドボドボとお酒を注ぐ。お酒の色を見ると赤色であるように見えるので赤ワインのようだ。そして、マスターに尋ねる。


「マスター、お酒にあうご飯を持ってきて!大至急!!!」

「サーシャさん、ここは居酒屋じゃないですし、おつまみとかはないですよ」

「何かあるでしょ!早く!!」


マスターは少し考え、メニューを決めて話しかける。

「サーシャさん、少しお時間頂きますけどよろしいでしょうか?」

「良いよ。お酒飲んで待ってるから」


そう言いながらサーシャはグラスに入ったお酒を一気に飲み干す。

そしてマスターはカウンター奥の厨房で料理を作り始めた。


マスターがいない間、掃除をしていた柚乃がサーシャの話し相手になっていた。

柚乃の盛り上げ上手が功を奏したのかサーシャは機嫌よく話しをしているようだ。

そして15分後、マスターはご飯を持って現れた。


「はい、チーズたっぷりのエビドリアお待ち!柚乃ちゃんもどうぞ」

マスターが持って来たエビドリアは円形のお皿で作られているタイプの物だった。

チーズたっぷりと言っただけあって、見える範囲すべてチーズに覆われていた。

出来立てなのか、上にかけられたチーズはいい感じにとろけている。


「さすがマスター!お腹減ってたからちょうどよかったわ。頂きまーす」

「わ~い。頂きます~」


柚乃とサーシャはさっそく食べ始める。見た目で熱いのがわかるためか、二人ともスプーンで一口分すくってから、ふーふーしてゆっくりと食べている。


「熱っ!……うん、チーズが溶けているのと、そこに隠れたエビとごはんが合い過ぎ。最高だね!!」

「はふはふ……この少し焦げたチーズがたまりません~」


柚乃もサーシャもどんどんドリアを食べていく。

がっつり食べている様子を見たマスターは少し嬉しそうだ。

そして、ずっと気になっていたことをマスターがサーシャに尋ねる。


「サーシャさん、食べながらで教えてほしいんだけど、結局何があったの?」


マスターの質問に対してドリアを食べながらサーシャは首を傾ける。


「何回も言ったじゃない。何がわからなかったの?」

「サーシャさん……あなたはこの喫茶店に入ってからずっと『最低なのよ!』しか言ってなかったですよ」

「あれ、そうだっけ??」


サーシャは不思議に思っている様子を見た柚乃もフォローを入れる。

「サーシャちゃん、私もずっと同じこと聞いてましたよ~。『何が最低なの?』って尋ねてたんですけど、ちゃんとした返事は帰ってきてなかったです~」

「そう……」


サーシャは柚乃とマスターの二人から言われたので、認めざるを得ない様子だった。

そしてゆっくりと話し始める。


「いや、それが……勇者が私のところに会いに来たんだ。そして、『前の約束を覚えてるか?』って聞いてきて」

「何の約束をしてたんですか?」

「約束って言っても色々あるし、私もわからなかったから聞いたのよ。そしたら、レモンパイを食べた時だって言われて」


マスターはその時の話しを思い出そうする。

「あぁ、あの時の。ただ、約束なんてしてましたかね……」

「私も同じことをいったわよ。そしたら、『魔王が変わる場合なんでもするって言ったよね?』って笑いながら言って来て……確かに言った記憶があったから、そうねって言ったら、『魔王が変わるかもしれないよ』って言ってきて……」


その時を思い出しながら話しているからか、その後の展開を先に思い出してサーシャの顔は怒りなのか、恥ずかしさなのかゆっくりと顔が真っ赤に変わっていく。


「あいつ、私にスパイをお願いしてきたわ!!」


マスターは展開が読めていたのか相づちを打ちつつ、返事をする。


「やっぱり……どうせ、やらなくてもいいけど、魔王が変わったら何してもらおうかなぁ~とかにやにやしながら言ってたんでしょ」

「その通りよ!本当に最低なやつ!!」


その時にサーシャが何を言われたのかは言わないものの、顔がさらに真っ赤に変化して、耳まで真っ赤になっている。

その様子を見ていた柚乃がのんびりとサーシャに尋ねる。


「で、結局何をしたの~?」

柚乃からのゆったりした言葉を聞いて冷静さを取り戻したのか、コホンといって柚乃の質問に答える。


「結局、黒騎士の甲冑を脱いだ状態で、四天王のダズに近づいたわよ。で、お酒を飲ませて、今回の一件の内容を全部話してもらった。もちろん録音もしたわよ……まぁ、ダズがお酒をある程度進めると、勝手に飲むやつだったからそこまで大変じゃなかったけど」


そういいながら、サーシャは右手で簡単な魔方陣を書いてマスターと柚乃に聞かせる


『ガハハ。そうだ、わしがあの人間達をこの魔界に連れて来たんだ。魔界が荒れてよかったわい。今回の一件でもう少しでわしが魔王になれるのだ!人間どもを滅ぼしてやるぞー……』


サーシャが途中で音声をとめて魔法陣を消し去る。そしてマスターが話す。

「大手柄じゃないか!これで証拠が見つかった!!」

その返事にサーシャは少しぐったりしながら返事を返す。


「まぁね……一緒に飲みたくない奴をおだてまくった私を慰めてほしいわ」

「サーシャちゃん、よく頑張ったね~。すごいと思うよ~」


サーシャの愚痴に柚乃は優しく返事をした。

そしてサーシャはふと気づいたのか、新しいお酒の瓶をカバンから取り出して声をあげる。


「そんなことは忘れて……今日は飲むぞー!かんぱーい!!」

その様子をマスターと柚乃は少しだけ困った様子で見ていたものの、大手柄を持ち帰って来たサーシャを無下にもできないのか、一緒に水の入ったグラスをもって言った。

「乾杯。本当にお疲れ様」

「サーシャちゃんの努力に乾杯~」


ここは、被害者ばかり集まる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような事件が起こるのでしょうか。

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