order40.チーズケーキと証拠

ベアトリクスが勇者と共に飛び出た日の夜。

喫茶「ゆずみち」には、いつも通り人はほとんど来ていないようだ。

ただ、朝も昼もみなかった顔がカウンターで座りながらマスターと何か話しているように見える。


「マスター様、オレンジジュースありがとうございます」

「マスターさん、ミルクありがとにゃ」

「いえいえ、なんかすごく大変そうなので、僕にできることはこれぐらいしかないですよ」


そう言いながら、マスターは片づけをし始める。

喫茶の中には昼の時点でいたはずのイロナの姿はなく、柚乃が片づけをしていた。

マスターは片づけをしながらも、カウンターの二人に話しかける。

「で、アリスさんにカエデさん。ただ飲み物を飲みに来ただけじゃないでしょ?」


マスターの言葉にアリスも獣人のカエデも縦にうなずく。


「昨日から今朝にかけて発生したレミリアでの事件について、町に到着した魔王様から色々情報がこちらに回ってきており、魔王様たっての希望でマスター様にお話しに来ました」

「そんな話だろうと思った。やっぱり魔界側ではかなり問題になっているんだな」

「はい。そうですね……」


アリスは少し目を伏し目がちに答える。

片づけの終わった柚乃が、アリスが少し肩を落としているのを見て話しかける。


「アリスちゃん~元気出しなよ~。私たちはたまたま、イロナちゃんからお話を聞いただけだし~。イロナちゃんのご両親が人間と魔族が衝突するかもってご心配になったから今日は早く帰っちゃったからね~」

「今日はイロナ様がみられないと思っていたら、そうだったのですね」

「まぁ、そこは気にするな。で、魔王さんからはなんと?」


マスターはアリスに話しを進めるように促す。アリスもいつも通りの感じに戻して話しを進める。


「魔王様曰く、剣を持った状態で人間が大量に来たのでパニックになりかけた。ただ、たまたまその町に少し滞在していたトリアが仲介役をしてくれたから事態が収拾したと」

「なるほど。お昼にトリアさんが来て、ちょうどその話をしてくれた。なんか、人間側は転移させられたとか言ってた気が」


マスターの発言にアリスは目を見開いて話す。


「マスター様、よくご存じで。おっしゃる通り、人間側はそういう風に言っていました。その証拠かわかりませんが、のちに来た四天王のアヤメさんとのやり取りもスムーズですし、剣などの危険なものをすべて出してくれたようです」


一旦話を区切り、オレンジジュースに口を付ける。

少し暗かったアリスの顔も少し明るくなる。

その様子を見た柚乃が疑問に思った事を尋ねる。


「結局、だれがこんなことしたんでしょうね~。人間側の話を信じるなら、誰かに転移させられたってことでしょ~?」


アリスは飲んでいたオレンジジュースから口を離し、答える。


「柚乃様のおっしゃる通りです。そして私がここに来た、一番の理由でもあります……マスター様、柚乃様。犯人はほとんどわかっているのです」

「なに!?」

「本当に~!?」


マスターと柚乃はまさかの答えに大きな声を出してびっくりする。

二人の慌てた姿を見たアリスは少しクスッと笑いつつも、話しを続ける。


「確証……ではないのですが、魔王城で怪しいやつをカエデ様が聞いたようなのです」


話を振られたカエデはミルクを飲むのをやめて話す。


「そうだにゃ。四天王のダズが、魔王城の部屋でなんか叫びながら怒っていたにゃ。聞けたことは『なんでうまくいかなかったんだ!』とか『失敗とはまだ限らない!』とかなんとか。少し錯乱状態だったにゃ」


その話を聞いてマスターは不思議な顔をした。


「アリスさん、カエデさん……もうダズという人で確定じゃないですか?」

その言葉を聞いたアリスは首を横に振る。

「マスター様。残念ながら、そうは言えません。ダズがやったという証拠は見つかってないですから」

「なるほど。つまり、その証拠をこの喫茶「ゆずみち」で考えてくれってのが魔王のお願いってところか」


マスターのその言葉を聞いたカエデは驚きつつ返事をした。

「正解だにゃ……よくわかったにゃ」

「まぁ、魔王さんともこの店でよく話すからね。どんな人かはわかっているつもりだよ」

そう言いつつも、マスターは悩む。


「とはいえ魔族の、それも四天王から証拠を取るなんてかなり難しいことを……柚乃は何か案あるかい?」

急に降られた柚乃はうーんと考えたのち、

「ないな~」

と返事をした。


マスターを含めそこにいた四人が考え、話はするものの、良い案は出てこず時間だけが過ぎていった。


すこし経ったのち、マスターがアリスとカエデに話しかける。

「二人とも、とりあえず連絡ありがとう。魔王さんには了解、できる限り頑張りますと伝えておいてくれないか?」

「マスター様、承知いたしました」

「それと……」


マスターは冷蔵庫から小さな白い箱を取り出した。

「アリスさんもカエデさんもこんな夜にこの店まで来てくれてありがとう。色々魔界も大変だと思うけど、これでも食べて帰って。僕からのプレゼント」


そう言いながら、小さな箱を開ける。

箱の中には8等分ぐらいにカットされたチーズケーキがいくつか入っていた。

そのチーズケーキをお皿にとりわけ、アリスとカエデの前に置く。


チーズケーキはシンプルなタイプで何も乗っておらず、周りが黄色く若干上に焼き目なのか少し色が濃くなった部分があるだけだ。


「「わぁ!!」」


アリスもカエデもその美しいケーキに驚嘆の声が出る。

そして二人はフォークを使って一口食べた。

そして二人とも顔が緩みつつもマスターにお礼を言う。


「とってもおいしいです!とってもまろやかな口当たりで……甘さもすっきりしていて、素晴らしいです。マスター様ありがとうございます!!」

「本当においしいにゃ!チーズの香りがよく出ていて、しっかり食べている感じがあるにゃ。マスターさん、このケーキありがとうにゃ」

「どういたしまして。ゆっくり食べていきな」


少し満足した顔つきで、二人がとてもおいしいそうに食べるの見ていた。

すると、口を膨らませた柚乃が一言マスターに言った。


「私のチーズケーキは~どこですか~」


マスターは苦笑いすると、冷蔵庫を指さした。

そっちに柚乃が行き、ニコニコした顔になりながら、二人の横で同じくチーズケーキを食べ始めた。


ここは、無茶ぶりもマスターにできてしまう喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような無理難題を頼まれるのでしょうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る