order39.ペペロンチーノと地図

吸血鬼のアヤメが朝に飛び出た日のお昼。

お昼営業をしている喫茶「ゆずみち」は大人気でかなり多くのお客が来ていた。

柚乃もイロナも慌ただしく働いているのが外からでもわかる。

よく見るとカウンターにはボロボロになって疲れ果てている客とかなり元気な客の二人が座っていた。


「マスター!このペペロンチーノとかいうパスタ、最高にうまいな!前回のハンバーグも良かったけど、これもこれでありだわ」

「ベアトリクスさん、お褒め頂きありがとうございます。素直に嬉しいです」


マスタは頭をかきながら、ベアトリクスにお礼を言った。

ベアトリクスの前には少し深いお皿がおいてあり、そこにはパスタが入っている。

そして具材はかなり少ないものの、唐辛子の赤い輪っかが良い色を出していた。

また、そのお皿からはとても良いニンニクとオリーブオイルの香りが漂っている。


ベアトリクスはマスターの恥ずかしがっている様子を少し笑いながらもペペロンチーノをどんどん食べていく。

その様子を横の席から見ていたボロボロで疲れ果てた勇者がぼそっと呟く。


「よく食べるよ……ほとんど寝ずに動きっぱなしだったってのに……」


その声に対して、ベアトリクスは勇者の方を見ずに低い声で尋ねる。


「何か……言った?聞こえなかったけど」

「いえ、何もございません!」


勇者はシャキッと返事をする。

その返事を聞いて満足したのか、ベアトリクスはぺペロンチーノをニコニコしながら食べ続ける。

マスターはベアトリクスが食べるのに意識が言っていることを横目で確認しつつ、勇者にしか聞こえない小さな声で尋ねる。


「どうしてそんなに疲れてる様子で、ボロボロなんだ……」

「この二日間、ベアトリクスの訓練から逃げ出したやつをひたすら探してた」

「どうして手伝ってるんだ?」

「もちろん初めは拒否したさ。でも、あいつがそれを許すと思うか?」

「……ノーコメント」


マスターは前回、この店に来た時のベアトリクスと勇者の姿を思い出しながら答える。

そして勇者に話しかける。


「まぁ、頑張りな。アイスカフェオレ、僕のおごりで一杯やるからさ」

「マスター……そのやさしさは泣いちゃう」


勇者はカウンターに突っ伏して、あまりにも眠いのか寝始めた。

マスターはその姿を見て、ハァとため息をつきながらもカウンター奥にアイスカフェオレを作りに行ったようだ。


すると、店の扉がチリンとなった。

入って来たお客はこの店に慣れているのか、柚乃やイロナの接客が来る前にカウンターの方に向かう。

そして、ベアトリクスの横の席に座った。


マスターはアイスカフェオレの準備ができたため、カウンターの方を向いた。すると、ベアトリクスの横の席が埋まっており、それが知っている顔であったため声をかける。


「トリアさん!お久しぶりです」

「マスター、久しぶり!」


竜騎士のトリアは自分頭に着ていた青い甲冑を脱ぎながら答える。

その様子を見ながらマスターは尋ねる。


「今日は何を準備しましょうか?」

「コーヒーフロートを頼む。ただ今日は飲むのがメインではなくて、情報共有がしたくて来たんだ」

「?」


マスターは何の話か全く見えないのか不思議そうな顔をした。トリアはマスターの顔を気にせずに話す。


「魔界の町に人間の集団が現れた」

「あぁ、なんか今日の朝にそんな話をしていた人がいましたね」

「たまたまその町に長期で滞在していたので、魔族と人間の仲介をして話を聞いてきた」

「つまりトリアさんがいざこざを収めたと」

「まぁそういうことだな」


マスターは持っていたアイスカフェオレを突っ伏している勇者の前に置き、トリアのコーヒーフロートを作り始めた。

その様子をトリアは見ながらもマスターに話しかける。


「でだ。その人間たちが言うには……人間の町で休憩していたところ、急に魔界に転移されたといっていた。それが引っかかってここに話をしに来たんだ」

「転移・・・?そんな簡単なものなのか?」


トリアはその質問に首を横に振りながら答える。

「一人とかならまだしも、複数人、それも十人もいっぺんに魔界に連れて行くなんてかなり難しい」


十人という言葉に、トリアの横でぺペロンチーノをずっと食べていたベアトリクスのフォークがピタッと止まる。

それに気づかず、トリアは話を続ける。


「できないことはないが、魔方陣やらなんやらが必要なので、現実的ではないな。そもそもどうやってそんな休憩している場所に魔方陣をかけるのかという問題もある」


トリアは頬杖をついて少し悩んでいるように見える。

コーヒーフロートを作り終えたマスターは、ベアトリクスの様子をチラッと見ながら質問した。


「トリアさん、もしよかったら、その十人の特徴とかってありますか?一人でもいいのですが……」

「うーん……全員、剣を持っていたことと、その集団のリーダーの男は右の頬部分に傷みたいなのがあったと思うケド……」


トリアが話し終えると同時に横にいたベアトリクスは急に立ち上がり、トリアの方を向いて一方的に話しかける。


「間違いなくシアだ!右の頬にバッテンの傷だろう?そいつは今どこにいるんだ!教えてくれ!!頼む!!!」


あまりにベアトリクスが真剣な顔で話すので、トリアは少しひるんだものの真剣さに応えるべく、キチンと背を正して答えた。


「レミリアという町だ。おそらく場所がわからないだろうから、地図を書こう。マスター、紙とペンを」

マスターは紙とペンをトリアに渡す。

トリアはざっくりと地図を書いた。

そしてベアトリクスに話しかける。


「まず、この人間の町に行き、そこからこの山を越えていけば近道だ」

「ありがとう!恩に着る!!」


そう言うと、突っ伏して寝ていた勇者を叩き起こそうとする。


「いつまで寝ているんだ!さっさと行くぞ!!」

「いてて、もう少し寝さして……」


その言葉を聞いた瞬間、ベアトリクスは手をパーにして勇者の背中をバチンとたたいた。


「ギャー!」


そう言いながら、勇者は飛び起きる。

「目が覚めたな!さぁ、レミリアの町に行くぞ!!」


勇者は状況を把握できていないのか、ベアトリクスに尋ねる。

「なんで、レミリアなんかに……」

「つべこべ言うな!さっさと行くぞ!!」


勇者はマスターに出されたアイスカフェラテを飲もうとしたものの、ベアトリクスはそれを許さず勇者を引きずりながら出て行った。

あまりのバタバタだったため、マスターとトリアはベアトリクスと勇者が店を出るまで、言葉を一つも発さずただただ見ていた。


ここは、時々台風みたいな人も訪れる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような風が吹くのでしょうか。

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