special7. おみくじ
年始、柚乃とは元の世界で初詣に行った。さすがに異世界のイロナを連れていくこともできないし、そもそも連れていけるかもわからない。かといって、異世界では初詣で神社にお参りするという概念がなさそうだと思った。僕と柚乃はイロナをどうやったら元の世界のお祝いができるか考えた結果、案が一つ思いついた。
・・・・・・
本日が喫茶「ゆずみち」の年末年始休業の最終日である。少し夜更かしが続いていたのか、いつもより少しだけ遅い時間に二階からイロナが下りてきた。
「マスターさん、柚乃さん、おはようございます。そして、明けましておめでとうございます」
「イロナちゃん。明けましておめでとう」
「イロナちゃん。あけおめ~」
年始の数日は元の世界にいたため、イロナと会うのは少しだけ久々だ。
そう思いつつ、僕は三人の飲み物と朝ごはんを準備しながらイロナに話しかける。
「イロナちゃん。いつもの朝ごはんでいいかい?」
「はい!お願いします」
その返事を聞いた僕は、いつものモーニング(トースト、スクランブルエッグ、ベーコン)を準備する。その間に柚乃がイロナに色々聞いているようだ。
「イロナちゃん、こっちの世界の年始って何かしたりするの~?」
「うーん。魔族は相変わらず年末年始はずっと飲むのが基本でしょうか。さすがに私は子供なので飲まないですけど」
「どこかにお参りとかはいかないの~?」
「おまいり・・・おまいりとは何ですか?」
「お参り……説明が難しいなぁ~」
やっぱり。こちらの世界にはそもそもお参りという概念が無いらしい。ということは初詣なんてするわけがない。魔族にとっては魔王がある意味、神みたいな存在と思われているのかもしれない。つまり、魔王に挨拶行くのが初詣になるのか?
そんなバカなことを考えつつもモーニングの準備ができたので、柚乃とイロナと三人で食べる。やはり三人でのご飯を食べるのはおいしいと感じた。
ご飯後、イロナを呼ぶ。柚乃も少しウキウキしながらとある小さな物を持ってくる。
「イロナちゃん。僕たちの元の世界では、年始の初めに色々な行事があるんだ。その中で、一つ一緒にやろうと思って準備してきた」
イロナは目を輝かせながら尋ねてくる。
「マスターさんの元の世界の行事を体験できるんですか!?」
イロナの声と共に柚乃が親指ぐらいの小さなキーホルダーを取り出した。
「じゃ~ん!おみくじでーす」
「おみくじ?」
イロナはあまりにも小さなものが出てきてきょとんとしているようだ。少し期待が高かったのかもしれないと思いつつ、補足を入れる。
「おみくじっていうのは、年始に引く運試しなんだ。僕たちの元の世界ではお参りしてからおみくじを引くのがかなり一般的で、大体の人は一度引くことが多い。それをイロナちゃんと一緒にできたらいいなと思って、持って来た」
僕の説明と共にイロナは柚乃から渡されたおみくじのキーホルダーをまじまじと見ている。頼むからまだくじを出さないでくれよ……
「実際のおみくじは大きさとか書いている事とかも違うんだけど、今回は簡易版と思ってやってみないかい?柚乃も僕もおみくじは引いてきてないから」
まぁ、柚乃はおみくじを引きたくてぐずっていたが。
「引きたいです!……で、どうやって引けばいいんですか?」
「イロナちゃん、貸して~。私が初めに引きます!」
イロナはキーホルダーを柚乃に返す。そして柚乃は願いながらおみくじを振っている。
「良いのが出ますように~。えい!」
おみくじキーホルダーを逆向きにしてくじを出す。
「……中吉!まあいいか~。はい、マスター」
柚乃がキーホルダーを渡してくる。僕もここでさすがに凶とか出したくないので祈りながらおみくじを振る。
「僕もいいのが出ますように。えい!」
柚乃と同じように逆向きにしてくじを出した。
「末吉か……うーん微妙だなぁ」
何か面倒なことでも今年も起こるのだろうか、と思いつつ、おみくじキーホルダーをイロナに渡す。
「イロナちゃん。どうぞ」
「ありがとうございます。おみくじ引くの初めてで……緊張します」
おみくじ引くのにそこまで顔引きつらなくても……と思いつつ、その緊張も楽しんでほしいので黙っている。
「では引きます。えい!」
イロナは見よう見まねでおみくじを出した。
「出ました!何書いているかわかりません!!」
僕も柚乃も少しずっこける。そりゃイロナにとっての異世界の言葉なんてわからないよね。その言葉を聞いて柚乃がイロナからおみくじを受け取る。
「えっと~大吉じゃん!おめでとう!!」
「えっ?いいんですか?それ」
「一番いいやつだよ~羨ましいなぁ~。今年いいことあるよ~」
「嬉しいです!!」
イロナが大吉出すなんてすごいなぁ。僕なんて末吉なのに……と思いつつも、柚乃とイロナが二人でおみくじについて仲良く話をしているのを見ると、準備したかいがあったなぁと思える。一応、僕からも一言言っておくか。
「イロナちゃん、大吉おめでとう!今年がいい年になりますように!!」
「はい!私、すでにマスターさんと柚乃さんに囲まれて楽しい思い出もできましたし、いいスタート切れた気がします!!」
イロナが笑顔で言ってくれたのを見て、僕が末吉だったことは些細なことに感じることができた。
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